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負の遺産の清算なく進む核開発拠点の「復興」~ハンフォードと福島の過去・現在・未来(下)

原発推進機関の主導による「創生」が福島のモデル

宮本ゆき デュポール大学宗教学科教授

 前稿(上)では、ハンフォードの成り立ちと汚染の歴史をかいつまんで記した。またハンフォード裁判の前例となったネバダ核実験による風下被ばく者の裁判についても概要に触れた。その上でいよいよハンフォード裁判を見ていこう。

国試算より1300倍の放射線量

 ネバダ訴訟の結果により、国を直接訴えられなくなったハンフォードの原告たちは、1957年のプライス・アンダーソン法に基づいて国の下請け企業に補償を請求することとした。プライス・アンダーソン法は原子力事故の際、国が委託した事業者に有限責任を問うことができるものである。被害の立証のため、まず「ハンフォード線量再構築(HEDR)」調査を行うこととなったが、この調査を委託されたのは、私企業でありマンハッタン計画から核産業に関わってきたバテル社が監督している国立パシフィックノースウエスト研究所だった1

 この調査により、1944年から1947年までの間に通算450,000キュリーの放射性ヨウ素が大気中に拡散され、ワシントン州東部、オレゴン州東部、そしてアイダホ州にわたる地域の270,000人の住民の多くを低線量被ばくさせ、そのうち13,500人が牛乳などから33ラドの放射線を取り込んだという結果が1990年に公表された。このうち、最も高い被ばく線量はエネルギー省が試算していたものよりも1300倍も高いものだった。

有害廃棄物に注意を呼びかける看板=米ワシントン州ハンフォード拡大有害廃棄物に注意を呼びかける看板=米ワシントン州ハンフォード

 その後1994年の最終調査発表では、少なくとも5つの核種が1956年から1965年の間、コロンビア川に流出していたことが明らかにされ、当初考えられていたよりも広大な地域に放射性物質が拡散されていた、と報告されたが、放射線量は当初推定の1/3に引き下げられていた。

 この通称「バテル線量再構築モデル」は、十分に被ばくの実相を反映しているとは言えないため、さらなる疫学研究が行われることとなった。その結果、ワシントン州東部に住む3,441人に平均より少し高い甲状腺異常が見つかったうえ、通常よりも20%高い乳幼児死亡率が見られたにもかかわらず、甲状腺癌の症例がなく、被ばくとの因果関係はないとする疫学研究結果が発表された。しかしこの疫学結果は線量計算上の間違いを含め多くの欠点が指摘されており2、後に、研究の目的がハンフォード被ばく者による訴訟のために政府を弁護するものであったことがわかった3

 訴訟の最初の判事、ハンフォード近郊ヤキマ郡でビジネスを手掛けるアラン・マクドナルドは1998年、4,500人の原告の訴えを退け、原告の数を絞った。さらにハンフォードからの放射能が癌の可能性を2倍にしたとはいえないと、的はずれな見解を出した。裁判の争点は癌になる「可能性が高い」ことであって、2倍という数字ではない。さらにハンフォード近郊に多くの農地を所有していたこの判事は係争中の1999年に、ハンフォード施設からコロンビア川を挟んだ原告の居住地近くの果樹園を購入していたことが判明。こうした不動産のおかげでマクドナルドはワシントン東部で最も裕福な判事となっていた。しかし2003年、不動産購入が公になったことで彼は判事を辞任した。

 彼の後任として任命されたウイリアム・フレミング・ニールソンは、就任にあたり、自らが所有するジェネラル・エレクトリック社(GE)の株を売ると明言。GEは被告の一社でもあったからだ。

 一方、企業である被告側にとって核産業は国から請け負った事業であるため、裁判にあたっては税金で弁護人を雇うことができ、裁判が長引いても自社には経済的負担がないことから、むしろ裁判を長引かせる戦略を取っていた。そのうえ、裁判が始まって14年後の2004年、被告側は、原告は1985年のスティールの新聞記事、あるいは1986年のエネルギー省の情報開示により被害を知ったのであれば、それから3年以内に告訴するべきという時効原則を持ち出して裁判そのものを無効にしようとした。原告側は前稿のエネルギー省が非を認めた1990年の記者会見が訴訟のきっかけだった、と主張(実際、訴訟手続きはその後一ヶ月以内に行われた)。ニールセン判事が原告側の意見を採用したため裁判は継続された。

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筆者

宮本ゆき

宮本ゆき(みやもとゆき) デュポール大学宗教学科教授

2003 年にシカゴ大学より博士号取得以来、シカゴ市内のデュポール大学で倫理学を担当。単著にBeyond the Mushroom Cloud: Commemoration, Religion, and Responsibility after Hiroshima (Fordham University Press, 2011), なぜ原爆が悪ではないのか (岩波書店, 2020)、A World Otherwise: Environmental Praxis in Minamata (Lexington Books, 2021) がある。核論説について語りの分析を主な研究課題とし、“Gendered Bodies in Tokusatsu: Monsters and Aliens as the Atomic Bomb Victims” (2016) や“In the Light of Hiroshima: Banalizing Violence and Normalizing Experiences of the Atomic Bombing” (2017)などではジェンダーから論説を分析。現在は戦後の日本とアメリカの核論説の双方向の影響について調査中。2005年より、ほぼ隔年で大学の短期研修旅行プログラムの一環で学生を広島・長崎に引率。2016年よりハンフォードの風下被ばく者の団体CORE(Consequences of Radiation Exposure)の理事を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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