2021年11月05日
日本の新聞と異なって、「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)はときどきセックスにかかわる長文の記事を掲載し、大きな反響を引き起こしている。
あるいは、The Economistもときどき興味深い記事を公表する。最近では、「クレジットカード会社はウェブの不承不承の規制者になりつつある」という記事のなかで、2021年10月15日から、マスターカードが世界中のアダルトサイトに対して、写真やビデオに写っている人の年齢や身元、アップロードした人の身元を確認することや、迅速な苦情処理手続きを行い、公開前にすべてのコンテンツを審査するよう義務づけることになったと紹介している。マスターカードだけでなく、VISAもアダルトサイトに対して厳しい態度で臨んでおり、いわば当局に代わって、クレジットカード会社が規制に乗り出しているのだ。
ここでは、2020年12月4日付の記事以降今年の夏までに広がった、ポルノサイトをめぐる「騒動」を紹介し、このところ何が問題になっているのかを紹介したい。
本題に入る前に、NYTが2019年9月28日付で配信した、「昨年、ハイテク企業から報告された子どもたちが性的虐待を受けているオンライン写真やビデオの数は4500万件を超え、これは前年の2倍以上にあたる」という記事を紹介したい。そのなかで、「児童ポルノとして共通に知られているものは、デジタル時代以前から存在していたが、スマートフォンカメラ、ソーシャルメディア、クラウドストレージのおかげで、驚くべき速さでそれらは増殖してきた」として、テクノロジーの変化が引き起こす問題のなかで、とくに児童ポルノについて関心を寄せている。
こうした問題意識から、NYTのコラムニスト、ニコラス・クリストフは先に紹介した2020年12月4日付記事において、アダルトサイトのポーンハブ(Pornhub)を批判している。ポーンハブはユーチューブ(YouTube)のように人々が自分の動画を投稿できるようになっている。毎年サイトに投稿される新しい動画680万本の大部分は同意した大人が出演しているのだろうが、「児童虐待や同意のない暴力を描いたものも少なくない」という。「動画のなかの若者が14歳なのか18歳なのかを確かめることができないので、ポーンハブもほかのだれもがどれくらいのコンテンツが違法であるかを明確に把握していない」と指摘している。
とくに、ポーンハブへの風当たりが強いのは、「ユーチューブとは異なり、ポーンハブがこれらのビデオをウェブサイトから直接ダウンロードできるようにしている」点にある。この結果、当局の要請で動画が削除されたとしても、すでに何度もダウンロードされており、再び別のサイトにアップロードされてしまうのである。
拙著『サイバー空間における覇権争奪』の序章「技術と権力:サイバー空間と国家権力」において、第二節を「サイバー空間を切り拓くダーティー産業」としておいた。その理由は、性にかかわるポルノビデオ、オンラインカジノなどの「ダーティー産業」がサイバー空間の拡大に大いに貢献してきた歴史に目を瞑ってはならないと思うからである。
その意味で、2000年に6375人の一般市民を対象に、21世紀の社会に最も大きな影響を与えていると思われるハイテク企業を、コミュニケーション、データセキュリティ、持続可能性、知識の共有、慈善活動、社会への貢献度などの観点から調査した結果として、「21世紀の社会に最も大きな影響を与えたハイテク企業」の第三位にポーンハブが選ばれたことは注目に値する。第一位がフェイスブック(現、「メタ」)、第二位がグーグル、第四位がマイクロソフト、第五位がアップルであったことを考えると、ポーンハブにもっと関心がもたれるべきだと思えてくる。
NYTの記事によれば、ポーンハブはマインドギーク(MindGeek)によって所有されている。マインドギークは100以上のウェブサイト、制作会社、ブランドをもつ民間の「ポルノコングロマリット」であり、そのサイトには、Redtube、Youporn、XTube、SpankWire、ExtremeTube、Men.com、My Dirty Hobby、Thumbzilla、PornMD、Brazers、GayTubeなどが含まれている。なお、「XHamsterやXVideosなど、マインドギーク以外にもポルノ業界の大手企業は存在するが、マインドギークはポルノ業界の巨人である」としている。税制上の理由から名目上はルクセンブルグを拠点としているが、マインドギークはモントリオールで運営されている私企業だ。
