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立憲の代表選候補と議員諸氏は4年前の「希望の党」なだれ込みを総括せよ

目先の損得で”魂”を売った過去を国民は忘れていない

今井 一 ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

 衆議院議員選挙での敗北を受けて立憲民主党の代表を辞任した枝野幸男。その後任を決める代表選が11月19日に告示された(11月30日投開票)。この代表選については、論考の後半で触れるとして、まずは4年前に前原誠司・民進党代表が提唱して枝野を含むほぼ全議員が賛同・了解した民進党議員の「希望の党へのなだれ込み」問題についてとりあげたい。

 今更と言うなかれ。あの一件での彼らの行動は、政治家としての良心、能力というものをはかる格好の材料だし、今につながる不人気の「因子」がそこに潜んでいると私は考える。旧民主党の多くの議員、政治家が陥った「基本理念は二の次」ともいえる右往左往はあそこからひどくなり、多くの支持者に不信感を抱かせ、愛想尽かしをされた。にもかかわらず、前原も枝野も今回の代表選に立候補している小川淳也ら4議員も、これまで誰一人としてこの一件について十分な説明を行なってはいない。

 立憲民主党代表選に立候補した(右から)逢坂誠二氏、小川淳也氏、泉健太氏、西村智奈美氏=2021年11月19日 立憲民主党代表選に立候補した(右から)逢坂誠二氏、小川淳也氏、泉健太氏、西村智奈美氏=2021年11月19日

 政治家を続けている彼らには、あの時、希望の党への合流を両院議員総会で一致して決めたことが正しかったのか誤りだったのかを省みて、旧民主党時代からの支持者をはじめ主権者・国民にきちんと説明する責任があるのではないか。

『なぜ君』での愚痴は反省でも説明でもない

 「小川議員は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督のドキュメンタリー)の中でそのことについてちゃんと語ってますよ」という声が彼のファンから聞こえてきそうだが、あの作品の中での小川の言動は反省でも説明でもなく、前原の提唱に賛同して希望の党の公認候補となったものの、思惑が外れて選挙区で落選した男の後悔や愚痴でしかない。

 小池百合子の希望の党の公認候補となるのと無所属で戦うのと、どちらが当選の確率が高まるかという計算をした上で、希望の公認候補となった彼。地元香川一区で街宣中に初老の男性から「お前、安保法制に反対しとったじゃろが、イケメンみたいな顔しやがって心は真っ黒やないか!」と罵られる。で、その男性にその場で説明や弁明をしたかというと、それはせずに「ありがとうございます」と頭を下げただけ。饒舌な彼がまともな返しを一切しなかった。というより、できなかったのだろう。

 そして選挙区での落選が確定した直後には、大島監督に向かって「タラレバだけど、無所属であれば、圧勝していたかもしれないし…」と言って肩を落とした。

 そんな個人的な愚痴や泣き言ではなく、外に向かってきちんとした説明をしない政治家など信用できず、そんな人たちのところに、民主党全盛期の29,844,799人もの支持者(2009年の衆院選挙における比例代表での得票総数)は決して戻ってこない。

2017年の衆院選公示日に街頭で支持を訴える小川淳也氏(右)と運動員の長女(中央奥) ©ネツゲン 2017年の衆院選公示日に街頭で支持を訴える小川淳也氏(右)と運動員の長女(中央奥) ©ネツゲン

生き残りを図った「希望の党」への合流劇

 民主党は、2009年8月の衆院選で大勝して政権を執ったものの、翌年には支持率が下がりはじめた。鳩山、菅、野田と党首交代を重ねる度に不人気に拍車がかかり、2012年の暮れに政権を返上。その後も人気は回復せず、2016年の春には維新の党(松野頼久代表)と合流して民進党となったが、支持率低下は止まらなかった。

 一方、自民党を辞め、2016年の都知事選に出馬し圧勝した小池百合子は人気沸騰。都知事選後に地域政党「都民ファーストの会」を設立すると、翌2017年の都議選では49人が当選し、自民党(当選23人)を抑えて第1党となった。ちなみにこの選挙での民進党の当選者はわずか5人で、両党の勢いの差は歴然としていた。

