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ドイツの新首相ショルツ、あだ名は「ロボット」

カリスマ・メルケルに比べ見劣り感/山積する課題をどうかじ取り

高野 弦 朝日新聞社前ベルリン支局長

 ドイツの新たな首相に社会民主党(SPD)のオラフ・ショルツ(63)が就く見通しとなった。メルケル政権では副首相兼財務相を務める重鎮だったが、党内での人気はふるわず、2019年の党首選では無名の候補者に敗れている。機械のようにしゃべることから、ついたあだ名は「ロボット」。カリスマ的な言葉で人々を魅了したメルケルに比べると見劣り感は否めない。課題が山積するドイツ、そして欧州のかじ取り役を担うことができるのか。

 Scholzomat――ショルツのあだ名だ。名前のScholz(ショルツ)に続くomatは、Automatの略。ロボットや自動販売機を意味する。無味乾燥な言葉を淡々と繰り返す話しぶりから、そう呼ばれる。

ショルツ拡大ドイツ新首相に就く社会民主党のオラフ・ショルツ=2021年9月7日、ドイツ北部リューベック

 西ドイツの中産階級に生まれ育った。17歳で入党し、若いころは国家独占資本主義を目指す過激な左派党員だった。弁護士を経て国会議員に。2002年に幹事長に就いたが、党内では「嫌われ者」だった。翌年の党大会で、幹事長に再選されるも賛成率はわずかに52.6%。同じ政党のシュレーダー首相が非正規の労働者を増やす労働市場改革に手をつけた際、幹事長としてその意義を党内外にうまく説明できなかったことが問われた。「ロボット」は、このとき大手紙の記者が皮肉を込めて名付けたものだ。

党内人気なく、党首選で無名の候補者に敗北

 2009年から副党首を務めているが、定期的に開かれる党大会での信任率は、5人ほどの副党首のうち、いつも最低かブービー。そして2019年秋、初めて挑んだ党首選で、全国的にはほぼ無名の候補者に敗れてしまう。メルケル政権で重責を担っているにもかかわらず、党内の支持さえ得られなかったことにショックを受け、しばらくの間、休暇をとって沈黙を続けた。

 そんなショルツが新首相になることができたのは、コロナ禍とライバル政党の「敵失」という偶然に支えられたところが大きい。コロナ禍対策として大規模な財政支出を行ったメルケルの番頭役としてメディアに露出する機会が増えた。SPDは昨年8月、党首ではないにもかかわらず、脚光を浴びることになったショルツを首相候補に選んだ。

 ドイツでは、どんなに不利な情勢でも各政党が首相候補を立てて、選挙戦を戦うのがふつうだ。当時、SPDの支持率は15%。労働市場改革が支持者離れを招き、メルケルのキリスト教民主・社会同盟(同盟)、緑の党に次ぐ第3位に甘んじていた。逆転するきっかけとなったのは、ライバル政党の党首が立て続けに失態を演じたことだ。今年5月に緑の党の首相候補、アンナレーナ・ベアボック党首の経歴に誇張があることが発覚。収入の申告漏れを公表していなかったことや、著作に盗用の疑いがあることなどが次々に明らかとなる。一方、同盟の首相候補、アルミン・ラシェットは、多くの犠牲者を出した大規模洪水の被災地で大統領が励ましの言葉を述べている間、背後で舌を出して談笑している姿が中継されてしまう。7月のことだ。これらをきっかけに両党の支持率は急落し、反比例するように9月にはSPDの政党支持率が26%まで一気に上昇、同盟は22%、緑の党は15%にまで落ち、そのまま総選挙を迎えたのだった。この間、SPDはとりたてて大きな業績を残したわけではない。いわば、首相の座が棚ぼた式に降ってきたわけだ。

