「ニッポン不全」の背景には、おそらく日本の政治の貧困がある。世襲議員ばかりが目立つ国会議員をみるにつけて、能力に疑問のある議員があまりにも多い(世襲政治家への批判については、山内康一前衆院議員の論座に掲載した「世襲政治の3つの弊害」が参考になる)。他方で、世襲議員を押しのけて議員になった者のなかには、朱に交わるなかで道を踏み外す者も多い、だれとは言わないが(こうした人はたくさんいる)。結果として、野党政治家を含めて、ろくでもない人ばかりが政治家をやっているようにみえてくる。この政治の貧困が政治不信を招き、ますます世襲政治家やとんでもない非世襲政治家をのさばらせている。

衆院が解散した国会議事堂=2021年10月14日
たとえば、何度も国会で嘘を吐きつづけながら、いまでも政治家をつづけ、自民党の「キングメーカー」をきどっているかにみえる安倍晋三元首相は、政治に対する信頼を失わせることで自分の地位を確保しているようにみえてくる(拙稿
「『安倍晋三は政治家にふさわしくない』と学校で教える必要性:『道徳的明快さ』を教育現場にも」をぜひ読んでほしい)。
たしかに、政治が貧困でも経済は健全であることもできた時期もあるだろう。だが、情報技術(IT)に代表されるテクノロジーの急速な発展で、世界全体のシステムが変革を迫られている時代にあっては、政治が日本社会を改革するための力強いメッセージを発して、経済をも立て直す必要がある。もはや日本経済は、日本銀行が株式や債券を買い支えるというインチキによってやっと息継ぎをしているにすぎないのだから(拙稿「ニッポン不全【16】 経済を語ろう:甚大なアベノミクスの『負の遺産』」を参照)。
「岸田氏を選んだのは、体制に逆らえない内部の人間だった」
こんな日本政治の現状を海外のマスメディアはどうみているのだろうか。今回行われた自民党総裁選について、海外メディアの論調を紹介してみよう。
筆者からみてもっとも優れた評論と思われるのは、何といってもThe Economistが掲載した記事「岸田文雄の場合、日本のオールドガード(古い意見をもつ人たち、すなわち保守派:引用者注)は現状維持を選ぶ」だろう。
そこでは、「岸田氏は国民に選ばれたわけではない。それどころか、岸田氏の当選は、自民党の守旧派の力強さと、世論の軽視を反映している」と明確に指摘されている。そのうえで、「岸田氏を選んだのは、体制に逆らえない内部の人間だった」と本質をよくとらえている。その内部体制を牛耳っているのは、言うまでもなく、安倍晋三と麻生太郎という世襲政治家である。だからこそ、The Economistの記事は、「岸田氏にとって、政治は家業である(河野氏をはじめとする多くの同業者にとっても同様である)。彼の父親と祖父はともに議員であり、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領がかつて嘔吐したことで有名な故宮沢喜一首相とも親戚関係にある(1992年1月8日の夜、日本でブッシュ大統領が宮沢首相の膝の上に嘔吐した事件が起きた:引用者注)」と記している。
ニッポン不全の背後にある世襲議員ばかりという恐るべき停滞にThe Economistの評論はよく気づいているのだ。こんな辛辣な記事の最後には、つぎのような見通しが書かれている。
「世論を無視して岸田氏を選んだことで、自民党は抗議票を投じる人が出てくるかもしれない(ただし、自民党は人気のない菅氏の時よりはマシな結果になると期待している)。岸田氏は当選直後、結果への期待感を抑えていた。岸田氏の当選は、多くの有権者が感じている政治への幻滅をさらに深めることになるだろう。しかし、幸運なことに自民党にとっては、野党の弱体化が続いているため、政権を失う可能性はほとんどない。しかし、岸田氏の新しい仕事はあまり安定していない。」
家業として政治をビジネスにしているたくさんの人々がその能力とは無関係に議員に選出される日本という国では、まるで封建時代のしがらみがいまでも残存しているかのようだ。官僚の考えたことを読むだけの世襲政治家が増えるばかりだ(最近は、漢字さえ読めない世襲政治家が多い)。だからこそ、哲学者、柄谷行人は「現在の日本は、国家官僚と資本によって完全にコントロールされている。だから、専制国家だ、というべきです」と喝破したわけだ(詳しくは拙稿「ニッポン不全【11】公共性への無関心と『デモのない国』」を参照)。
