コスト面と調査環境の変容で方法を変えたメディア各社。選挙情勢調査のゆくえは
2021年11月22日
朝日新聞の選挙情勢調査の結果が他社と違うようだ。どうして?――
10月19日公示の衆院選が始まって1週間たった頃、選挙関係者の間でそんな声があがった。「自民党が優勢」という報道が他のメディアとかなり異なっていたからだ。
自民優勢を報じたのは10月26日付朝刊。1面に掲載された「自民 過半数確保の勢い/公示前は下回る可能性/衆院選中盤情勢調査」という記事の「前文」にはこうある。
31日投開票の衆院選(定数465)について、朝日新聞社は23、24日、全国約38万人の有権者を対象に電話とインターネットによる調査を実施し、全国の取材網の情報も加えて、選挙戦中盤の情勢を探った。現時点では、①自民党は公示前の276議席より減る公算が大きいものの、単独で過半数(233議席)を大きく上回る勢い②立憲民主党は比例区で勢いがなく、公示前の109議席からほぼ横ばい――などの情勢になっている。
続く本文では、自民党は選挙区では公示前に及ばないが、比例区は公示前を上回り、国会を安定的に運営できる絶対安定多数(261議席)を確保する可能性もあると指摘。一方、立憲は選挙区は公示前を上回る公算が大きいとしながらも、比例区は勢いに欠け、公示前を下回りそうだと予想している。
これに対し、他紙はどう報じたか。自民党に着目すると、以下の通りだ。
毎日・共同 自民党は、公明党と合わせた与党で絶対安定多数を視野に入れるが、単独では公示前から減らす可能性。(10月27日)
読売 自民党は単独での衆院定数の過半数維持が微妙な情勢。(10月29日)。
日経 自民党は定数の過半数以上を単独で維持できるかの攻防。(10月28日)。
産経 自民党は単独で過半数を維持しそうで、連立を組む公明党とあわせれば過半数はほぼ確実な情勢。(10月26日)
朝日は自民党が絶対安定多数も視野に入れているとし、読売は過半数も苦しいという書きぶり。明らかに差がある。野党支持者にとってはよほど衝撃的だったのか、SNS上では朝日の調査に対し、「異様」「ほとんど改ざん」などの批判が飛びかった。
結果は、自民党の獲得議席は絶対安定多数の261で、朝日の予測があたったかたちになった。
近年の国政選挙で、メディアの情勢調査は各社とも結果をほぼ言い当てていた。今回はなぜ、ばらけたのか。世論調査に詳しい松本正生・埼玉大学名誉教授にその理由と今後の課題などについて聞いた。
松本正生(まつもと・まさお) 埼玉大学名誉教授
1955年生まれ。中央大学法学部卒、法政大学大学院博士課程修了(政治学博士)。専門は政治意識論、調査の科学。埼玉大学教授などを経て、2021年より埼玉大学シニア・コーディネーター。2020年より(株)社会調査研究センター代表取締役社長を兼務。著書に『世論調査のゆくえ』(中央公論新社)、『政治意識図説』(中公新書)など。
――衆院選ではメディア各社の情勢調査、つまり各党の獲得議席の予測がばらけました。
松本 確かにバラバラでした。最近では珍しいですね。
――どうして、こうなったのでしょうか。
松本 ひとつの理由は、メディア各社が今回から調査方法を変えたことです。前回の国政選挙(2019年参院選)までは、各社とも基本的に調査員を使ったRDD方式による電話調査で実施していました。ところが今回は、従来の方法をやめ、メディアがそれぞれの方法で調査を実施しました。
具体的には、朝日新聞はRDD方式の電話調査とインターネット調査のハイブリッド。読売・日経は、RDD方式の電話調査で、調査員と自動音声の調査の組み合わせ。私が関わった毎日・共同は、RDS方式で固定と携帯に自動音声で電話をかけ、携帯の場合は調査を承諾した人にショートメッセージサービス(SMS)で回答してもらいました。
〈注〉情勢調査の方法について各社が紙面などで示している調査方法の大要は以下の通り(要旨)。
