メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

教育問題が突如注目された2021年米国政治~バージニア州知事選で共和党勝利の鍵に

歴史解釈を含めた学校教育問題が中間選挙の主要論点の一つになることはほぼ確実

芦澤久仁子 アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

 12月中盤となり、ワシントンDC界隈の大学は学期末のラストスパートに入っている。9月に始まった今学期は、コロナ・パンデミック勃発による全学オンライン授業化が解除され、1年半ぶりに通常対面授業となった。学生たちがキャンパスに戻り、「学内感染が起きてオンライン授業に戻るかも」とヒヤヒヤしながらの数カ月だったから、学期終了のサインを目の前にして皆、安堵の息をついている状況である。

 大学関係者の立場から最近の米国政治を振りかえって気づくのは、学校関係の問題がいつになく大きな政治議論のテーマになったことである。

 例えば、コロナ対策としての学校内でのマスク着用やワクチン摂取の義務化、学内感染拡大による一時休校・オンライン授業化などを巡る賛否を、政治家や政治コメンテイターらが、相手陣営を批判する形で頻繁に言及していた(私の教える大学では、健康と宗教上の理由がある場合以外、ワクチン摂取と教室を含めた建物内でのマスク着用が実質義務化された)。

 さらに注目されたのが先月のバージニア州知事選挙である。この選挙では、共和党候補のグレン・ヤンキン氏が、民主党候補のテリー・マコーリフ氏を2ポイント差で破り、8年ぶりの共和党知事の誕生を実現したのだが、その際、公立学校の教育を主要論点として選挙戦を展開したのだ。

 大統領選挙の翌年に行われるバージニア州知事選は、その翌年の中間選挙(連邦議会下院全議席と上院の3分の1議席が争われる)の前哨戦とされ、その投票動向が特に注目される。それも踏まえて、今回の知事選の主要論点となった教育問題について、本稿で考察したい。

米バージニア州知事に当選したグレン・ヤンキン氏=2021年11月3日、米バージニア州シャンテー、AP

「ペアレンツ・マター」で知事選勝利のヤンキン氏

 来年1月に知事に正式就任するヤンキン氏は、ビジネス界の成功者(投資会社カーライルの最高経営責任者)ではあったが、政治の世界では新人だった。それもあってか知事選の世論調査では、バージニア政治のベテランのマコーリフ民主党候補に、当初は8ポイント近くの差をつけられていた。しかし、徐々に追い上げて最後の1週間で逆転を果たし、見事、勝利へと走り抜けた。

 勝利の鍵となったのが、「教育問題」を重要論点としたヤンキン氏の戦略だ。「ペアレンツ・マター(親達の意見も重要だ)」をスローガンに、学校におけるマスク着用義務化に反対し、さらに公立学校で「批判的人種理論」で教えるのを禁止することを公約として戦った。

 この戦略が功を奏し、ヤンキン陣営はバージニア州の農村地帯に多いトランプ支持者のみならず、去年の大統領選ではバイデン大統領に投票した比較的穏健な保守派の支持の両方をうまく集めたのである。大統領選の際、バージニア州ではバイデン大統領が10ポイントの差で勝利したことを考えると、このヤンキン戦略は、次の中間選挙で巻き返しを図る共和党にとっての重要なモデルになると見られている。

ワシントン近郊のバージニア州アーリントンで演説に臨むバイデン米大統領=2021年7月23日

実際は教えられてはいなかった「批判的人種理論」

 ここで特に注目されたのが、ヤンキン氏が小中高の授業で禁止すると公約した「批判的人種(クリティカル・レース)理論」である。

 この理論は米国の法学者の間で80年代に生まれた考え方で、構造的な人種差別がいかに既存の政策や法律によって永続化されているか、という点に焦点をおく分析アプローチである。大学や大学院レベルの研究で使用される理論であり、実際、バージニア州の小中高公立学校のカリキュラムに、「批判的人種理論」はこれまでも入ってはいなかった。つまり、ヤンキン氏は、実際は教えられてもいないものの「禁止」を約束したわけだ。

 ヤンキン氏が、この一見矛盾した戦略をとったのには理由がある。それは、「批判的人種理論」が、法学や社会学の分野に属さない多くの人々にとっては、もっと単純に、教育の場で人種問題を大きく中心的に取り上げる、ということを意味するからだ。そして、彼がターゲットとしていた穏健派保守の無党派層や共和党寄りの親達が、まさにそのように考え、さらにそれを問題としていたのだ。

背景に「1619プロジェクト」

 背景にあるのは、ニューヨーク・タイムズ紙の「1619プロジェクト」である。

 このプロジェクトは、米国の建国を1776年の独立の年ではなく、アフリカ黒人奴隷が初めて植民地バージニアに連れてこられた1619年とし、奴隷制度と黒人奴隷の役割を軸に米国の歴史を語る、という大胆な試みで、その「真の建国」から400年となる2019年8月にニューヨーク・タイムズ・マガジンの特集号、および特設ウェブサイトの形で発表された。

 このジャーナリスト達による米国歴史の新解釈を提示したプロジェクトは、その野心的でまさに「批判的人種理論」に拠る内容によって大きな注目を集め、翌年にはプロジェクトリーダーのニコル・ハナジョーンズ記者がピュリツアー賞を受賞した。

ニューヨーク・タイムズの本社ビル

 さらに重要なのは、このプロジェクトがピュリツアー財団と共同して、学校の授業用の副読本やレッスンプランといった教材を制作したことだ。結果、最初の1年で、全国500以上の学校(高校が主体)が教材パッケージを入手し、4000人以上の教員がそのパッケージの中の少なくとも一教材を実際にクラスで使用するに至った。(参照

 加えて、2020年5月に黒人男性ジョージ・フロイド氏が警察官によって殺害された事件をきっかけに、「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動が全米中に広がると、この「1619プロジェクト」がBLM運動へ思想的貢献をした、とも見られるようになった。

 こういった状況の中、当時のトランプ大統領が「1619プロジェクト」を名指しで「人種差別の魔女狩り」と批判し、「学校教育から『歴史偏向教育』を締め出す!」と大統領選挙演説で宣言。選挙における教育問題争点化の流れを作ったのだ。

 ちなみに、同じ時期、トム・コットン上院議員(共和党)が公立小中高の授業での「1619プロジェクト」の使用を禁止する法案を提出しているが、法案自体は成立していない。

白人生徒が半数以下に~都市近郊の学校でバックラッシュ

 ただし、「1619プロジェクト」とは別の形で、学校教育に対する批判・不満の声が一部の親の間であがっていたことも事実である。そして、その声が顕著だったのが、まさに今回のバージニア州知事選で注目された穏健保守の人々が多い都市近郊の地域だった。

・・・ログインして読む
(残り:約2573文字/本文:約5303文字)