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不安定で緊張高まるインド太平洋 関係を強化すべき欧州の国は?~仏大統領選を読む

2022年フランス大統領選はこう見ると面白い【1】防衛・安全保障の視点

永田公彦 Nagata Global Partners 代表パートナー

 来年(2022年)はフランス大統領選挙の年。4月の選挙に向けて国内では次第にムードが高まってきた。

雑誌では大統領選の特集も
 日本でも、メディアなどを通じて候補者などのニュースが伝えられるようになった。これを遠い国の出来事ではなく、「日本や自分の生活にどんな影響があるだろうか?」「今後の日本や自分の立ち回りに役立つことはないか?」などの問題意識を抱きながら見ると、ずっと面白くなるはずだ。

 そこで、これから数回にわけ、「フランス大統領選が日本に与えるであろう影響を多面的に考えてみようと思う。テーマは、「防衛・安全保障」「ソフトパワー」「ビジネス」「環境対策」「市民の意識行動」などだ。

 第1回目の今回は、「防衛・安全保障」の観点から考える。なお毎回、 冒頭に記事執筆時の選挙戦の状況をお伝えし、本題に入ることにする。

選挙戦の状況(2021年12月10日現在)~21歳の青年をはじめ41名が立候補

 フランス大統領選は国民による直接投票だが、投票日は4月の10日(第1回)と17日(第2回)とまだ先のことだ。とはいうものの、既に国内では盛り上がりを見せている。連日メディアが、有力候補者情報、複数の世論調査結果とそれに対する有識者コメントを伝え、複数のネット上の掲示板やフォーラムで、国民がオープンに意見交換をしている。ちなみに、フランス人は一般的に政治への関心が高く、職場でも、家庭でも、学校でも、政治の話はタブーではない(理由については別の機会に伝える)。

 12月10日現在、立候補を表明した候補者は、既に41名となっており、顔ぶれは多彩だ(出所:Artus.fr )。年齢では、21歳の青年から70代の年長者まで幅が広く、政治上の立場も極左から極右まで分散している。ただ、ここには一部の主要候補者と目される名はない。再選を目指すといわれる現職のマクロン氏もしかりだ。これは不思議なことではない。戦後の大統領選で2期目を目指したすべての現職大統領の出馬表明は、投票日の1~2カ月前であった。

 今後、大勢の候補者の中から、来年1月30日~2月26日に500人の推薦人を集められた者だけが正式な候補者として残り、選挙戦が本格化する。前回2017年大統領選では、最終的に11人の正式候補者の間で争われた。

記者会見するフランスのマクロン大統領=2021年10月22日、ブリュッセル

インド太平洋に常設軍を展開するフランス

 フランスはアメリカに次ぐ世界第2位のEEZ(排他的経済水域)を世界的に保有している。つまり、漁業、天然資源の採掘、科学的調査が、他国に邪魔されず自由にできる広大な水域をもっているわけだ。

 ここで注目すべきは、そのうち93%がインド太平洋地域にあるという点だ。フランスは、南インド洋のマヨット島やレユニオン島から太平洋のニューカレドニアや仏領ポリネシアに至るまで、同地域で7つの海外県や属領(人口165万人を抱える)をもつが、その周辺海域にEEZは拡がっている。

 このように、フランスにとってインド太平洋地域は地政学的に重要なため、同地域に欧州諸国で唯一、常設軍を展開する。その数は5ヵ所にのぼり(南インド洋、ジブチ、アラブ首長国連邦、ニューカレドニア、仏領ポリネシア)、4隻のフリゲート艦を含む12隻の艦船、重要な陸軍部隊、多数の航空資産が同地域に配備され、8万3000人の軍人が駐留する。

FoxPictures/shutterstock.com

多国間主義を基本に複数国と協力関係を強化

 フランスはここ10年、インド太平洋の戦略的重要性と体制を増強している。理由は、同地域の経済的な重要性が増しているにもかかわらず、地域内での脅威が増しているからだ。なかでも中国の覇権拡大と海洋進出、それに伴う中国と米国・豪州・インド等との対立激化は深刻だ。さらに、今月12日にフランスからの独立の是非を問う住民投票が実施されたたニューカレドニア等においては、中国の影響力が拡大している。

 これに対しフランスは、多国間主義を基本に複数国と協力関係を強化してきた。2019年、軍事省はインド太平洋における防衛戦略を採択。その柱として、軍の活動強化と地域各国とのパートナーシップ強化を掲げている。