クリストフは記事の最後に、「ポーンハブがあると、ジェフリー・エプスタインを1000倍にしたようなものだ」と記している。エプスタインは、拙稿「デジタル庁事務方トップ人事に大いなる疑問符」のなかで説明したように、少女性愛にかかわる性犯罪者であり、米国人から猛烈に嫌われてきた人物だ。ポーンハブはその人物の1000倍もの悪だと、クリストフはやり玉にあげていることになる。
この厳しい批判に対して、ポーンハブは2020年12月8日になって声明を発表し、①直ちにポーンハブからユーザーがコンテンツをダウンロードする機能を削除した(ただし、検証済みモデルプログラムでの有料ダウンロードは例外)、②直ちにコンテンツパートナーとモデルプログラムの関係者のみがポーンハブにコンテンツをアップロードすることができるようした(年明けには、認証プロセスを導入し、本人確認のプロトコルに成功したユーザーはだれでもコンテンツをアップロードできるようにする)――ことなどを明らかにした。
そんな彼は、記事のなかで、「検索エンジンや銀行、クレジットカード会社が、子どもや意識のない女性への性的暴行を収益化している会社を支援する理由はわからない」と記し、「ペイパル(PayPal)がポーンハブとの協力関係を停止できるのであれば、アメリカン・エクスプレス、マスターカード、ビザも同様だ」と、厳しく詰め寄った(なお、2019年に、ペイパルはポーンハブおよびポーンハブに動画を提供している業者に対し、ペイパルを通じた支払いを禁止している)。
すると、マスターカードは2020年12月10日に発表した声明のなかで、調査の結果、「マインドギークのサイト上で違法なコンテンツを禁止する当社の基準に違反していることが確認された」として、同社は同サイトでのカードの使用を中止することにした。その後、マスターカードは、アダルトコンテンツの販売者への支払いを処理する銀行に対する新しいルールを課した。ビザも別の声明で、「マインドグリークにサービスを提供している金融機関に対し、ビザネットワークを通じた支払いの処理を停止するよう指示している」としたのである。
こうした措置は、これまでマスターカードやビザのカードを使ってポーンハブの利用者が簡単に利用できた決済サービスを受けにくくするものであり、結果としてポーンハブにとって大きな打撃となったのである。
2021年になって、NYTが注目したポルノサイトは英国に本社を置くオンリーファンズ(OnlyFans)である。これはユーザーがコンテンツへのサブスクリプション・アクセス権(一定期間の利用権に料金を請求して、サービスへのアクセスをできるように権利)を販売できる有料会員制プラットフォームで、パンデミック下において、「セックスワーカー」と呼ばれている性を売り物としている人たちがオンリーファンズを通じてサービスを提供し、稼ぐ機会を与えたことが注目されたのである。女の子一人あたりの平均料金は月額12ドル(最低月額4.99ドル、最高月額49.99ドル)で、利用者のカードから自動的に引き落とされる。一説には、ユーザー数は1億5000万人を超えている。
ポルノ業界は当初、制作会社がポルノビデオを数多くつくり、それを有料サイトでふんだんに視聴できるようにするサービスで利益を得てきた。ところが、いわゆるチューブサイト(盗用したポルノコンテンツを集約して無料で配信し、バナー広告や動画広告による収益を吸い上げる動画プラットフォーム)によって、大手スタジオの多くが廃業に追い込まれていく。
この延長線上に、世界全体をネットワーク化したポーンハブやXVideosのようなほとんど無料のサイトが台頭する。ポーンハブなどは、合意のもとに撮影されたかどうか疑わしい投稿ビデオなどを「餌」にして、そのつづきを観たい者に課金するといった方法で、低コストによる巨大な利益を得られるようになる。投稿者は無償動画の広告収入、視聴者が加入しているポーンハブのプレミアムプランの料金を再生数に応じて分配する仕組みからの収入、動画のダウンロード販売などで利益を得られるようになった。
しかし、前述したように、ポーンハブなどへの批判が高まったことで、投稿に伴う手続きが厳格化されるようにもなっている(たとえば「Pornhubのモデル認証がパスポート必須になってしまったのだ!!」を参照)。こうして、オンリーファンズへの関心が集まるようになる。NYTも2021年5月18日付で、「このサイトは性的なコンテンツで成り立っているわけではないという主張にもかかわらず、このプラットフォームはポルノの代名詞となっている。その実態は?」という、オンリーファンズに焦点を当てた記事を掲載している。さらに、8月19日付の「オンリーファンズ、性的に露骨なコンテンツを禁止すると発表」という記事が登場する。
