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維新の躍進を「大阪府民がアホやから」で片づけてはならない

徹底した「どぶ板」と機動力。強さの理由を野党は学ぶべきだ

今井 一 ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

「既得権益」批判で急成長

 なぜ大阪でこれほどまでに強いのかを解説する前に、維新誕生から今日までの経緯をごく簡潔に紹介しておく。

 2008年1月、いくつもの人気テレビ番組に出演して顔と名前を売っていた茶髪の弁護士・橋下徹が大阪府知事選に立候補して当選した。その後、彼を担いだ自民、公明両党との間に摩擦が生じ、反目することになるのだが、翌年4月、当時大阪府議だった松井一郎(日本維新の会代表)、今井豊(前大阪維新の会幹事長)ら橋下徹知事を支持する6人の議員が「自由民主党・維新の会」という党内会派をつくった。

 その後、彼らは自民党から完全に離脱して新会派「大阪維新の会・大阪府議会議員団」を結成(2010年4月1日)。さらに同月19日には「大阪維新の会」と称する地域政党を創設して橋下徹がその代表に就任した。この創設時の勢力は、大阪府議24人、大阪市議1人、堺市議5人の計30人だった。

「大阪維新の会」発足式で乾杯する橋下徹・大阪府知事(中央)と今井豊・大阪府議(右)=2010年4月19日、肩書は当時拡大「大阪維新の会」発足式で乾杯する橋下徹・大阪府知事(中央)と今井豊・大阪府議(右)=2010年4月19日、肩書は当時

 翌2011年4月の統一地方選挙で維新は自民党、民主党に圧勝。大阪府・市ともに議会第一党となった。勢いづいた橋下・維新は市長ポストに狙いを定め、民主・共産・自民・公明が支える平松邦夫市長のことを「既得権益を守り改革を妨げる人物だ」と批判。

 同年11月の大阪市長選挙では、知事だった橋下が鞍替えをして市長選に、松井が知事選に立候補した。この戦略が見事に当たり、橋下、松井ともに選挙で圧勝。これ以降の10年、府・市の首長及び議会を維新が完全に制する状態が続いている。

 とはいえ、失速・反落の危機もあった。結党以来、党是として「都構想」(大阪市の廃止・特別区の設置)の実現を推進してきた維新は、公明党を巻き込んで府・市の議会でこれを可決。2015年の5月にその是非を最終決定する一度目の住民投票が実施された。だが、結果は僅差ながら反対多数となり、都構想実現の旗振り役をしていた橋下は大阪市長を辞職し、維新の代表も降りた。

 住民投票で敗れた上に大看板だった橋下を失った維新のダメージは大きく、これで維新の党勢は頭打ちとなるだろう。私はあの時そう予測していた。だが、松井一郎や今井豊ら古参の幹部は、橋下人気頼みだった維新に地力をつけるべく組織力の強化に努めた。

「どぶ板」を支える若者、対する既存政党支援者は高齢化

 さて、ではなぜこんなにも短期間の間に維新は選挙に強くなったのか。

 いろいろな要因があるのだろうが、「大阪府民がアホばっかりやから」というのは的外れで、むしろ、自分たちが推す政党や候補者の敗北を「有権者がアホ」で片づけてきた人たちこそが愚かだと言っておく。

 もし大阪人が本当にアホなら、維新の絶対的体制の中で、橋下代表以来彼らが企て全力で推進してきた「都構想」を、住民投票で2回連続拒んだりはしない。ふだん維新や吉村知事、松井市長を支持しつつ、彼らの言いなりにはならずに住民投票で反対票を投じた市民が相当数いた事実は重い。

 そのことについては「論座」のこの論考に詳しく書いている。「賛否拮抗 [大阪市廃止・特別区設置]の是非を問う再びの住民投票 」「大阪市廃止にNO! 住民投票は再び反対多数に

