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ソ連崩壊から30年:「ロシア無頼」としてのプーチン

塩原俊彦 高知大学准教授

ブラートとはなにか

 つぎにブラトノイ(「ロシア無頼」の徒)の淵源である「ブラート」について考えてみたい。ブラートは、「不足した商品やサービスを受け取るための、同じくさまざまな生活上の諸問題を解決するための社会的ネットワークや非公式の接触の利用」を意味している(Барсукова С.Ю. , «Блатной Советский Союз, или экономика взаимных услуг.», Неформальная экономика: от чтения к пониманию, или неформальная экономика в зеркале книг, 2012, p. 89)。いわば、コネを活用した相互扶助を指していることになる。引用したバルスコワは「ブラートはソヴィエト社会の構造的な制約の反映であった」として、ソヴィエトが支配したソ連時代にブラートが蔓延したとみなしている。これは、計画に基づく「上からのデザイン」を肯定するアプローチをとってもみても、実際には計画通りにゆかず、その破綻を取り繕うためには、非公式のコネに頼らざるをえなかったソ連社会の実相に対応して広まったのである。

 具体的に言えば、実際に必要な商品やサービスが、カネがあっても手に入らないという「現実」がソ連時代に恒常化したことで、ソ連国民はブラートを活用してなんとかすることを強いられたのだ。誕生日のお祝いにキャビアを用意しようとしても、入手困難であるため、コネの連鎖を使ってなんとか見つけ出すのである。あるいは、不足している医薬品をどうしても緊急に必要とするとき、ブラートに助けを求めるほうが公式ルートに頼るよりもずっと確実な方法であった。ここに、ソ連時代の国民の「現実」があったのである。

 注意喚起しておきたいのは、ソ連の5カ年計画や年度計画はあくまで法律として制定され、その実施は法に基づく執行という形式においてなされたことである。その意味で、そんな法がどうせ実践できないことはわかりきっていたから、国民はそうした法=計画を、ある意味で無視していたことになる。「ロシア無頼」のボリシェヴィキがロシア革命によって支配するようになると、国中に「ロシア無頼」特有の法の軽視が広がるのだ。無頼の全員一致原則から、ソヴィエト社会全体に無頼の悪弊、「無法が法」というしきたりが広まるのである。

プーチン=「ロシア無頼」

 すでに紹介した宗近真一郎の言うように、「ロシア無頼」は、「ソ連崩壊を経過した21世紀においては、所有権や生産への基本的エートスを裏返すかたちで怜悧に「所有」を独占した少数のオリガルヒ(新興財閥:引用者注)、そのオリガルヒを制圧するプーチン政権のハードな権勢へと連綿」している。この連綿たるロシア無頼の歴史は寺谷弘壬著『ロシア・マフィアが世界を支配するとき』に詳しい(寺谷弘壬著『ロシア・マフィアが世界を支配するとき』, 2002年)。

 KGB出身のプーチンが「ロシア無頼」である証拠は枚挙にいとまがない(詳しくは拙著『プーチン露大統領とその仲間たち:私が「KGB」に拉致された背景』を参照)。その無頼ぶりは、その「犯罪者」ぶりが物語っている。彼が何とか大統領になれたのは、過去の犯罪を隠蔽することに成功しただけの話にすぎない。

 そんな「ロシア無頼」だからこそ、いまプーチンは歴史さえ書き直そうとしている。「ニューヨーク・タイムズ電子版」(2021年11月22日付)に掲載された「収容所の記憶を消すために、ロシアは人権団体を標的にする:検察は、ロシアで最も著名な人権団体であるメモリアル・インターナショナル潰そうとしている。これは、クレムリンがソ連の歴史的な物語をコントロールしようとしているためである」に、その汚いやり口が紹介されている。

無頼の二面性

 ソ連が崩壊して30年が経過しても、「ロシア無頼」による支配はロシア革命以降と変わらないようにみえる。なぜそんなことが可能なのか。それを理解するには、無頼の二面性に気づかなければならない。

 無頼は「だれにも頼らない独立自尊」という含意をもつから、本来、立派な面をもっているとも言えなくもない。これが重要な点だ。無頼は「自主独立の精神」と結びついており、それ自体は称賛に値するかもしれないのである。他方で、こうした精神によって既存秩序を乱される側からみると、「悪」とイメージされることになる。つまり、無頼は立場によって評価が異なる二面性をもっているのだ。

 このことに気づかせてくれたのは、執行草舟著『「憧れ」の思想』である。日本ではすべてを自己責任と感ずる精神を、「悪党」と呼び、源平の名だたる武将をはじめ、楠木正成や北畠親房など南北朝の忠義を代表する武将たちもみな「悪党」と呼ばれていた、というのだ。当時、既存の支配者に対抗した勢力を「悪党」とレッテルづけしたわけだ。だが、別の面からみると、彼らは新しい時代を切り拓く力量をもった革新的勢力であったのである。

 この無頼の二面性に実によく気づいていたのが芥川龍之介である。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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