田中秀明(たなか・ひであき) 明治大学公共政策大学院教授
東京工業大学大学院及びロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院修了、博士(政策研究大学院大学)。専門は公共政策・財政学・社会保障。1985年旧大蔵省入省後、旧厚生省、外務省、内閣官房、オーストラリア国立大学、一橋大学などを経て、2012年より現職。主な著書に、『官僚たちの冬』(2019年、小学館新書)、『財政と民主主義』(共著、2017年、日本経済新聞出版社)
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
岸田首相の経済財政政策を考える
それでは、岸田首相が提唱するとおり、分配を重視すれば、経済は成長するのだろうか。
財政赤字を増やして、社会保障などの移転支出を増やした場合のGDPを増やす景気刺激効果(乗数)は、OECD(経済協力開発機構)などの推計によれば、0.5~0.8程度であり、所得減税の乗数(0.3~0.5程度)より大きいものの、公共事業の乗数(1.0~1.1程度)より小さい。また、これらは短期的な景気刺激策であり、お金を政府(借金で賄う)から個人に移転させても(個人の生活は改善するとしても)、潜在成長率を高めるとは考えられない。
日本は労働力が減少しており、それだけで潜在成長率を押し下げている。それを補うためには、特に技術革新や生産性の上昇が必要になる。いかに分配を重視しても、分配するパイ(GDP)が増えなければ、配分は増えない。
スウェーデンは、手厚い社会保障で有名であるが、1990年代以降様々な構造改革を進めており、いかに市場メカニズムを重視しているかを学ぶべきである。
具体的には、規制緩和、労働市場改革や人的投資拡大、起業支援策などを進めつつ、財政健全化と社会保障制度の見直しも行っている(注2)。リーマンショックの後、日米などは、自動車などの産業を政府が救済したが、スウェーデンは、ボルボやサーブなどは救済しなかった。そうした企業を政府が救済すれば、産業構造の転換が遅れるからだ。ただし、失業者など個人については、職業訓練などで支援し、新しい産業に移れるようにしている。
こうした政策の結果、スウェーデンの成長率や生産性・国際競争力はOECD平均をかなり上回っており、アベノミクスができなかった「成長による分配」を達成している。所信表明演説では、岸田首相は「改革」という言葉を使わなかった。改革の中身が重要であるが、それなしに成長が達成できるとは思えない。
次に日本の所得分配の現状を確認する。
所得分配の不平等を示す指標として「ジニ係数」がある。これはゼロから1の間を示す数値で、もし社会の構成員のうち、1人だけ所得があり他の全員がゼロの場合(最も不平等)は1となり、もし全ての構成員が同じ所得を有している場合(最も平等)はゼロとなる。OECD諸国におけるジニ係数を比較したのが図1であり、日本はOECD平均を上回る不平等の国である。
次に、相対的貧困率を見よう。これは、社会の構成員を所得の低い方から順番に並べて、真ん中の人の所得(中位所得)の半分以下の所得しか得ていない者(貧困とみなす)の全体に対する割合を示す。日本の相対的貧困率は15.7%であり、OECD平均を上回る。およそ6人に1人が貧困だ。なお、日本人の所得水準が低いわけではなく、その中位所得(購買力で見たドル建て)はOECD平均とほぼ同じである。
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