 「有権者がアホ」で片づける人がいる一方で、「反維新」の立場をとりながらも、大阪での維新伸長 、自民・共産・立憲の凋落について理性的な分析・考察を行うべしと考える人が増えつつある。「橋下不在」となったあとの維新が、2年前(2019年)の統一地方選挙で大勝した直後、私は「維新圧勝、自民・共産・立憲凋落」の要因を探るパネルディスカッションを企画・開催した(添付画像参照)。

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 『誰が「橋下徹」をつくったか』の著者・松本創さんをはじめ、登壇者はいずれも維新の政治・行政を厳しく批判してきた人ばかり。そして、弁護士の國本依伸さんら会場に集まった聴衆のほとんども同じく反維新あるいは非維新の人々だった。そんな彼らが「有権者がアホやから」ではなく、維新圧勝、自民・共産・立憲凋落の要因を理性的かつ具体的に語り合った。

 このパネルディスカッションで教えられたのは、地域で日常的に市議、府議らをフル回転させる維新の組織力、機動力のすごさだった。維新はIR(統合型リゾート)の誘致、大阪万博開催といった大きな事業、イベントを打ち出す一方で、地域住民に密着したいわゆる「どぶ板政治」も地道に行い、盆踊りや運動会などへの顔出しも他党を圧倒する勢いで行なっている。これは共産や立憲がサボっているということではなく、両党にはきめ細やかにそれをこなす人手がないのだ。

 「どぶ板政治」はかつては共産党が得意としていたもので、地域の困りごとに素早く対応し、貧しい家庭や弱者に対しては生活保護などさまざまな制度を活用してサポートするという活動を日常的に行なっていた。私が高校生の時(1971年)、地元生野区選出の市議(7人)は自民党が3人、公明党が2人、社会党が1人で共産党の議員も1人いた。共産党はその頃バリバリ活動していた30代、40代の党員や後援者らが50年経った今高齢となり動けず、候補者の周りにいてチラシを配っている人々の中に若者の姿はない。ほかの地域では若い世代の活動家もいるのだろうが、大阪市内ではたいていそんな感じだ。

 一方、維新の候補者の周りに立つスタッフは20代、30代の若者もいて、醸し出す雰囲気は共産党とは対照的なものになっている。実際、選挙の際の出口調査でも比較的若い世代が維新に投票する傾向が確認できる。投票所前で維新に投票したという若者らに、なぜ維新なのかを訊ねると、こんな答えが返ってきた。

 「維新に任せたらすべてがうまくいくとは思ってません。でも、失敗してもいいからいろんなことに挑戦しようとしているところに共感してます。都構想はだめになったけどIRは進めてほしい」

 「私は消去法で決めました。自民はもう古いし嘘が多い気がする。立憲はなんかエエかっこしーで好きになれない。共産党と公明党は体質的に合わない。で、残ってるのが維新。維新でええかっていう感じです」

 地域において機動的かつ手厚い住民対応をするためには一定数の議員を擁する必要がある。大阪市24区に維新の市会議員は40人いるが、共産は4人、立憲はゼロ。この力の差は歴然としている。地域選出の議員が自陣のスタッフ、後援者らと共に住民対応に励めば支持者が増え、支持者が増えれば議員が増えるという正のスパイラルに乗った維新と負のスパイラルに陥った共産・立憲。おまけに、維新の議員は松井市長や吉村知事に直結しているという強みもある。それが大阪でのこの10年間の実態だ。

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筆者

今井 一

今井 一(いまい・はじめ) ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

 1991年以降、ソ連、ロシア、スイス、フランス、イギリスなどで国民投票の取材を重ね、国内では新潟県巻町、名護市、徳島市など各地で実施された住民投票を精力的に取材。2006年~07年には、衆参各院の憲法調査特別委員会に参考人及び公述人として招致され、国民投票のあるべきルールについて陳述する。著書に『CZEŚĆ!(チェシチ)──うねるポーランドへ』(朝日新聞社)、『住民投票』(岩波書店)、『「憲法9条」国民投票』(集英社)、『国民投票の総て』、『住民投票の総て』(ともに[国民投票/住民投票]情報室)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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