メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

「パンドラ文書」の背景にある国家の横暴〈上〉「有害な租税競争」潰しで誤魔化す

塩原俊彦 高知大学准教授

タックスヘイブンの4グループ

 タックスヘイブンへの理解を深めるために、その4グループについて説明したい。第1グループは欧州大陸のタックスヘイブンである。具体的には、スイス、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、オランダ、オーストリア、ベルギーだ。連邦制をとるスイスは、米国の州におけるタックスヘイブンを見習ったと言われている。直接税は州、間接税は連邦の所管とされ、各州間で課税をめぐる競争が行われていた。これが金属・機械工業の盛んなツーク州における企業への優遇課税につながり、1944年、同州はタックスヘイブンとして機能するための税法を導入するに至った。皮肉なことに、州間の税制をめぐる競争が一部の州のタックスヘイブン化を促したのである。一方、ジュネーブを中心に隆盛した銀行家は18世紀から欧州の資産家のカネを秘密裏に預かってきたが、銀行の取得した機密保持を銀行に義務づける法律が1934年に施行されたことで、顧客情報の秘匿を前提とするタックスブンが生まれた。オランダはアジアへのオランダ企業の進出を後押しする目的で、1893年、持ち株会社について、海外子会社によって取得された所得すべてを免税とすることを決めた。その後も、資産がほとんどなく事業活動もない名義のみのペーパーカンパニー(shell company)の設立を認めるなど、タックスヘイブンの役割を果たしている。

 第2グループはロンドン・シティおよび元大英帝国傘下の地域である。このグループのタックスヘイブンはロンドン・シティを中心にして3層のネットワークからなっている。もっともシティに近い内環はジャージー島、ガーンジー島、マン島という三つの英領で、中間の環は14の海外領土のうち、ケイマン諸島、バミューダ諸島、英領ヴァージン諸島、タークス・カイコス諸島、ジブラルタルである。外環は、英国が直接支配しているわけではない 香港やバハマ諸島である。

素材ID 20170608TGAH0060A拡大英領バミューダの首都、ハミルトンの桟橋に並ぶヨット。バミューダは観光地とともに、「タックスヘイブン」の顔も持つ

 第3グループは米国内の州および米国の支配下にある地域である。連邦制をとる米国では、企業の本社を誘致し州の発展をはかる競争が激化し、それが州をタックスヘイブン化させることになった。ここでも租税競争がタックスヘイブンの創出につながったことになる。ただ、各州における企業への課税は相対的に低かったため、こうした税率の引き下げ競争よりむしろ企業設立の簡素化や、企業の買収などを許可したり、親会社と子会社間の取引を認め、移転価格を利用した節税を認めたりすることで企業誘致をはかる州が出てきた。具体的には、1875、1896、1899年にこうした企業関連法を相次いで制定したのがニュージャージー州であった。これを見習ってデラウェア州も1898年に法律を制定し、企業が独自に統治ルールを定めることを認めた。

パナマ拡大パナマ市の景観 Daniel Lange/shutterstock.com
 その後、欧州においてタックスヘイブンが隆盛した20世紀前半から1960年代ころまでは、米国政府はこうした動きにむしろ敵対してきたが、フロリダ州のように、南米からの麻薬輸入に絡む資金を銀行の機密保持によって大いに蓄積した州が存在したのは事実である。米領ヴァージン諸島のほか、米国の影響力の大きいパナマもタックスヘイブンと考えられる。

 第4グループはその他のタックスヘイブンで、ソマリアやウルグアイなどである。

 注目すべきは、タックスヘイブンがいわゆるアングロサクソン的と呼ばれる英米法体系のもとで隆盛をみた点である。英米法体系は、ゲルマン法に由来する中世的慣習法として成立した判例法である「コモン・ロー」がイングランド法の基礎として発展したことを出発点としている。これに対して、市民の代表たる議員が議会で制定する公法たる制定法を立脚点とする「シビル・ロー」という大陸法体系はヨーロッパ大陸の法体系を特徴づけている。

 英米法体系下では、制定法がない場合でも必要なことを私的に行うことができ、問題が生じた場合、訴訟によって裁判所に判断してもらうことで法的秩序が維持できるとみなす。これに対して、公法に力点を置く大陸法体系下では、法律制定に時間がかかり、法律に書いていない行為を率先して実行に移しにくいという特徴がある。あくまで制定法を重視するからだ。

〈法の上に人をおく〉英米法と〈人の上に法をおく〉大陸法

 英米法と大陸法の差は、〈法の上に人をおく〉英米法と〈人の上に法をおく〉大陸法の差になって現れている。

 コモン・ローに立脚する英米法体系では、トマス・ホッブズ的立場が優先されてきた。すなわち、一人の人間ないし少数の人間だけが自分の属する国家だけを前提に、その国家の主権保持を錦の御旗として、自国内での民主主義の手続きを経て、自国内の一部の人間集団の利害を代表する政策があたかも国民全体の総意であるかのようにふるまう結果、国民全体の代表者としてふるまう人物が正義からかけ離れた行為を行いうる事態が起きるのだ。ここでは、法律があっても、法律を無視して個人が勝手な行動をとりうる。〈法の上に人をおく〉という事態が起きる。

 ここでの「社会契約」は主権者たる国家に統治権を譲渡する、垂直的な「統治契約」となっている。いわば、市民という名で個々人の独善的な利益だけを優先し、それを民主主義という手続きを盾にして国民の総意とするのである。ゆえに、民主主義を隠れ蓑(みの)にして、一人の人間が国民の総意のもとに法律を無視することも可能になる。まさに、〈法の上に人をおく〉のである。

 これに対して、ヨーロッパ大陸では、〈人の上に法をおく〉という、ジャン=ジャック・ルソー的立場が優先されている。そこでは、一人ひとりの要望や欲求である「特殊意志」ではない、全国民の意志にかなった、全国民の利益を追求する「一般意志」を具体化する、集合的な単一の人格としての「公民」が構成員として想定され、それが自発的に参加する結社(アソシエーション)としての政治体が主権国家であり、その主権に具体的に参画するのが市民とされている。社会契約は「公民が公民となる」ための水平的な社会契約であり、市民は公民となることが前提とされている。ゆえに、フランスやドイツといった大陸諸国では、公民という立場に立つところに正義を考える必要が生まれる。この公民のもとに制定された法はもはや私的利害を優先する私人に侵されることはない。そこでは、私人よりも法が優先される。まさに、〈人の上に法をおく〉のだ。

 問題は、実際の歴史の進展をみると、〈法の上に人をおく〉英国や米国の法思想が軍事的優位を背景に世界をリードしてきたことにある。いわば、英国や米国が覇権国家であった結果として、英米法体系が世界中に混乱を撒(ま)き散らしてきたと言えなくもない。

 たとえば、タックスヘイブンがその一例である。

・・・ログインして読む
(残り:約3630文字/本文:約9129文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

塩原俊彦の記事

もっと見る