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新型コロナ対応の初期に日本が犯したプロにあるまじき失態~上昌広氏に聞く

コロナ対策徹底批判【第二部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー④

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 問題山積の日本のコロナ対策について、上昌広・医療ガバナンス研究所理事長へのインタビューを通じて考える連載企画「コロナ対策徹底批判」。今回から始まる第2部では、日本に新型コロナウイルスが入ってきた初期対応について、語っていただく。

 中国・武漢市で発生した新型コロナウイルスの人間への感染。この発生源が同市にあるウイルス研究所ではなく、自然界から中間宿主を経て人間に伝播したものであるということは世界の科学界・医学界のコンセンサスとなっている。このことは前回までの「コロナ対策徹底批判 第1部」で説明した。

 そのウイルスは早い段階で日本にも入っているが、初期の対応を改めて見ると、驚くべきことだらけだ。

 結論から言おう。日本の感染症対策を最初に考える厚生労働省の医系技官たちは、スタート時において対応を完全に間違え、その後すぐに過ちに気が付いたにもかかわらず一向に間違いを正そうとはしなかった。それだけではない。中国から日本にウイルスが伝播して2年近くが経とうとしているのに、いまだにその間違った「対策」を続けている。

 さらに私が心底驚き震撼するのは、厚労省や自民党の周辺にいる「専門家」と称する人たちがこの間違った「対策」にいまだにしがみつき、朝日新聞をはじめとする日本の新聞社、テレビ局などが依然として誤った対策情報を流し続けていることである。

インタビューにこたえる上昌広・医療ガバナンス研究所理事長

感染症法に基づき粛々と行われた積極的疫学調査

――昨年の初め、中国で新型コロナウイルスが人に感染し始めたという情報があり、1月16日に日本でもコロナ感染者が発見されました。その翌日の17日に厚生労働省は国立感染症研究所(感染研)に「積極的疫学調査」の開始を指示します。

 この積極的疫学調査ですが、コレラとかペストといった従来からの感染症には有効ですが、コロナウイルスにはほとんど有効性はないと上さんは当初から主張され、今では常識になっています。コロナウイルスは無症状感染者がたくさんいる。濃厚接触者だけを点と線で結ぶように検査しても、社会にたくさん広がっている無症状感染者のほとんどを見逃してしまうからです。あたかも、魚の大群を捉えるには地引網を使わなければいけないのに、いつまでも一本釣りにこだわっているようです。

 厚労省が感染研に対して最初に積極的疫学調査を指示したのは、感染症法に基づいて、何も考えずに粛々とやったからなんです。ここのところはすごく重要で、今のコロナ対策の議論で欠けているのは、ここなんです。

 つまり、官僚というものは、法律に規定されていることは必ずやらないといけないんです。やらなければ、不作為を問われるので、感染症法に書いてある積極的疫学調査を何も考えずにやった。そして、法律に書かれていないことは裁量でやる。要するに予算措置だけなんです。

 SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)と続き、今回、新型コロナウイルスが出てきたのですが、今後も新しいウイルスは間違いなく出てくるでしょう。その際に何をすべきかを今、考えなければいけない。現在の感染症法では、コロナに対応できないことがはっきりしたので、新しい形の法律を考えておかなければいけないんです。

――新しい形の法律を作るには、どんなことを考えなければいけませんか。

 前提として、現在の感染症法ではなぜ、有効なコロナ対策を打てないのか、その原因を把握しなければいけません。

 一つは無症状感染です。無症状感染者は積極的疫学調査では不十分です。もう一つは、今年8月にアメリカの科学誌『サイエンス』に掲載された総説論文が指摘する、コロナの感染原因の大部分は空気感染である、ということです。

コロナ感染の大部分は空気感染

――総説論文、ですか?

 review articleと言って、現状の論文や研究をまとめて総括する総合的な論文のことです。そこに、コロナの感染ルートは空気感染が大部分であると結論づけて書いてあるんです。

