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立憲民主党は本当に負けたのか? 菅直人、辻元清美の闘いにみる勝因と敗因

政権交代へ、「小選挙区の必勝法」を実行せよ

橘 民義 映画制作プロデューサー

菅直人はなぜ小選挙区で勝てたのか

 東京18区では、菅直人が自身の選挙の集大成と言って、自民党の長島昭久の追い上げに立ち向かっていた。

 長島は元民主党所属で、国会議員になる時に菅直人の応援を大きく受けて当選している。ポスターには元防衛副大臣と書いてあるが、それは民主党政権でのことだ。「師弟対決」などと囃されたが、そのような軽い話ではない。

 菅直人は、民主党への政権交代が実現した2009年の選挙まではほとんど地元にはおらず、仲間の応援のために日本中を走り回っていた。それでも当選を続けて来たのだ。ところが、総理を務めた後の2012年と14年の選挙では、小選挙区で敗れてギリギリ比例復活という苦杯をなめた。

 続く17年の選挙は、いわば枝野立憲バブルに乗ったこともあり、相手の自民党候補に約1000票というぎりぎりの差で、久しぶりに小選挙区で勝った。しかし今回の長島昭久という相手は、菅よりも15歳以上も若く、おまけに人に飛び込んでいくのが上手で、かなりの準備活動をこなしていた。

 長島の演説は、「野党は批判ばかりで何もできない、日本を作っていくのは自民党でなければダメだ」の一点張りである。全国の注目選挙区となったことから、どうしても勝ちたい自民党は、ありとあらゆる大物弁士を送り込んできた。岸田総理、安倍元総理、甘利幹事長、萩生田光一、麻生太郎、河野太郎、小泉進次郎、菅義偉前総理、石破茂、山本一太群馬県知事。その度に多くの人が集まり、お祭騒ぎが続いた。

 一方、菅直人陣営の街頭で多く人が集まったのは、枝野幸男が来た時一回限りで、長島陣営に比べると極めて集客力は小さい。今回菅直人の選挙に現場で参加して、毎日の動きをともにした私は、とてつもなく大きな危機を皮膚で感じた。そんな菅直人が今回なぜ6000票以上の差を付けて勝ったのだろうか。

拡大小選挙区で当選した菅直人氏(右)。支持者から花束を受け取った後、グータッチをした。前列左から2人目の帽子をかぶっている男性が筆者=2021年11月1日、東京都武蔵野市

小選挙区の闘いは「リング上のボクシング」

 私は、選挙に一般論はないと思う。

 選挙とはこんなもんだと単純化して言えば何かを見失う。もちろん政党の役割は大きいし、候補者はもっと大きい、そして応援団こそ最大だ。

 選挙に向けた日常活動、そして選挙中の瞬発力と、重要ファクターを挙げていったらきりがない。中でも難しいのが演説と選挙スローガンだ。有権者の心を掴むかそれとも空回りか、相手候補との政策の違いを強調するのか批判するのか。それらすべてにおいて、どれがベストかはその選挙区ごとに激しく異なる。全てのファクターが、それぞれの選挙区での事情に依拠しているのだ。しかもその事情も毎回の選挙によって大きく変化する。その時の選挙天気図によるというわけだ。

 ただ一つだけはっきりしているのは、小選挙区での闘いはほとんどの場合、「リングに上がったボクシング」だということだ。相手を力いっぱい殴らないと負ける。この点に関して、野党は圧倒的に弱い。

 辻元清美は、SNS上でデマをあまりにも多く飛ばされている。20項目以上書かれているが、あり得ない猥褻なものから、ひょっとして事実かなと信じさせるような、いわゆるフェイクニュースなどさまざまだ。2014年頃からしきりにそんなデマが流れていて、ネトウヨの仕業か自民党系の会社の下請けかはわからないが、産経新聞に対しては辻元側が裁判までして勝った。

 しかし、嘘もデマも破壊力はある。ネットに書かれた嘘がまるで本当のことのように、実際の言葉として人から人へ静かに広がっていく。裁判に勝っても、深く突き刺さったボディーブローは簡単には消えない。

 常に選挙の勝ち負けを左右するいわゆる無党派層と言われる人たちは、政治に興味がないわけではないが、細かい状況の変化を見るのではなく、もっと大まかな雰囲気を掴んでいる。残念ながら、デマや嘘にも影響されないはずはない。

 そしてさらに選挙中は厳しく維新から叩かれた。「地元はコロナで苦しんだのに辻元は大阪では何もしていない、国会にいて反対ばかりしている」と絶妙なパンチが飛んでくる。辻元の演説はどうしても国会の話になりがちで、矛先は自民党に向きがちだ。3人上がったリング、維新から殴られた辻元が自民を殴っていては維新に勝てないのだ。

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筆者

橘 民義

橘 民義(たちばな・たみよし) 映画制作プロデューサー

1951年生まれ。早稲田大学理工学部卒業。1987年から岡山県議会議員3期(社会民主連合公認)。自ら起業したポールトゥウィン・ピットクルーHD株式会社(東証一部)代表取締役。映画「太陽の蓋」製作プロデューサー、「がんばれ立憲民主党の会」共同代表。著書に『民主党10年史』

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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