 不人気が続く民進党は蓮舫を代表に据えて党勢の回復を図ったが、二重国籍問題が発覚すると所属議員の「離党ドミノ」が進んで蓮舫は辞任。次の代表をめぐって前原と枝野が争い、前原が勝利した。

 その矢先の2017年9月25日、安倍首相は28日召集の臨時国会冒頭に衆議院を解散すると表明し、衆院選が10月22日投開票で行われることになった。

 同日、小池知事は都庁で記者会見を開き、新党を設立して代表職に就くことを発表。「希望の党」を旗揚げして衆院選に名乗りを上げる。

「希望の党」結党会見でポーズをとる代表の小池百合子氏(中央)。左から2人目は細野豪志氏=2017年9月27日 「希望の党」結党会見でポーズをとる代表の小池百合子氏(中央)。左から2人目は細野豪志氏=2017年9月27日

 その翌日、前原は小池に会う。民進党のまま選挙戦に突入すれば大半の議員は落選するので、民進党を捨てて「希望の党」へなだれ込み、小池人気に便乗して生き残りを図ろうと考えたのだ。この会談において両者は「野党勢力を結集するために、連携して戦う」という建て前で合意した。

「希望の党」小池代表は当初から「選別」を口にしていた

 ただし、小池は前日の都庁での記者会見の場で、民進党との連携は「党をまるごとというよりは政策の同意が必要だ」と述べていたし、前原と会った翌日(27日)に出演したBSフジのテレビ番組では「公認するにあたっては、改憲と安全保障に対する姿勢に関して一人ひとりに考えを確認し、その上で個別に選別する」旨の発言をしていた。つまり、後に大きな話題となった、例の「排除します」発言は刺激的な言葉だが、選別して公認することに関しては、当初から小池が示していた民進党議員を受け入れる際の基本姿勢だった。

 小池・前原会談の2日後(9月28日)に衆議院は解散し選挙戦に突入するが、同日午前、民進党は常任幹事会を開き、前原は下記の事柄について提案した。

①今回の総選挙における民進党の公認内定は取り消す。

②民進党の立候補予定者は「希望の党」に公認を申請することとし、「希望の党」との交渉及び当分の間の党務については前原代表に一任する。

③民進党は今回の総選挙に候補者を擁立せず、「希望の党」を全力で支援する。

民進党両院議員総会で議員に配られたのは、党公認を取り消し、希望の党を全力で支援することを促す案だった=2017年9月28日 民進党両院議員総会で議員に配られたのは、党公認を取り消し、希望の党を全力で支援することを促す案だった=2017年9月28日

 常任幹事会はこの提案を了承し、そのあとに開いた民進党両院議員総会に諮られる。この総会に集まった議員は130人。彼らと向かい合う演壇のわきに配置された席には、前原代表と枝野代表代行らが座った。

 翌日付の朝日新聞には、この総会での議員の発言がいくつか紹介されている。

 「(民進党としての)公認を放棄するなら事実上、解党だ。政党としてルールを果たさず公認しないのは、いかがなものか」(鷲尾英一郎・衆院北陸信越)

 「(小池百合子による)『選別』はあり得ないと明言してほしい」(佐々木隆博・衆院北海道6区)

 こういった発言に対して前原は、「起死回生の状況をどう作りあげるのかの議論が必要だ」、「全員が(希望の党から)立候補していただけるように全力を尽くす。お任せいただきたい」と返した。

 また、「安保法制」など政策面で大きな隔たりがあることについて危惧する声も出たが、「安倍さんを引きずり下ろすための一夜城だ。政策は(選挙が)終わってからゆっくり考えよう、という潔さがあったほうがいい」(古本伸一郎・衆院愛知11区)といった発言に抑え込まれた。

 結局、この総会の場で「前原提案」に強く反対するものはおらず「満場一致」の拍手で了承された。枝野、福山、辻元といった後の立憲創設メンバーも、このときは希望の党へのなだれ込みに異議を唱えなかったということだ。