 ご存じの通り、最初の頃、コロナウイルスは唾液やせき、直接の接触で感染すると思われていたんですね。しかし、呼吸器系ウイルスの多くは肺の中にいて、普通の呼吸で肺から吐き出された後、非常に小さい5マイクロメートルほどのエアロゾルになって空中を長時間浮遊しています。唾の小さい飛沫が100マイクロメートルほどですから、ウイルスが充満したそのエアロゾルがいかに小さいかわかると思います。それが遠くまで飛び、部屋の端と端で感染してしまうんです。

 ですので、そもそも濃厚接触者という概念は、間違っているというレベルではなくて、そういう捉え方自体が成り立たないんです。それがコロナウイルスの最新研究のコンセンサスになっています。

 エアロゾル感染の可能性は早い段階から疑われていた。しかし、WHOは2020年3月末、気管挿管などの医療行為が行われる環境などで例外的に空気感染が起こるとして、一般的には「コロナは空気感染ではない」としていた。

 そのWHOも同年7月に「エアロゾル感染が発生する可能性は否定できない」という見解に転じ、2021年4月末にはエアロゾルも一般的な感染経路の一つと認めた。米国『サイエンス』誌8月27日号は「呼吸器ウイルスの空気感染」という総説論文を掲載。従来は6フィート(1.8メートル)のソーシャル・ディスタンスを保つことが推奨されていたが、空気感染が主要な感染ルートであることがわかったために、この社会的距離はほとんど無意味であることが判明した。

 しかも、エアロゾルは肺胞から放出され他者の肺胞の奥にまで到達するため、飛沫感染よりはるかに感染力が強いこともわかった。とすれば、飲食店規制を中心とする日本の感染対策は有効性がないことになる。換気の悪い屋内空間であれば、飲食店も会社や学校、交通機関も、同様に感染リスクが高いと考えられるからだ。

科学的な意味はなかった積極的疫学調査

 だから、クラスター対策と称して、濃厚接触者を調べる積極的疫学調査は科学的には意味がなかったんです。もちろん、空気感染がはっきりわかった現時点から昨年の当時のことを批判するつもりはありません。当時は、飛沫感染や唾、せき、あるいは接触によって移ると世界中の研究者が考えていたわけですから。そういう考え方に基づいて法律を作っていたんです。

 ただ、日本の問題は、無症状感染者の問題をまったく素通りしてしまっていた点にあります。無症状感染者の存在は検査しなければわかりませんが、日本はPCR検査を抑制し続けてきました。現段階では『サイエンス』などによって空気感染がはっきりわかったわけですから、それに沿った新しい対策を取らなければなりません。

――最新の科学的知識に基づいて対策を更新していかなければいけないと。

 そうです。今から見れば、最初の段階からクラスター対策や濃厚接触者の調査はほとんど意味がなかった。これは現時点で上書きして変えていかないと、同じ失敗を繰り返すことになるんです。

 つまり、積極的疫学調査は感染症法に基づいて実行されたわけですが、今は法律を変えないといけないわけです。

上昌広・医療ガバナンス研究所理事長

世界のコンセンサスに合うよう法律を直せ

――どうすれば意味があるのでしょうか。

 日本は点と点を線で結ぶようなクラスター追跡調査をやったのですが、これは全然意味がなかった。反対に中国は面で検査を一斉にやったんですね。これが有効な検査です。

 また、日本は「3密対策」をずっと言ってきたし、今も言っていますが、世界中でこんなことを言っている国は今やありません。まったく意味がないんです。

 飲食店の規制も何の意味もない。飲食店でお酒を飲んでしゃべっても、しゃべって出る唾の中にはあまりウイルスがいないんです。

 むしろ深呼吸した後、普通に肺の奥から出してくる小さい粒子の中に、ウイルスが大量に存在するんです。飲食店でしゃべらないとか黙食とか、そういうことはおよそ意味がない。こういうことが、先ほど挙げたアメリカの『サイエンス』の総説に出ています。これが世界の研究者のコンセンサスなんです。

 もちろん、飛沫にまったく問題ないとは言いませんよ。飛沫対策も大切だけど、それを重視したって空気感染はカバーできないんです。逆に言うと、空気感染に対処するようにすれば、すべてのコロナウイルス対策をカバーします。空気自体を入れ替えてしまうとか、ですね。

――とはいえ、密閉・密集・密接の「3つの密」は避けた方がいい気もしますが。

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