メルケルとの共通点と相違点

 メルケルとショルツには、共通点がある。大きなビジョンを語らず、目の前の課題を淡々とこなしていく点だ。

 1982年から16年にわたって首相を務めたコールは、東西ドイツの統一や欧州統合といった理念を語り、国民を引っ張った。フランスのマクロン大統領も、欧州の財政統合や米国から独立した「欧州軍」といったビジョンを掲げ、世界の枠組みを動かそうという気概に満ちている。これに対して、メルケルは、欧州の金融財政危機、ウクライナ危機、コロナ危機といった課題に対処することで評価を勝ち取り、国内外での存在感を高めていった。ショルツはメルケル政権の労働相として金融財政危機時の雇用不安を乗り切り、コロナ危機にあっては財務相としてメルケルを支えた。

 メルケルは中道右派である同盟の左派。ショルツは中道左派SPD内の右派。政党は違えども、考え方には重なる部分がある。冷静沈着で地味なところも似ている。

 ただ、大きな違いは、メルケルが時折放つ「輝く言葉」をショルツが持ち合わせていないことだ。

 昨年3月、コロナ禍での行動制限を国民に求める演説で、メルケルはこう語り、理解をもとめた。「こうした制約は、渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利であるという経験をしてきた私のような人間にとり、絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものなのです。民主主義においては、決して安易に決めてはならず、決めるのであればあくまでも一時的なものにとどめるべきです。しかし今は、命を救うためには避けられないことなのです」。ベルリンの壁が崩れるまで東ドイツで育った経験とむすびつけて自由の大切さを説き、コロナ禍での制限はやむを得ないと訴えた演説は、ドイツを超えて、世界の人々の心に響いた。「困った人たちに温情を示し、その結果謝罪しなくてはいけないのなら、そんな国は私の国ではない」。多くの難民を受け入れ、党内からも批判を受けた2015年には、記者会見でこう訴え、受け入れ反対派を黙らせた。トランプが米大統領選に勝利した2016年にはこんなメッセージを送った。「肌の色や宗教、性別などを問わず、民主主義や自由、法の支配を尊重するという価値観を共有した上で、米国とともに働く」。官僚が用意したコメントを大きく逸脱したメッセージは、「リベラル民主主義の守り手」としての世界の評判を確たるものにした。

 こうした言葉が力を持つのは、人権が軽んじられた東ドイツでの体験と、「牧師の娘」としての境遇があるからこそだ。キリスト教の価値観に裏打ちされた信念と質素な生活が「メルケル人気」を下支えした。ショルツには、人々を引きつけるこうしたストーリーがない。あるのは、エリート然とした立ち振る舞いと「ロボット」とも揶揄(やゆ)される淡々とした語り口だ。私は朝日新聞のベルリン特派員として、ショルツの会見を取材したが、真面目な校長先生の朝礼の挨拶(あいさつ)を聞いているようで、何を話したのか、ほとんど記憶に残っていない。緑の党、自由民主党(FDP)との連立合意を受けた11月24日の共同会見では冒頭、各党のリーダーが身ぶり手ぶりをまじえて交渉を振り返り、自らの言葉でビジョンを語ったのに対し、ショルツはあらかじめ用意した紙を読み上げるばかり。公共放送のARDは「(緑の党の)ハベック共同党首のほうが、連立政権の構想についてよりよく説明することができたのは明らかだった」と伝えた。

 ドイツはいま、再び激しいコロナ禍に見舞われている。夏前に収まったかに見えた感染者数は、再び拡大に転じ、11月25日には1日に7万人を超え、過去最悪を更新している。今後のさらなる行動制限に向けて、ショルツがどのような言葉で国民に語りかけ、リーダーシップを発揮するのかが、まずは問われることになるだろう。

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筆者

高野 弦

高野 弦(たかの・ゆづる) 朝日新聞社前ベルリン支局長

 1966年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。宇都宮、浦和支局、東京本社経済部、アジア総局(バンコク)、ニューデリー支局などを経て、2016年から2019年までベルリン支局長。この間、経済部次長、国際報道部次長・部長代理を務める。著書に「愛国とナチの間~ドイツのメルケルはなぜ躓いたのか」(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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