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【18】「日本人は集団主義的」という議論の先にあるもの:集団思考を育てるという視点

塩原俊彦 高知大学准教授

「エンティタティヴィティ」

 他方で、集団が心をもっているかのように認識されるためには、統一された実体(エンティティ)として認識される必要があるとの議論が成り立つ。人々がグループに心を帰属させるのは、独立した心的状態を持つ個々のエンティティの集合体ではなく、グループ全体が単一のエンティティとして認識されている場合であると考えられる。この際、重要な役割を果たすのが「エンティタティヴィティ」、すなわち「実体性」(Entitativity)である(「Attributing Mind to Groups and Their Members on Two Dimensions」を参照)。

 これは、ドナルド・キャンベルが1958年に提唱した概念で、集団がどの程度実在しているかを示すものである。彼は、集団の構成員が互いに親密で似通っており、共通の運命や目標を共有している場合に、集団は高いエンティタティヴィティを持つと主張した。

 つまり、集団思考を可能にする源泉は、集団のもつエンティタティヴィティのレベルにかかわっていることになる。この際、このエンティタティヴィティが引き起こす「集団性の感覚」は、意図的に育てることができると考えられるようになっている。鍵となるのは、ある種のグループ体験、つまり、人々が物理的に近い場所で一緒に行動したり感じたりする、リアルタイムの出会いを作り出すことだ。

集団思考を支えるメカニズム

 最初に紹介したアニー・マーフィー・ポールは、「集団思考は、無意味でも超自然的でもなく、いくつかの基本的なメカニズムに基づいた人間の洗練された能力である」とのべている。そのうえで、最初のメカニズムは「シンクロ」で、身体的な動きも含めて、自分の行動を他人の行動と同じように調整する。第二のメカニズムは他者とともに刺激的な感情や身体的体験をする「共有覚醒」だ。第三のメカニズムは、「視点変換」で、あるメンバーの目を通して世界がどのように見えるかを順番に見ていくのである。

 これらのメカニズムがどの程度作動しているかによって、集団ごとの「エンティタティヴィティ」のレベルが決まる。ただし、集団自体の目的、規模、構成、継続性、反復性などによっても「エンティタティヴィティ」は影響を受ける。ゆえに、集団思考といっても、その程度を比較して、「日本人は集団主義的」といった命題に科学的判断をくだすのは容易ではない。したがって、日本人の集団主義がニッポン不全の一因だなどいった言説をここで主張するつもりはない。

集団思考とeスポーツ

 それではなぜ集団思考の話を今回書いたのか。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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