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米核開発史の暗部に隠された被ばく被害~ハンフォードと福島の過去・現在・未来(上)

核実験の「忘れられたモルモット」たち

宮本ゆき デュポール大学宗教学科教授

アメリカのどの核施設よりも多く放射能を排出

 ジャーナリストであるカレン・ドーン・スティールは1982年にハンフォードから北東270キロのスポーケン市の地元新聞に引き抜かれた。当時、レーガン政権は、軍備拡張政策によりハンフォードのプルトニウム生産原子炉を再稼働させており、同時にアメリカの商業用原発から出る核のゴミ、高濃度放射能廃棄物の埋立地を探していた。

 ハンフォードは埋立地の候補地でもあったことから、スティールはハンフォードの地質の安全性の調査を始めようとした。しかし、すぐに1940年代から60年代、ハンフォードでプルトニウムが最も生産されていた時期の書類は殆どすべて国家機密として公開されていないことを知った。

 地元の環境団体と一緒に、スティールらジャーナリストは裁判所にこれらの書類を公開するよう申し立てた。その間、スティールはハンフォードからコロンビア川を挟んだ向かいに住む農家を始め、多くの地元住民から数々のプルトニウム漏洩事故があったことを聞く。しかし事故について住民は正確な情報を与えられず、時には突然農場の外の道路が封鎖され、職員らしき人物が土壌を調査し何の説明もなく帰っていったことなどを聞き取った。またハンフォードの従業員により地元の水質、ミルク、土壌などが常時モニタリングされていたが、人の健康に関しての調査は一切行われていなかった。そのうえ1961年には近隣の6つの農場で100匹以上の羊に異常が見つかり、1日に33匹が死んでしまったこともあった。

 死亡者が多発した自身の農場の付近、「死の1マイル」(Death Mile)を案内してくれる、ハンフォード風下被ばく者であり、訴訟の原告の一人でもあるトム・ベイリー氏拡大 死亡者が多発した自身の農場の付近、「死の1マイル」(Death Mile)を案内してくれる、ハンフォード風下被ばく者であり、訴訟の原告の一人でもあるトム・ベイリー氏

 住民の話は「風下被ばく者―恐怖と共に生きる」という記事となり、1985年7月28日付けで地元紙に掲載された。この記事が契機となり2つの市民団体とスティールの勤務する新聞社とが情報公開法に基づき、主に放射能漏れに関する資料請求を国に対して行った。公開された資料によると、冷戦時代、ハンフォードではアメリカのどの核施設よりも多く放射能を排出していたことがわかった。特に人々を驚愕させたのは、「グリーン・ラン」と呼ばれる実験だった。

スティールが写真つきでスポークスマン・レビュー紙に掲載した「風下被ばく者」の記事拡大スティールが写真つきでスポークスマン・レビュー紙に掲載した「風下被ばく者」の記事

 1949年12月、ハンフォードでは、ウランの冷却時間を通常の1/5から1/6に短縮した「青い/若い」(グリーン)放射能ガスをわざと排出する「グリーン・ラン」と呼ばれる実験を行っていた5。この実験で様々な放射能核種が大気中に放出されたのだが、わけてもヨウ素131はスリーマイル島事故で漏洩した量の200倍以上だった6

 スティールはさらに情報公開を求め、1987年に1万ページ以上に及ぶ公開書類からヨウ素129がハンフォードの帯水層やコロンビア川沿いの農家の井戸で計測されたことを突き止めた。

 スティールのハンフォード風下被ばく記事が発表されて5年後、1990年7月11日、エネルギー省長官が記者会見を開き、ハンフォードで1940年代に行われた大気中への放射能の放出は、近隣住民に健康被害を及ぼすのに十分な量だったことを認めた。かつて、核兵器製造過程で健康被害が起こることを公にすることは核兵器の新規増強において不利になるとしていたエネルギー省が施設近隣住民の被ばくを認めたことは画期的だった。

 この発言を受けて、ハンフォードの風下被ばく者は訴訟に踏み切った。実は、

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筆者

宮本ゆき

宮本ゆき(みやもとゆき) デュポール大学宗教学科教授

2003 年にシカゴ大学より博士号取得以来、シカゴ市内のデュポール大学で倫理学を担当。単著にBeyond the Mushroom Cloud: Commemoration, Religion, and Responsibility after Hiroshima (Fordham University Press, 2011), なぜ原爆が悪ではないのか (岩波書店, 2020)、A World Otherwise: Environmental Praxis in Minamata (Lexington Books, 2021) がある。核論説について語りの分析を主な研究課題とし、“Gendered Bodies in Tokusatsu: Monsters and Aliens as the Atomic Bomb Victims” (2016) や“In the Light of Hiroshima: Banalizing Violence and Normalizing Experiences of the Atomic Bombing” (2017)などではジェンダーから論説を分析。現在は戦後の日本とアメリカの核論説の双方向の影響について調査中。2005年より、ほぼ隔年で大学の短期研修旅行プログラムの一環で学生を広島・長崎に引率。2016年よりハンフォードの風下被ばく者の団体CORE(Consequences of Radiation Exposure)の理事を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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