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「野党共闘は失敗」に感じる違和感~立憲民主党が勝てなかった真の理由とは

野党共闘の成功した部分と失敗した部分の正しい評価・反省・修正が必要

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

小選挙区での野党共闘の評価~新潟5区を題材に

 最初に小選挙区についてですが、小選挙区は選挙区ごとに個別の事情があり、一般論で論じるのは困難です。そこで本稿では、冒頭で記した通り、私自身が新潟5区で行った政治活動・選挙活動を個別の題材として、今回の衆院選を振り返りたいと思います。

活動基盤の量~野党共闘がプラスに

 私見になりますが、私は、

選挙活動の効果(R)=活動基盤の量(M)×活動の長さ(L)×活動の質(Q)×活動の露出(E)

であると思っています。

 今までの選挙では、野党候補は、自民党候補に「活動基盤の量」(M)で圧倒されて、最初から勝負にならないことも多かったのですが、新潟5区では今回、無所属ながら保守と目される第3の候補(森民夫氏)が立候補して、保守分裂選挙の様相を呈しました。

 私は今回の選挙では、概ね3~6カ月に1回の割合で世論調査を実施したのですが、その結果を見る限り、保守の活動基盤の量(MC)はほぼ6対4で割れたものと思われます。これに対してリベラル側は野党共闘が成立し、リベラルの活動基盤の量(ML)はそのままの量を保てました。(グラフ1参照)

拡大グラフ1

 これにより従来ならMC ≽ MLであるところが、MC<MLの状況となりました。選挙活動においてこのMの影響は絶大で、最初からMがあまりに離れていると、有権者から「勝ちうる候補」と思ってもらえず、鼻にもひっかけてもらえません。「Mを拮抗させる」と言うスタート地点に立つことができたという点だけでも、小選挙区における野党共闘の効果は極めて大きかったと思います。

 なお私は、選挙期間中堂々と共産党の街宣車に乗って演説しましたし、何度も共産党の地方議員の方と一緒に街頭演説を行いましたが、「共産党と共闘することの批判で支持者が離れる(活動の基盤の量(M)が減少する)」効果は、まったく感じませんでした。そのような批判は、もしかしてあったのかもしれませんが、直接有権者から言われることも、陣営に伝えられることもありませんでした。

 地域差や候補者による違いもあるのでしょうが、共産党との共闘批判による活動の基盤の量(M)が減少は、野党共闘によって活動の基盤の量(M)が分裂せず維持されることに比べて、ほとんど考えなくてよいレベルなのではないかと思います。

活動期間~調整に手間取ると短く

 次に活動の長さ(L)ですが、私は、新潟5区で事実上の野党共闘候補として決定した後2021年1月から事務所を開設して実質的な政治活動を開始し、公示後の選挙活動を合わせて、ほぼ10カ月間活動しました。

 これに対して自民党候補は、どういう事情かは分かりませんが、活動はほぼ2021年の9月に入ってからの2カ月に限られていたと言っても過言ではなかったと思います。第3の保守系無所属候補は出馬表明が5月でしたので、活動期間は6ヵ月ほどでした。先に示したグラフ1で、私が終始リードを保つ事が出来た理由として、他候補に活動の長さ(L)で負けなかったことは大きかったと思います。

 一般論として考えると、野党共闘は当然ながら候補者調整を要するので、Lが短くなる副作用があることは否めません。多くの選挙区では、現職の自民党議員がおり、通常は選挙の翌日から次の選挙を見据えた政治活動を始めていることを考えると、野党共闘路線を採用するなら、その副作用としてLが短くならないように、できる限り早く候補者調整を終えることが必要だと思われます。今回の衆院選で負けた統一候補にその意思があるなら、可能な限りその候補に活動を継続してもらうことも必要かもしれません。

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筆者

米山隆一

米山隆一(よねやま・りゅういち) 衆議院議員・弁護士・医学博士

1967年生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学系研究科単位取得退学 (2003年医学博士)。独立行政法人放射線医学総合研究所勤務 、ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究員、 東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講師、最高裁判所司法修習生、医療法人社団太陽会理事長などを経て、2016年に新潟県知事選に当選。18年4月までつとめる。2022年衆院選に当選(新潟5区)。2012年から弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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