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無視できない「アニマルウェルフェア」

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年6月28日、米最高裁判所は2018年に承認された、カリフォルニア州の住民提案12号に対する北米食肉協会の異議申し立てを却下した。この提案12号は、採卵鶏、母豚、子牛を子牛産業で使用するための集中的な監禁を禁止するものだ。また、この法律は、採卵鶏、母豚、子牛を産業用に集約的に監禁することを禁止し、さらに、動物を残酷な檻(おり)に閉じ込めた施設からとれる、卵、豚肉、子牛をカリフォルニア州で販売することを禁止している。

 2019年に米最高裁は、強制飼育されたフォアグラの販売を禁止するカリフォルニア州の法律への異議申し立てを却下していた。このフォアグラは、トウモロコシを強制的に与えられたアヒルやガチョウの肥大した肝臓からつくられるもので、アヒルやガチョウの養殖業者を代表するカナダの非営利団体を含むフォアグラ生産者の上告を却下したことになる。2014年には、生産者やレストランが提出した訴えも却下している。2004年に同州はこの法律を制定し、2012年になって施行されていた。

 さらに、2021年7月には、第9巡回区控訴裁判所は全米豚肉生産者協会とアメリカ・ファーム・ビューロー連盟による前記の提案12号を違憲とする申し立てを却下した。この提案12号は2022年1月1日に施行されることになっており、州の境界を越えて全米の養鶏・養豚・肉牛業者にまで影響をおよぼすことから、注目を集めているのだ。

拡大C.Lotongkum/shutterstock.com

 The Economistによれば、卵については、マサチューセッツ州やユタ州など8州において、いわゆる「バタリーケージ」(ケージを横にも縦にも連ねたもの)に入れられた鶏が生産する卵を実質的に禁止する法律が制定されていることや、マクドナルド、ケロッグなどの企業が2025年までにケージに入れない鶏の産む卵だけを使用する計画であることから、この法律の施行による悪影響は少ない。なお、The Economistは、2019年1月の記事で、活動家のキャンペーンによって、「マクドナルド、バーガーキング、ウォルマートを含む200社以上の米企業が2015年以降、ケージで飼育された鶏卵の購入を取りやめるようせかされてきた」と書いている。

 だが、養豚については、新しい基準を満たしている母豚の飼育施設が全体の4%にも満たないことから、今後、養豚施設費が増大し、それがベーコンなどの豚肉の値上がりにつながるとの見方が広がっている。だからこそ、騒ぎが大きくなっているのだ。

「アニマルウェルフェア」

 いわゆる「アニマルウェルフェア(動物福祉、以下AW)」という考え方が脚光を浴びるようになったきっかけは、1964年に刊行されたルース・ハリソン著『アニマル・マシーン』において、工業的な畜産業の残虐性が批判されたことかもしれない。その後、1975年に出版された『Animal Liberation』が注目される。著者はオーストラリアの哲学者で、後にプリンストン大学の生命倫理学の教授になったピーター・シンガーだ。1990年に第二版、2002年に第三版、2009年に第四版が刊行されるほどの影響力をもつ(鶏、豚、牛などへのAWについて詳しく書かれているから、関心のある読者はぜひ読んでみてほしい)。

 彼は「幸福=利益」とみなし、その幸福をもたらす行為を善とみなす功利主義的見方に立って、「人間」と「動物」との境界の恣意性に着目して、動物の幸福を論じたことになる。この主張は、男女の差別といった問題が人間と動物との差別に帰着しているのではないかと疑いを出発点にしていたように思われる。

 さらに、ノースカロライナ州立大学の名誉教授、トム・リーガンは、シンガーの議論に基づいて「アニマルライツ」と呼ばれる動物の権利にかかわる哲学を展開し、1983年に『The Case for Animal Rights』を出版する。彼によれば、人間は何かを欲しがったり、好んだり、信じたり、感じたり、思い出したり、期待したりするが、「同じことが、我々に関係する動物(たとえば、食べられたり、捕らえられたりする動物)にも当てはまり、彼らもまた、それ自体が固有の価値(inherent value)を持つ、人生の経験主体とみなされなければならない」という。ゆえに、彼らについても、傷つけてはならないと主張する。

 リーガンの動物の権利は極端なものだ。だが、こうした主張から、徐々に、いわゆるAWを重視する見方が世界中に広まったのである。いまでは、世界の動物衛生の向上を目的とする政府間機関である国際獣疫事務局(OIE)が「動物の健康、人間の幸福、社会経済的発展、環境の持続可能性の追求を補完する方法で、動物の福祉が尊重され、促進され、進歩する世界」の実現をめざして「世界AW戦略」に取り組んでいる。ここでいうAWとは、「科学・倫理・経済・文化・社会・宗教・政治的な側面を持つ、複雑で多面的なテーマ」とされている。

パンデミックがAWを後押し

 実は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行というパンデミック下で、AWが注目を集めている面もある。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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