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衆院選の立候補者も大いに活用するYouTube動画 その可能性と使い方

イメージより政策を伝える手段として使えるはず。倍速再生で変わる動画の“常識”

高橋 茂 ポリティカル・コーディネーター

 2013年、第2次安倍内閣がスタートしてまもなくネット選挙運動が解禁され、インターネットが選挙運動に積極的に取り入れられるようになった。SNSが日常のツールとなるにつれて、SNSを活用する候補者も多くなり、若い新人から重鎮と言われる大御所まで、政治活動や選挙運動をネットで発信するのが日常の光景となった。

スマートホンで衆院選について検索すると、立候補予定者のさまざまな情報を見つけることができる=2021年10月13日

YouTubeが選挙運動の中身を変えた

 2005年に始まったYouTubeもまた、選挙運動の中身を変えていった。今回の衆院選でも多くの候補者が、政策や日常活動をYouTubeで発信している。ご覧になった方も少なくないのではないか。

 YouTubeで発信する映像は、なるべく多くの有権者に見てもらえるように、これまでは以下のような“常識”にのっとって作られることが多かった。

・長さは短いほどよい
・無駄な無音部分などは極力削除する
・編集で派手な演出を入れる
・カメラ目線でテンションは高めに

 これは膨大な視聴数を誇るYouTuberの映像をならってのものだ。

 しかし、政治家の動画で求められるのは、単に「見られる」(視聴数が多い)ということではないはずだ。有権者に政治家としての自分の信条・政策や政治についての見方などを正しく伝え、政治に関心をもってもらい、選挙の際には一票を投じてもらうものでなければ意味がない。

 とすれば、政治家の動画はどうあるべきなのか。本稿ではネット選挙時代におけるYouTube動画の変化と現状、さらに有効な使い方について論じたい。

プロモーションビデオ全盛に感じた疑問

 2016年、衆議院北海道5区補選に立候補した池田まき候補陣営がつくったYouTube動画は、当時、関係者の間で大いに話題を呼んだ。クオリティが非常に高く、昭和の企業CMを感じさせる対立候補のビデオと比べて、世代が変わったことを痛感させるものだったからだ。

 ところがこの後、言い方は悪いが、猫も杓子(しゃくし)も選挙時にはおしゃれなプロモーションビデオを制作するようになっていった。私が代表をつとめる「VoiceJapan」も年に何本も動画制作を請け負っていたが、2018年ごろからこうしたあり方に疑問を持つようになった。イメージづくりばかりに注力し、候補者のほんとうの“素顔”を伝えられていないのではないかと感じたからだ。

 確かに綺麗な映像ではある。しかし、そこからは候補者の生身の姿や心の声が聞こえてこない。プロモーション映像は多額の費用や製作期間を必要とし、業者的には旨味があるが、政治や選挙のことを真面目に考えれば、そこにかける費用は抑えて、もっと別の情報発信にお金を使う。たとえば、候補者の考えや思いをきちんと言葉で伝えるほうが有意義ではないかと考えるようになった。

 とはいえ、考えや思いを言葉で伝えようとすれば、それなりに時間がかかる。先述したYouTubeの「短いほどよい」という常識には反してしまう。ところが、この常識が最近、変わり初めている。なぜか。動画の倍速再生が増えてきたからだ。

倍速再生で長い動画も短時間で見られる

 ここ1年ほど、ネット動画の視聴方法としては、標準速で見るのではなく1.25や1.5倍といったように倍速で視聴する人が増えている。若者の中には、話題についていかれるように、映画を倍速で見ている者も多いという記事もあった。

 とすれば、言葉が多く、長くなってしまった動画でも、短い時間で見てもらえるのではないか。これまで3分に収まるようにプロモーションビデオを作っていたが、政治家が政策や信条を語る6分の動画だって、倍速で見ると3分で見ることができる。

 私は普段、政治家の政治活動や選挙のお手伝いをしているが、2018年からプロモーションビデオに加えて、対談、インタビューや本人が政策を語る映像を制作するようになった。こうした動画を活用すれば、イメージではなく政策で選ぶ選挙が可能になるのではないか。