なお、ポルノ情報の伝播には、インターネットやソーシャルメディアなどを介する必要があるから、そうした事業を運営する会社の規制対象となる。こうした業界のポルノ関連規制をめぐっては、NSFW(Not Safe For Work)という「隠語」で語られているのだが、NSFWについてフェイスブックやユーチューブなどのソーシャルメディアがどのように扱ってきたかについては、Katrin Tiidenberg & Emily van der Nagel著Sex and Social Mediaが参考になる。
紹介した記事によると、オンリーファンズには1億3000万人以上の利用者がいる。オンリーファンズは2016年に設立され、利用者は無料でアカウントを登録することができる。ただし、支払い方法を提供しなければ投稿を見ることはできない。「無料アカウントが広く普及しているのは、請求書の情報が保存されていることで、お金を払わないファンを、お金を払う顧客に変えることが簡単にできるからだ」という。最初に無料で登録した後、衝動的にクリックするだけでお金を使い始めさせることができるというのがねらいらしい。
利用者は動画などを制作し、投稿している者(クリエイター)に月額料金を支払うことで、インスタグラムやティックトックには掲載できないようなきわどいイメージのフィードを見ることができる。利用者は、ダイレクトメッセージを送ったり、クリエイターに「チップ」を渡したりして、自分の性的嗜好に応じた写真や動画をオンデマンドで入手することも可能だ。
クリエイターの側からみると、「オンリーファンズはパンデミックの間、セックスワーカーを含む200万人のクリエイターの収入源となった」面がある。同社は、「クリエイターが自分のビジネスを効果的に運営し、サイトに投稿したコンテンツを所有できるようにしたこともあり、セックスワークの民主化に貢献した」と述べているという。
NYTによると、「5~6桁の収入を得ているクリエイターのニュースが事前に広まっていたおかげで、オンリーファンズは意欲的な人には手厚い収入を提供しているように思われた」らしい。とはいえ、オンリーファンズでの販売から生じる資金はファンドに集められ、7日かけてクリエイター別の勘定に記載され、その後、彼らの銀行口座に振り込まれるのに3日から5日かかる。これらの手数料としてオンリーファンズはクリエイターの販売高の20%を差し引くことになる(「これは他のストリーミングサイトよりもはるかに高い水準である」との指摘があるほか、ポーンハブの場合、35%をクリエイターから搾取しているとの情報もある)。オンリーファンズの受け取るカネは、「ポン引きの取り分」とみなせばわかりやすい(NYTを参照)。
別のNYTによると、「月間登録者数が数千人のクリエイターは、写真や映像の完全な所有権を持ちながら、コンテンツを投稿することで、月に2万5000ドル以上を稼ぐことができた」という。こうした事情から、パンデミックで失業したり生活苦にあえいだりする者のなかに、オンリーファンズを使ってカネ儲けに挑戦しようとする動きが広がったと考えられる。
一方、何百万人もの人々、特に独身者は、結婚相手との出会いや友人との交際の機会がなく、孤立し、孤独で、ムラムラしていることに気づく。「彼らは、外食やバーに行かないことで節約できた使い捨てのお金で、このサイトに殺到した」のだという。
オンリーファンズは8月19日になって、10月から性的描写のあるコンテンツを許可しないと発表した。この発表の裏には、ポルノを取り締まるよう働きかけている団体がある。性的人身売買のリスクを軽減しようという運動のなかで、ポルノを目の敵にしているのである。その代表格が米国の福音主義キリスト教の大規模な聖職者団体である「インターナショナル・ハウス・オブ・プレヤー・カンザスシティ」と関係があると言われている「エクソダスクライ」だ。
同組織は前述したポーンハブの所有者、マインドギークに圧力をかけてサイト上のコンテンツに関するより厳格なルールを新たに導入させた後、オンリーファンズに目を向け、支払い業者や銀行の仲介者に、サイトでポルノをホストすることができないようにルールを変更するよう圧力をかけていたと、8月25日付のWired.co.ukの記事は伝えている。
ところが、オンリーファンズはコンテンツ制作者からの圧力や、他のサイトへの大量流出の恐れがあったため、8月25日、「多様なクリエイターのコミュニティをサポートするために必要な保証を確保した」と声明を発表し、10月1日に予定されていたポリシー変更を中止した。
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