田中秀明(たなか・ひであき) 明治大学公共政策大学院教授
東京工業大学大学院及びロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院修了、博士(政策研究大学院大学)。専門は公共政策・財政学・社会保障。1985年旧大蔵省入省後、旧厚生省、外務省、内閣官房、オーストラリア国立大学、一橋大学などを経て、2012年より現職。主な著書に、『官僚たちの冬』(2019年、小学館新書)、『財政と民主主義』(共著、2017年、日本経済新聞出版社)
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
岸田首相の経済財政政策を考える
岸田文雄首相は、去る10月8日の所信表明演説で、「新しい資本主義の実現」を掲げ、成長も分配も実現すると言いつつ、「分配なくして次の成長なし」とより分配を強調した。
国民は給付やサービスが増えて喜ぶかもしれないが、それでほんとうに成長するのだろうか。分配を重視するとしても、何が必要なのか。
所信表明演説では、新自由主義的な政策が富める者とそうでない者との深刻な分断をもたらしたことについて触れている。アベノミクスで企業は潤ったが、労働者の賃金は伸びなかったことを暗に指摘しているようにも見える。同じ自民党とはいえ、新しい政権は、前の政権とは違うことを訴える必要があり、特に衆議院選挙を控えている状況ではなおさらである。
こうした動きは日本に限らない。アメリカでも、共和党のトランプ政権から民主党のバイデン政権に代わり、所得再分配政策に軸足が移っている。経済政策は、成長か分配か、効率性か公平性か、市場重視か政府介入か、小さな政府か大きな政府か、規制緩和か規制強化か、などを巡って常に対立し、また実際の政治も、経済社会環境の変化に応じて、右から左へ、そして左から右へと振り子のように揺れる。
岸田政権の政策は、正確には、第2次安倍政権の経済成長重視の方針を転換するというより、若干の軌道修正あるいは軸足を少し動かす程度のものと考えられる。安倍政権でも、選挙対策としてではあるが、保育教育の無償化や全世代型社会保障など、少なからず分配政策も強化しているからである。よって、そもそもアベノミクスが新自由主義的政策なのかは疑問だ。
第2次安倍政権は、歴代最長の首相在任期間を達成するなど安定的な政権であった。最初は、異次元金融緩和の影響で株価高と円安をもたらし、経済成長率も上向いたものの、潜在成長率はそれほど改善しなかった(注1)。
アベノミクスでは、3本の矢、1億総活躍、女性活躍など、国民の気を引くタイトルを掲げた政策が次から次へと打ち出されたが、コーポレート・ガバナンス改革など評価すべき点もあるものの、端的に言って、実質を伴わないものが多かった。第2次安倍政権の期間中、国連などのビジネス環境ランキングや国際競争力ランキングで、日本の順位が低下しているのがその証左だ。