 実際、与野党の政治家に、政策を語る動画を配信している例が目立つようになった。たとえば、都内の某与党議員は政策ごとの解説動画でアップしている。すべて見ると、そこそこ時間がかかるが、倍速でみたら、さほどではない。また、私が関わっていて恐縮だが、地方の野党議員もやはり政策ごとの動画を配信している。他にも同様の取り組みをしている候補はいるだろう。皆さんも探してみてはどうだろうか。

映像において実は重要な「音」のクォリティ

 今、アップされている動画をみると、気になる点がある。それは「音」だ。

 音質は言わずもがなだが、存外意識されていないのは、周囲の雑音。他の人の話し声や空調の音などが録音に入り込み、耳障りなノイズになっている例が少なくない。BGMを入れて、空調音などを気にならないレベルまで隠すことは可能だ。しかし、倍速再生するとBGMの音楽に違和感を感じることになるため、私自身はBGMは演出上必要な場合を除き、極力入れないようにしている。

 重要なのは、倍速再生されても話者の声がしっかりと聞こえること。マイクをできるだけ口の近くに置き、音声にはコンプレッサーをかけるなどのエフェクト処理も必要になることがある。映像は候補者の顔色さえ良ければ、ある程度ぶれたり解像度が低くても問題にならないが、音が聞き取りにくければ視聴をやめてしまう。

 映像で重要なのは音のクオリティだということは、プロにとっては常識だが、ウェブ制作業者やボランティアが片手間で映像制作を請け負う場合に、意外と見落としている点だと言える。

衆院選で集会の様子をスマホで撮影し、生配信する陣営関係者=2021年10月24日、前橋市

「人となり」を伝えるのに効果的な本人の喋り

 候補者の「人となり」を伝えるには、本人に喋(しゃべ)らせるのが一番効果的だ。もちろん、滑舌が悪かったり、声が小さい政治家もいるので、その際には字幕を入れたり音声レベルの調整を行ったりする必要がある。

 なかには、政治家なのに喋るのが苦手だという人もいる。マイクを持って有権者を前にするとスラスラとセリフが出てくるのに、カメラの前では緊張してことばが出てこないという政治家もいた。

 そんな話者のためには、プロンプターを利用するといい。政策を語る場合、いくら自分が考えた政策であっても、カメラに向かってよどみなく語ることのできる人は少ない。カメラ目線で視聴者に語りかけるように喋るには、プロンプターが有効だ。

 インタビューも「人となり」を知ってもらういい機会となる。たとえば、VOGUEの人気コンテンツに、芸能人に30〜70項目にわたる質問をぶっつけ本番でなげつけるものがある。質問を重ねることで、「人となり」が浮き上がってくる。

◇「完璧な幸福とは?ゼンデイヤの真実に迫る35の質問。| VOGUE JAPAN」

 こうした手法も、有権者に政治家の「人となり」を伝えるのに有効であろう。

 ちなみに、上の動画で字幕が入っているのは、英語を理解できない人向けでもあるが、倍速で見ても内容を理解できるというメリットもある。

 映像はシンプルで無駄がないことも重要だ。とはいえ、一部のYouTuberのように、無音部分をことごとく削除する編集は、政治家の映像には向かない。考え事をする間(ま)やことばを選んでいるときの表情が、「人となり」を感じさせることにもつながるからだ。

政策を自分で語ることの重要性

 喋りがあまりうまくない人でも、画像があれば誠実さを伝えることはできる。カメラに向かって話すとき、その向こうに多くの有権者がいると思って話すと、声に説得力が増すものだ。裏を返せば、視聴者は声だけではなく、視線の動かし方や眼球の動きも見逃さない。

 菅義偉・前首相は在任中、発信力不足が指摘されていた。理由のひとつに、会見時に相手の目を見ないで、避けるように話すことがあった。事ほどさように、目の動きというのは大事なのである。

 よく見られるプロフィールのページと比べ、政策ページはそれほど見られるわけではない。しかし、政策ページがなければ、「この候補者は政策もないのか」と視聴者に失望を与えかねない。なにより政策を本人が自ら解説する意味は大きく、それは視聴数だけで測れるものではない。要は、「この政治家は自分で政策を語れる人なんだ」ということが有権者にわかることが重要なのだ。

