河野太郎氏、自民党総裁選「暗転」の舞台裏~麻生・河野2人の「太郎」の物語
「政治は引き算が大事」 麻生氏のダメージコントロールは奏功したのか?
曽我豪 朝日新聞編集委員(政治担当)
自民党のダメージコントロールは奏功したのか?
総裁選の結果、河野太郎氏は20年前の小泉純一郎氏にはなれなかった。河野陣営に駆け込み「党風一新」を掲げて派閥を仮想敵にしようとした小泉進次郎氏のやり方も、父の純一郎氏とそっくりだったが、こちらも不発に終わった。自民党の大勢は、旧体制を破壊する「変人」の改革性よりも、新たな秩序を建設する「常識人」の安定感の方を求めたようだ。
麻生太郎氏は岸田政権発足に伴い、9年近く務めた副総理・財務相を退き、党副総裁に転じた。総裁選期間中から自民党の政党支持率は10ポイント前後上昇し、麻生氏が狙ったダメージコントロールは功を奏したかに見える。
だが、麻生氏自身の副総裁就任をはじめ岸田首相の内閣・党人事には「安倍・麻生体制」の清算なき追認との批判が消えない。各メディアの世論調査でも、岸田新政権の内閣支持率は40〜50%台にとどまった。衆院選の結果で本当に「勝者」だったか否かを、改めて判定しなければなるまい。

衆議院が解散され、万歳する議員たち=2021年10月14日
保守・リベラル二大派閥による「疑似政権交代」構想
政治家の一生の勝敗は、一時のそれでは測れない。小泉純一郎氏とて、「小泉旋風」の当選する3年前の1998年の総裁選では、所属する森派の数さえ割り込み、小渕恵三、梶山静六両氏の後塵を拝する3位に沈んだ。永田町で「小泉は終わった」と盛んに喧伝されたが、本人は「自民党がコイズミに追い付かなかった」と嘯(うそぶ)いた。
挫折にもブレない姿勢が、時代を呼び込む前提条件になるのだろう。そういえば、麻生氏の祖父である吉田茂元首相もまた、敗戦後の日本の講和・独立を期す上で「戦争で負けて外交で勝った例は歴史に幾らでもある」と言った「グッド・ルーザー」(良き敗者)であった。
もとより、麻生氏の頭には「大宏池会構想」がある。自民党がより保守色の強い派閥とよりリベラルな派閥の二つに収斂(しゅうれん)していき、その二大派閥による「疑似政権交代」でもって自民党政権の長期化を図る構想である。
宏池会の嫡流を継ぐ岸田首相の登場を、その起爆剤とみてもおかしくはない。今回の総裁選で高市早苗氏を猛プッシュした安倍晋三元首相が二大派閥の一翼を担うべく「清和会」の拡大を狙い、「大宏会」が河野太郎氏を首相候補の一人に抱え込む展開も予想される。

閣議前に麻生太郎副総理兼財務相(左)と話す河野太郎行政改革相=2021年9月14日、首相官邸