 これに関連し、フロランス・パルリー軍務大臣は、現地メディアによるインタビューの中で、重要なパートナーとして4カ国を挙げている。まずはインド太平洋における歴史的な同盟国であるアメリカだ。両国の防衛および安全保障上の利益の一致、及び両国軍の間にある高レベルの相互運用性を理由として挙げている。これに加え、インド、オーストラリア、日本を、利益と価値観の共同体として挙げ、特に産業と海洋の分野で防衛協力を進めると発言している。

進化する日仏間のインド太平洋協力

大統領関連のポスターが貼られる街角
 日仏二国間の戦略的パートナーシップは、1996年の「21世紀に向けての日仏協力20の措置」を皮切りに、国際社会の環境変化とともに進化してきた。その過程で、防衛・安全保障協力とインド太平洋における協力が重視されるようになってきた。

 2013年の共同声明では、安全保障・成長・イノベーション・文化を振興するための「特別なパートナーシップ」を発表。そこには防衛・安全保障と太平洋における協力が明記され、翌年1月から日仏外務・防衛閣僚会合(「2+2」)が開始されている。

 さらに2019年には、この「特別なパートナーシップ」に新たな活力をもたせるための日仏協力のロードマップ(2019~23年)が示された。その第1項目には「インド太平洋における協力を強化する」、第2項目に「安全保障及び防衛分野における二国間の協力を進化させる」と記されている。これ以後(特に2021年度)、インド洋、太平洋、日本国内において、フランスの海軍・陸軍と日本の海上・陸上自衛隊が合同で行う2国間または多国間の共同軍事訓練が増加している(図1)。

日仏パートナーシップが理にかなうワケ

 日本は、不安定かつ緊張が高まるインド太平洋地域の中にある。また、同地域の海洋と空域を通じ、日々様々な生活の糧を大量に運んでいる。従って、利害を共有する国々と共に、地域の安全保障を強化する必要がある。

 その協力相手国として要となるのは、最大の同盟国アメリカ、地域内の大国オーストラリアやインド、そして欧州であろう。欧州諸国の中で、防衛・安全保障面でインド太平洋の監視を強め、軍事行動にも出ている大国は、英国、ドイツ、そしてフランスだ。日本は、限られた資源の中で、これら3国の内、関係強化を進める国を序列化する必要があろう。

 EUを離脱した英国は、もはやEUの足場とならない。また、インド太平洋地域の領土としては、インド南方にほぼ無人の群島と周辺海域を有するのみで、常設の兵力ももたない。EUの盟主国の一つであるドイツも、同地域には領土も常設の軍事基盤をもたず、経済面でも中国への依存度が高いこともあって、中国を過度に刺激する行動はとりにくいだろう。

 となると、日本にとって、欧州諸国の中で特に関係を強化すべき国はフランスとなるのは明白だ。防衛・安全保障協力面での実効性はもとより、国連安保理の常任理事国、EU盟主国の一つでもあり、世界やEUとのパイプ的役割も期待できる。

大統領選次第で状況の変化も

M-SUR/shutterstock.com

 今月11日、英国で開かれたG7外相会談にあわせて設定された日仏外相会談の場で、フランスのル・ドリアン大臣から林芳正大臣に対し、日本と安全保障・防衛協力を含む幅広い分野で協力を深化させたい旨の発言があった。それに対し、林大臣からは、日本にとって「特別なパートナー」であり、来年前半のEU議長国を務めるフランスと連携し、日仏間及び日EU間の協力を強化したい旨の発言があったという。

 さらにル・ドリアン大臣は、来年2月にフランスがEU議長国として開催するインド太平洋に関する閣僚会合等の機会を通じて、日本を含むインド太平洋地域のパートナーとの連携を強化していきたい旨を述べ、両大臣は、インド太平洋における日仏・日EUの協力をさらに深めていくことで一致した。日本とすれば、EUにおけるインド太平洋政策面で中心的な役割を担うフランスと、日・EU間協力を進めるのは得策であろう。

 今後も、インド太平洋における両国間の戦略的パートナーシップは強化されるだろうが、シナリオ通りに進むためには、次の2つの条件が揃う必要があろう。一つは、日本を含めたアジア太平洋地域の安全保障環境が、これまでどおり不安定で脅威に満ちたものであり続けること。二つは、来年4月のフランス大統領で、これまで通り南太平洋の自国領の戦略的価値を認め、これを放棄しない大統領が選出されることだ。

 日本にとって最も悪いシナリオは、第一の条件は満たすが、第二の条件が満たされない場合である。日本の立場は危うくなり、代替案の模索を余儀なくされることになる。