朝日 コンピューターで無作為に電話番号を作成して固定電話と携帯電話に調査員が電話をかけるRDD方式で全国の有権者を対象に調査する「電話調査」と、インターネット調査会社4社に登録されたモニターのうち各小選挙区の有権者を対象に調査した「インターネット調査」の組み合わせ。小選挙区はネット調査のデータから当落を予測。比例区は電話調査データから予測した。
読売・日経 コンピューターで無作為に作成した固定電話と携帯電話の番号を使い、調査員による調査と自動音声による調査を組み合わせて実施。基礎データを共有したうえで、各社が独自に集計・分析をして記事を作成。
毎日・共同 コンピューターで無作為に数字を組み合わせた携帯電話と固定電話の番号に自動音声応答(オートコール)で電話するRDS法で対象者を抽出。携帯の場合は、調査を承諾した人にショートメッセージサービス(SMS)で回答画面へのリンク情報を送付。固定電話の場合は、自動音声の質問にプッシュ番号で回答してもらった。
――従来の調査員を使ったRDD方式を変えたのは、なぜですか?
松本 多数のオペレーターを使って電話をかける従来の方法は、人件費も通信費もめちゃくちゃかかります。メディアの経営環境が厳しくなるなか、規模の大きい衆院選の情勢調査を、この方法でやるのはもはや無理。できるだけコストをかけず、かつ精度の高い調査を求めて、各社とも新しい方式に踏み出したわけです。
これまでは、各社が同じ方法やってきたので、同じような結果が出た。方法が違えば、結果が社によって異なることもあり得ると思います。
――今回、メディアの情勢調査は朝日方式、読売・日経方式、毎日・共同方式の三つが新方式、共同は2回目の調査については従来通りのRDD方式による電話調査をしています。
松本 なかでも、朝日が今回、選挙区をネット調査で予測をしたのは画期的でした。これまで、世論調査は無作為抽出でつくった「確率標本」を対象に調査するのが基本でした。ネット調査会社に登録されたモニターを対象に調査するということは、「確率標本」に拠らないことを意味します。このインパクトは相当に大きい。「あの朝日が」と思った関係者は少なくないと思います。
――「あの朝日が」というのは。
松本 戦後、日本の世論調査を引っ張り「確率標本」に基づく調査を先導してきたのは、ほかならぬ朝日ですからね。2000年代以降、世論調査の主流になったRDD方式も、本格的に進めたのは朝日でした。
――ただ、有権者にすれば、調査の違いというのは分かりにくい。選挙の予測ががなぜ、メディアによって違うのか、混乱した面もあったと思います。こうした事態は望ましいのでしょうか。
松本 調査に基づく情勢報道は、有権者にとっての判断情報でもあります。各社の予測がすべてピタリと同じだったら、投票をする前から選挙結果が分かってしまうのではないでしょうか。
――朝日の調査をめぐってはSNS上で、野党を応援する立場の人などから、なんらかの操作があったのではないか、無視したほうがいいといった言説もでていました。
松本 SNSでは、限られた人が過敏に反応し、それが過大に拡散するケースがあります。政界周辺の評論家や政治家が、調査方法の中身がよく分からないまま、独自の理解や解釈をしていた印象がありました。ただ大多数の人たち、いわばサイレントマジョリティーの人たちが、メディアによって情勢調査に差があったことをどう受け止めたかは分かっていません。そこは、きちんと調べる必要があると思っています。
もちろん、メディアの側も責任はあります。自らの調査方法にあまり自信が持てないせいか、メディアの説明が十分ではなかったという気はしています。そこは可能な限り公開していかないと、有権者から不信をかいかねません。
――新聞紙上に調査方法が書いてありますが、これでは足りませんか。
松本 専門家は分かるけど、もっと丁寧に書く必要があるでしょうね。たとえば読売・日経は
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