国連人口基金が「#STOPデジタル暴力キャンペーン」を実施
2021年11月23日
国連人口基金(UNFPA)が日本医療政策機構と共催で、11月25日の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」から12月10日の「人権デー」まで、女性や少女に対するオンライン上の暴力撲滅を目指す「#STOPデジタル暴力キャンペーン」を実施します。
オンライン上の暴力といえば、1年前にSNS上の誹謗中傷を苦にして22歳で自ら命を絶ったプロレスラーの木村花さんのことが思い出されますが、その後もこうした暴力は絶えず、最近でも眞子さんと小室圭さんの結婚をめぐって、SNSやネットのコメント欄で誹謗中傷が飛び交いました。
オンライン上の暴力はなぜなくならないのか。政治や事業者はどう対応するべきなのか。この問題に詳しい、弁護士で国際人権NGOヒューマンライツナウ理事・事務局長の伊藤和子さんにお聞きしました。(聞き手 論座編集部・吉田貴文)
◇デジタル暴力について考えるトークイベント◇
国連人口基金(UNFPA)は「#STOPデジタル暴力キャンペーン」の初日にデジタル暴力について考えるトークイベントを開催します。
日時:11月25日(木)17:00~18:30
場所:HELLO, VISITS東京大学・ワークショップスペース
(東京都文京区本郷4-1-7 第二近江屋ビル2F)
メイクアップアーティスト・僧侶の西村宏堂氏、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の山口真一氏らをゲストに迎え、牧島かれんデジタル相、木村花さんの母・響子さんらメッセージも紹介します。
詳しくは「ここ」から。
――昨年、プロレスラーの木村花さんが亡くなり、ネット上での誹謗中傷の問題やプラットフォームの責任などが問われました。それから1年以上がたちますが、いわゆる「デジタル暴力」をめぐる状況は今、どうなっていますか。
伊藤 木村さんの事件で、オンラインにおける誹謗中傷などのハラスメントがどれだけ人の心を傷つけるか、人を死に追いやるほどの凶器となりうるかということを、社会が認識したと思っていたのですが、その後も改善する方向には進んでいないと思います。コロナでデジタルを使う機会が増え、いっそう深刻化しているようにさえ見受けられます。眞子さんと小室圭さんの結婚についてのネット上での誹謗中傷は異常でした。
かつては、自分の「快」「不快」の感情を知っている人にぶつけても、表では言わないといった「抑制」があったと思いますが、オンラインの世界はそうした歯止めが弱く、「快」「不快」をまったく知らない人にもぶつけるようになっていますね。
――リアルの世界の誹謗中傷やヘイトとオンライン上のそれとで違いはありますか。
伊藤 オンラインの誹謗中傷は、リアルよりエスカレートしやすい面があります。くわえて、衆人環視のもとにさらされるというリスクもあります。
狭い集団でのいじめで、特定の人が歪(ゆが)んだレッテルを貼られたとします。その集団の中では苦しいですが、別の世界の人たちは、そのレッテルを知りません。だから「外の世界があるよ」と呼びかけることもできる。でも、ネットでレッテルを貼られると、社会全体に広がってしまう。逃げ場がなく、標的になった人にはさらに絶望的に感じることでしょう。
――現行の法律は、いわゆるデジタル暴力の被害から個人を守るものになっているのでしょうか。
伊藤 法務省の法制審議会では、侮辱罪の法定刑の引き上げと、公訴時効の延長が議論されています(注)。
〈注〉ネット上の誹謗中傷が社会問題化しているのを受け、法制審議会は10月21日、「侮辱罪」を厳罰化するための法整備について法相に答申した。 侮辱罪の法定刑は現在30日未満の拘留、または1万円未満の科料だが、法制審議会の答申では、侮辱罪の法定刑に1年以下の懲役・禁錮、または30万円以下の罰金を加え、公訴時効も現在の1年から3年に延ばすとしている。
法定刑の引き上げもさることながら、公訴時効の延長が重要だと思っています。被害を受けてからオンライン上の加害者を特定するのには時間がかかる。1年では到底起訴できないからです。
厳罰化が表現の自由を萎縮させるという指摘もがありますが、ネット上の誹謗中傷は人に多大なストレスを与え、自殺に追いやったり、長期の精神疾患に陥れたりするなど、その効果は甚大です。法定刑を引き上げ、公訴時効を延長する措置は妥当だと思いますね。
プラットフォーム事業者に対して、もう少し強い義務を課すという方向の議論も必要だと思います。ヤフーが、記事への意見や感想を書き込めるコメント(ヤフコメ)について、AIで監視したり、誹謗中傷、差別、わいせつなどに当たる「違反コメント」が一定数を超えると、記事のコメントをすべて非表示にする動きはありますが、業界全体でルールを確立するというところまではいっていません。