こんな状況を打破するには、投票率を引き上げて、国民の声を政治に反映させる強固なメカニズムを構築する必要がある。とはいえ、パンデミック下にあっても、郵便投票の全面的な簡便化すらできない日本の政治は絶望的な状況にある(拙稿「再論・インターネット投票“ i-voting”」を参照)。与党議員だけでなく野党議員もマヌケだらけではないか、と嘆息したくなる。
ロシアでの「スマート投票」
日本では、もうすぐ衆院選の投票日を迎える。不毛な選挙になりそうだが、ここではロシアにおいて、「スマート投票」(smart voting)という戦術が実践され、わずかだが明かりがさした事実について紹介したい。
このスマート投票は、ウラジーミル・プーチン大統領の悪政に苦しんでいるロシアの国民に対して、まさに身体をかけて抵抗している反政府活動家のアレクセイ・ナヴァ―リヌイ(ナワリヌイの表記は使わない)が編み出した戦術だ(ナヴァーリヌイについては、拙稿「『プーチン宮殿』だけではないプーチンの正体:『マグニツキー事件』はじめ複数の変死、殺害事件の黒幕か」を参照)。
スマート投票とは、市議会選挙、地方選挙、連邦選挙において、与党「統一ロシア」や行政の候補者の当選を減らすための戦術で、有権者は特定の小選挙区で統一ロシアに勝つ可能性が最も高い野党候補を支持することが推奨される。政党別に選ぶ比例区選挙では、5%以上の得票率に達し議席を得られる可能性のある政党を、知事選挙では政府代表以外の候補者を選ぶことが推奨されている。このとき、推奨対象となる候補者はどの野党に属しているかを問われない。もっとも勝つ可能性の高い野党候補者に投票するよう求めるのだ。
推薦候補者を特定するのは、ナヴァーリヌイに近いアナリストである。社会学的データに基づいて、政府に対する抗議行動を行う選挙民を統合するための候補者を選定するのだ。
このスマート投票戦略のきっかけは、2018年の夏から秋にかけて、定年退職者の年齢を男60歳から65歳、女55歳から63歳に引き上げるという法案やそれに合わせて年金給付年齢を引き上げる法案に統一ロシアだけが当初、賛成したことだった。プーチンの法案修正で、定年と年金給付の年齢は男65歳、女60歳に修正されたが、国民を無視した統一ロシアのやり方に批判が集中したのだ。もちろん、それ以外にも、プーチンと結託し、腐敗が蔓延する統一ロシアへの国民の不満が背後にあった。
当初、2019年9月8日に予定されていたサンクトペテルブルク市選挙とモスクワ市議会で、統一ロシア党の候補者を一敗地に塗れるようにするために、2018年11月末からスマート投票のプロジェクトがスタートした。そして、その成果がたしかにあがったことから、ナヴァーリヌイらは2021年9月の下院選などでもスマート投票すべき候補者のリストをインターネット上に公表し、運動を展開しようとしたのである。
ところが、当局はこのリストへのアクセスを妨害したり、同リストを簡単に見ることのできるアプリをブロックしたりするようソーシャルメディアに命令を出した。ロシア最大の検索サイト、ヤンデックス(Yandex)はスマート投票のウェブサイトへのリンクを検索から削除した。グーグルとアップルはロシアのGoogle PlayとApp Storeからこのアプリを削除し、ロシアで人気のテレグラムは選挙期間中スマート投票のボットを遮断した。
このため、直近の下院選では、スマート投票の効果はあまり出なかった。それでも、権威主義的政府が候補者登録において反政府勢力を排除したり、露骨な選挙妨害を行ったりするなかで、与党候補者を当選させないようにするためには、野党が協力して候補者を一本化することの有効性は示されている。ただし、野党といっても、政府の息のかかった「ニセ野党」が多い現状では、野党協力自体が困難な状況にある(たとえば、「ロシアで新党乱立、ニセ野党か 『反政権票分散』の見方」という興味深い記事を読んでほしい)。ゆえに、ナヴァーリヌイらは、野党のなかでもっとも当選できそうな人物を特定し、その候補者を支援して当選させることで、とにもかくにも統一ロシアという与党勢力に一矢報いようとしていることになる。