山下裕貴(やましたひろたか) 元陸将、千葉科学大学客員教授
1956年宮崎県生まれ。1979年陸上自衛隊入隊、自衛隊沖縄地方協力本部長、東部方面総監部幕僚長、第3師団長、陸上幕僚副長、中部方面総監などを歴任し2015年に退官。現在は千葉科学大学客員教授、日本文理大学客員教授。著書に『オペレーション雷撃』(文藝春秋)など。アメリカ合衆国勲功勲章・功績勲章を受章。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
現実的な反撃能力に関する活発な議論を
政府は10月19日、北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて国家安全保障会議を開催し、その後の記者会見で岸田首相は「国家安全保障戦略などの改定を指示した。いわゆる敵基地攻撃能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討するように改めて確認した」と語った。また、岸田首相は24日のNHKの討論番組で「ミサイル技術は年々進化している。国民の命や暮らしを本当に守れるのか、政治はしっかりと考えていかなければならない」と強調し、敵基地攻撃能力を選択肢の一つと重ねて指摘している。
10月31日に行われた衆議院議員総選挙において自民党は単独で安定多数を獲得した。この安定した政治基盤の下で、これから国家安全保障戦略や防衛計画大綱の策定作業が本格的に行われ、敵基地攻撃能力の保有についても議論が展開されるものと思われる。
敵基地攻撃能力の保有についての政府見解は、1956年の鳩山一郎首相の「我が国に対して誘導弾等による攻撃が行われた場合(中略)、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であると思います」という答弁を根拠に保有は可能だとしている。
そこで敵基地攻撃とは何かについて考えてみたい。この答弁をそのまま読むと、誘導弾等の攻撃を防御するのに他に手段がない場合には、敵の誘導弾等が発射される前にたたくことが必要となる。
今の日本の能力で敵基地を攻撃することは果たして実際的に可能だろうか。この攻撃能力について軍事技術と法律の両面からみてみたい。
まず軍事技術面から見ると、弾道ミサイル発射台を攻撃し破壊するためには、精度の高い目標情報(発射台の位置)の入手が必要不可欠である。鳩山答弁の1956年当時の軍事技術と現代の軍事技術とでは格段の差がある。当時のミサイル技術は第二次世界大戦末期に開発されたドイツのVロケットをモデルに米ソが中心となって弾道弾の開発競争を行っていた時代であり、発射方式も固定式が多くを占めていた。この当時の敵基地への攻撃は航空機により敵の防空網を突破し基地施設や弾道ミサイル発射台を破壊することを想定していたと思われる。
しかし現代では弾道ミサイルは固定式に限らず、車両や鉄道による移動式発射台や潜水艦から発射されるものもあり、その発見は情報収集能力の高い米軍ですら極めて困難な状況になっている。