 民進党両院議員総会に臨む前原誠司代表(左)と枝野幸男代表代行=2017年9月28日 民進党両院議員総会に臨む前原誠司代表(左)と枝野幸男代表代行=2017年9月28日 (肩書は当時)

「排除いたします」発言で潮目が変わる

 この両院議員総会の翌朝、前原は都内のホテルで小池と会い、民進党の立候補予定者全員の公認を求めた。

 だが、会談直後に開いた記者会見で小池は、「全員を受け入れることはさらさらない」と発言。これは民進党内のリベラル派は受け入れないという意味で、枝野のみならず彼が前原と代表選を争った際の推薦人に対しても公認を拒むのではないかという憶測を呼んだ。

 そのあと、午後2時から都庁で行われた定例記者会見の際、フリーランスの記者・横田一は小池とこういうやりとりをした。

 【横田】前原代表は「(希望の党に)公認申請をすれば、排除されない」と言っているが、小池代表は「安保・改憲で一致する人のみを公認する」と言う。これは、前原代表を騙したのでしょうか? 共謀して「リベラル派大量虐殺、公認拒否」を企てたとも言われているのですが?

 【小池】前原代表がどういう発言をしたのか、承知をいたしておりませんが、「排除されない」ということはございません。排除いたします。取捨選択というか、絞らせていただきます。安全保障、憲法観といった根幹の部分で一致することが、政党の構成員として必要最低限のことだと思っています。

 29日のこの排除発言は、民進党の議員や予定候補者を震撼させる。なぜなら、彼らのほとんどが集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案(安保法制)の廃止を国会で訴えていたからだ。

 そして、翌30日に判明した排除リストともいえる「希望の党1次公認の原案」は、民進党のリベラル系に追い打ちをかけた。その内容は、枝野(埼玉5区)をはじめとする同系議員を公認しないだけではなく、彼らの選挙区に希望の党公認の対抗馬を立てるというもので、小池や彼女の側近となった細野豪志らが民主党、民進党に存在したリベラル系議員を潰そうとしていることは明白となった。

 それを受けて、枝野は翌10月1日、新宿の街頭でマイクを握りこう語った。「国民の皆さんに訴え、約束してきたことを、政治家の都合で反故にすることがあってはならない。……何があっても、私は曲げないし媚びない」

 そして、希望の党への合流を提案した前原に対する不信感をこのように述べた。

 「前原氏は、民進党の理念・政策を新しい器(希望の党)の中で実現していくと言ったが、方向が違うと判断せざるを得ない」

 事ここに至り、枝野は新党結成を決断。10月2日、彼は「立憲民主党」を結成し、自身が代表に就くと表明した。

 「立憲民主党」の結成について会見する民進党の枝野幸男代表代行=2017年10月2日 「立憲民主党」の結成について会見する民進党の枝野幸男代表代行=2017年10月2日

 その後、福山哲郎や辻元清美、逢坂誠二らリベラル系の同志が次々と立憲に入り、反自民、反希望の人たちはSNSで「#枝野立て」を拡散。

 一方、泉や小川は、そういった枝野や逢坂らの動きを横目で見ながら、小池に媚びるように、自分たちが院の内外で主張してきた「安保法制反対」を封印し、希望の党の「公認」をもらった。結局、彼らは自分の当選の可能性が高まるか否かを第一義に考えていたと言わざるを得ない。

 そういった無節操な行動に怒った人が、「お前、安保法制に反対しとったじゃろが。心は真っ黒やないか!」と小川に罵声を浴びせたわけだ。

 この2017年の衆院選で立憲は一大ブームとなり、希望の党を押さえて野党第一党となった。

元の民進党に戻っただけ

 昨年の夏、それまで「数合わせはしない」と言っていた枝野は方針を変えて、旧・国民民主党など2党2グループが合流する形での新・立憲民主党を結党した。それにより、2017年の衆院選挙時に希望の党の公認候補となった泉、小川、大串ら数十人の議員も新・立憲に入った。

 それは、

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