綱領実現への精度を高め、人々を「投票」へいざなう政党へ
2021年11月25日
2021年10月31日投開票の第49回衆議院選挙において、野党第一党の立憲民主党は13議席を減らし、その結果を受けた枝野幸男代表は辞任を表明した。選挙前に106議席であった同党が、93議席にとどまったことは、議席増が確実な情勢という報道も相まって、同党に大きなショックとなった。
同党は11月30日の臨時党大会で新代表を選出することを決定し、逢坂誠二、小川淳也、泉健太、西村ちなみの4衆議院議員が立候補を届け出た。逢坂議員は当選5回、小川議員は当選6回、泉議員は当選8回、西村議員は当選5回と、中堅議員による代表選となった。当選8回と9回の議員(2021年11月現在で見れば9回と10回)で争われた2021年9月の自由民主党総裁選に比べれば、当選回数の少なさが分かるだろう。
政党の党首選挙は、どうやって党の綱領を実現するのかについて、党員が選択をする機会となる。とりわけ、①綱領を実現する観点からの当面の重要課題に対する方針、②綱領で示す政治姿勢からの党と政権の運営方針、③綱領を実現する観点からの選挙方針の三点について、候補と党員の間で活発に議論することが求められる。綱領は政党と有権者の間の基本的な約束に相当するため、有権者も同様の観点から意見を述べることが適当である。この党首選挙と綱領の関係については、拙稿「自民党と合流新党 党首選挙では何を問うべきなのか―綱領との関係を見ることが政党政治と民主主義の王道である」で解説したので、ご覧いただきたい。
さて、立憲民主党の綱領は「個人重視・支え合いの国家方針」を採用している。これに対し、与党第一党の自民党は「国家重視・自己責任の国家方針」である。これらの国家方針が、そのまま自民党を中心とする与党ブロック、立憲民主党を中心とする野党ブロックそれぞれの結集軸となっている。そのことは、拙稿「新しい野党第一党の「綱領」を読み解く―「保守二大政党論」に終止符を打つ日本政治の転換点に」や「安倍・菅政権を継承する岸田首相と「公助」重視の枝野代表~国会演説で見えた国家方針」など、『論座』において繰り返し論じてきたとおりである。
代表選4候補の政見には、綱領の「個人重視・支え合いの国家方針」と異なるものは見られない。よって、誰が新代表になっても、綱領の改定や国家方針の変更がなされる可能性はないと考えていいだろう。4候補の詳細な政見や経歴等については立憲民主党ホームページで「立憲民主党代表選挙立候補届出結果に関する公告」として公開されているので、ご関心ある方はご覧いただきたい。
綱領・国家方針で4候補間の実質的な違いがないことから、違いは綱領を実現する方法論となる。方法論とは、有権者とのコミュニケーションの手法、党勢拡大の方針、国会と選挙における他党との連携のあり方などである。それらについては、総選挙の結果を含め、データと論理に基づいて、候補と党員の間で、冷静に議論が交わされることを強く期待する。
総選挙の総括についても、少なくとも「野党ブロックとしての選挙」が直接的な敗因とするのはデータと論理を無視した暴論といえる。小選挙区において与党と野党が候補者を一本化して争うのは、制度の要請するところであり、一本化しないことへの政党の責任はあっても、その逆はない。実際、菅原琢氏による「なぜ野党共闘でも政権交代には程遠かったのか」(プレジデントオンライン)や三春充希氏による「第49回衆院選 野党共闘の検証」(note)などのデータ分析から、野党ブロックとしての選挙が一定の成果を挙げたことが明らかになっている。
つまり、立憲民主党の代表選は、大幅な路線転換としての党首選挙でなく、綱領実現への精度を高める党首選挙となる。候補や党員には、無責任な煽りにヒートアップすることなく、野党第一党の責任として、冷静かつ建設的な議論を求めたい。
筆者は、新たな民主主義的な課題が先の総選挙であらわになったと考えている。これは、日本独特の課題である一方、他国においても発生しうる課題である。まだ学術的な仮説にまで発展させられてはいないが、本稿において問題提起する。
先の総選挙の特徴は、1994年に大きく変えられた現行選挙制度で期待された役割について、主要政党が初めて果たしたことにある。一定の政策合意を基にして、自民党を中心とする与党ブロックと立憲民主党を中心とする野党ブロックに分かれ、双方が大規模な候補者調整を行い、小選挙区制が期待する役割を果たした。与党ブロックが全面的な候補者調整を行った一方、野党ブロックは接戦区を中心に候補者を調整した。日本維新の会は、与党ブロックの公明党と主たる地盤の近畿圏で候補者調整を行い、結果的に与党ブロックへの「限定的な閣外からの協力」状態となった。
また、小選挙区はもちろんのこと、比例区においても、ブロック内の政党間の批判は抑制され、もっぱら与党ブロック対野党ブロックの構図になった。維新の会も、自民党のことは批判しても、公明党の批判をする場面は見られなかった。むしろ、維新の会の野党ブロック批判が目立っていた。
要するに、現行選挙制度の施行から四半世紀を過ぎて、初めて制度が想定する与党対野党の構図を中心とした選挙になったのである。不完全な部分や例外は多数あったものの、大勢としてその構図になったことは間違いない。
総選挙の争点においても、従来の政府与党への信認という争点に加え、目指す社会像という国家方針の違いが打ち出された。前述したとおり、与党ブロックの「国家重視・自己責任」の国家方針と野党ブロックの「個人重視・支え合い」の国家方針が争われた。実際、岸田首相の「成長なくして分配なし」と枝野代表の「分配なくして成長なし」の違いは、大きな争点となった。
以上のとおり、小選挙区を中心とする選挙制度が想定した役割を政党が果たしたことで、日本の議会制民主主義において新たな課題が浮かび上がったと考えている。なお、小選挙区を中心とするとの含意は、定数465のうち小選挙区が289を占め、比例区も11ブロックに分割され、小選挙区での得票を反映する重複立候補が認められているため、小選挙区が主、比例区が従という制度的な関係にあることを示す。
その課題とは、選挙に際しての有権者のバイアスである。バイアスといっても、差別や偏見という意味ではない。行動科学的な意味でのバイアスである。
その説明をする前に、今回の選挙結果を確認しておこう。以下で用いる選挙結果は、総務省の「衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査速報結果」の比例区結果に基づく。
今回の2021年総選挙の投票率は、全国平均で55.92%であった。前回2017年総選挙の投票率は53.68%であり、2.24%の上昇となった。一方、自民党から民主党に政権交代した2009年総選挙の投票率は69.27%で、その前回の2005年総選挙の投票率は67.46%であった。2009年総選挙と今回の2021年総選挙の投票率の差は13.35%であった。
率でなく実数で見ると、2021年総選挙の有権者数105,320,523人で、投票者数58,893,807人、棄権者数46,426,716であった。政権交代した2009年総選挙では、有権者数103,949,442人で、投票者数72,003,538人、棄権者数31,945,904人であった。両選挙の間に選挙権が18歳に引き下げられたため、単純に比較するのはいささか不適当ではあるが、大雑把にいえば1300万人もの有権者が投票しなくなったことになる。
これまで、投票率が低下する原因の一つとして、対立構図と争点の不明確さがしばしば指摘されてきた。その論拠として、政権交代した2009年総選挙が示され、政党、特に野党が対立構図と争点を明確にすることが投票率を高めるために重要と指摘されてきた。野党が乱立した2015年、2017年総選挙の低投票率も、そうした指摘を補強してきた。
しかし、
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