刑罰については、ある程度慎重に考えることが必要だと思いますが、業界の自主ルールに関してはプラットフォームやネットを運営する側が、人権侵害を招かない防止策を広めにとってもらいたい。デジタル暴力についての明確な指針を定め、それを前提に利用してくださいと言うこともできるでしょう。被害者を守るという、より強い役割を期待したいですね。
――オンライン上の暴力には、誹謗中傷、嫌がらせ、ストーキング、なりすまし、さらし、リベンジ・ポルノなど、様々なものがあります。全体を包括する「名称」がなかったので、国連人口基金としては「デジタル暴力」、略して「デジ暴」という名称を広め、こうした行為は許されないことだということを人々に知らしめたいという狙いがあるようです。
伊藤 いいと思いますね。悪質な暴力であるということを明確に示すという意味で、本質を捉えています。これまでも、性的な画像等をネットにアップされてしまう事案を「デジタル性暴力」と呼び、現実の性暴力にもまして深刻な性暴力であるということを訴え、法整備を求める取り組みが進められてきました。それとも平仄が合っているようで、心強く思います。
――デジタル暴力では、女性が被害に遭うケースが多いと言われます。国連も女性に対するオンライン上の暴力の根絶を強く訴えています、日本の現状はどうでしょうか。
伊藤 日本も同じですね。背後に性差別的な社会構造があると思います。声を挙げる女性、従来の男性中心の社会規範から逸脱していると見られる女性、権利の行使を高唱する女性などへのバッシングは強い。こうした風潮は、個人を傷つけるだけでなく、社会全体の空気を閉塞させ、社会をよりよい方向に変えようという芽を摘む。未来に対する大きな損失です。
2015年に安保法制に反対する学生団体「SEALDs」の女性メンバーへの誹謗中傷があり、その裁判をお手伝いする過程で、被害のひどさを実感しました。彼女たちの行動を快く思わない人たちが、ネット上に誹謗中傷を書き込んだのですが、ほんとうに卑劣だと思いました。
ネット上で好奇の目にさらされることは、若い人に深刻な精神的な影響を与えます。内容が性的なものであったり、侮辱的なものであったりすれば、数年単位のトラウマにもなります。さらに、事実に反する誹謗中傷がネットに流れると、就職にも差し障りがでます。将来にわたって、被害者の名誉がなかなか回復しない一方で、誹謗中傷をした人は与えた傷に見合った責任をとる形になっていない。非常に不均衡です。
もちろん、これは日本だけの現象ではありません。世界でも、女性のジャーナリスト、女性の政治家、女性の弁護士の人権活動家、フェミニストといわれる人たちが、標的になりやすいと5、6年前から言われています。
――欧州ではヘイトスピーチに対して厳しい法律が制定されていますね。
伊藤 「女性に対するヘイトスピーチ」とも言われますが、女性が女性の権利などについて活動すると、ヘイトスピーチをされるというような例が、欧州でも相次いでいます。心配なのは、オンラインの暴力とオフラインの暴力が一体化してきていることです。オンラインの誹謗中傷が続くと、それを契機に殺害予行や実際の危害に結びつくケースがあります。
たとえばイギリスでは2016年、EU離脱にからみ、残留派の女性国会議員が殺された事件がありました。彼女はオンライン上で盛んに発信し、オンライン上のハラスメントにあったあげく、殺されました。
――オンラインは今後、ますます広がっていくでしょう。そんななか、政府や社会、事業者はデジタル暴力にとう向き合えばいいでしょうか。
伊藤 先般、デジタル庁ができましたが、オンライン上の性暴力やハラスメントに関して指針をつくるといった話は聞こえてこない。デジタル化を促進しつつ、デジタルの「負の側面」についても、対策を検討してほしいと思いますす。ドイツやフランスでは、ネット事業者へのかなり厳しい法制も導入されています。政府は民間の問題とせず、自分事として取り組むべきです。
同時に、民間の事業者も前向きに対応するべきです。欧米ではいわゆる「GAFA」への規制が強まっており、デジタル企業も変わらざるを得なくなっています。ただ、日本ではまだ、そうした動きが十分ではありません。私たちは今、デジタル事業者に対して、人権への取り組みなどについてアンケート調査をしているのですが、なかなか回答が返ってこない。本気で取り組むつもりか、懸念しています。
――デジタル暴力が世界的な問題になっているのは明らかです。日本も欧州を参考にしながら、デジタル庁も使いつつ、課題解決に向き合ってほしい。冒頭で紹介した国連人口基金のイベントには、牧島デジタル担当相もメッセージを出すそうです。
伊藤 政治がメッセージを出すのはいいことですね。それが政策に結びつき、成果をあげることを期待したいと思います。繰り返しますが、この問題は政府にとっても他人事ではあり得ない。アクティブに取り組んでほしいと思います。
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