「炎上」対策はどうするか

Andrii Yalanskyi/shutterstock.com

 動画を含め、ネットを使った場合、手間がかかるのが「炎上」対策だ。あまり例はないが、たとえば外交・防衛や差別問題などで画面を切り取られ、SNSにコメント入りで載せられることによって炎上してしまうこともある。

 そうした場合、元の映像を削除しても、誹謗中傷がひとり歩きすることによって燃え広がることもあるので、まずは炎上しそうなネタを扱わないことが必要だ。

 それでも、取り上げなければならない政策課題もある。その場合は、相手を強く批判せず、提案を中心に持っていくなどの工夫が必要だ。炎上してしまった場合は、ウェブサイトやSNSを通じて早めに火消しすることも大切である。

 4年前(2017年)の衆院選では、女性候補同志が争ったある選挙区で、候補Aが相手候補Bに関するデマをSNSで発信したことがあった。候補Bが、デマは根拠のないものであること、デマ情報の流布は公選法違反になること、警察にも伝えたことを淡々とSNSに載せると、デマを流した候補Aにその支持者からも批判があがり、それだけが原因ではなかったものの、候補Aは落選し比例復活もならなかった。

 動画が一般的になった今は、候補者自らが動画で真実を語れば、よりダイレクトに伝わるかもしれない。

視聴数より視聴質を。効果は数では測れない

 政治家の動画が、“おもしろネタ”を毎日投稿するYouTuberに比べて、面白くないのは当然だ。政治家動画の視聴数が、人気YouTuberと比べて少ないのも事実だ。「ネット動画で選挙運動してもアクセスは少ないし、票に繋がらない」といった声も聞こえる。ちなみに、今回の衆院選にからみ、この件で私も取材を受けた。(参照:「走る動画にタンゴも披露へ 自民重鎮、対面代わりにユーチューブ活用」〈朝日新聞〉

 それでも私は選挙に際し、ネットで動画を発信する意味はあると思っている。ひとつは、一般有権者向けの意味。不特定多数に候補者のことを知ってもらうためのものであるという点だ。

 もっともこの場合、視聴者を引きつけるレベルまで動画を作り上げる必要がある。朝の駅前での街頭演説で、マイクを持ってトラメガ(演説用携帯スピーカー)から演説を流している全身の映像は、あまり意味はない。シンプルで、過剰な演出はせず、無駄な部分は極力排除し、適正な長さの映像に仕上げなければ、見てもらうレベルのものにはならない。

 そのため、ある程度の制作時間が必要となる。そこまでやって視聴数は少ないと、ますます「効果が無い」といった評価になりがちだが、それは効果の出ない作り方をしているからだ。工夫すれば、それなりに数字はとれると思う。

 もうひとつは、自らの支援者やスタッフ向けに発信し共有する「候補者の情報」としての動画だ。こちらはわかりやすさが大事であり、支援者やスタッフが「自分はこのような候補を応援しているんだ」と自覚できれば良い。わかりやすく作るのが最優先となる。

 視聴数は少なくなるが、見た人のモチベーションを上げることができれば、それで意味がある。動画の使い方もいろいろなのである。

Koshiro K/shutterstock.com

今日の常識は明日の非常識

 インターネット世界は日々変わっていく。以前の常識が今も常識であるとは思わない方がいい。

 YouTuberだけではなく、視聴者のスタイルも変化する。長時間の動画がダメだと考えるのではなく、長時間の動画をどうしたら見てもらえるかで頭を絞るべきだ。倍速再生に足りるような音質。理解を助けるための字幕の付け方(フォントやサイズ、カラーの選択など)、アウトラインは必要かなど工夫する余地はいろいろある。

 候補者がポスターを選ぶときには、微妙な表情、色使い、レイアウト、文字のフォントなどさまざまな要素を、有権者の立場になって徹底的に作り込んでいく。動画でもそれと同じか、それ以上のことが求められる。

 衆院選の投開票日まであと数日。投票先に迷ったら、候補者の動画を探してみてはどうだろう。そこから伝わってくるもので、投票先が決まるかもしれない。

 2022年は参議院選挙がある。そのときはまた新しい“常識”が生まれているに違いない。ネット時代にどんな選挙が展開するか? 今から楽しみにしている。