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米ロ首脳会談をどう解釈すべきか:ウクライナをロシアにとっての「台湾」とみなすと見えてくる真の構図

塩原俊彦 高知大学准教授

17万5000人の根拠は?

 賢明なる読者であれば、いきなりウクライナを攻撃する計画があると言われても、眉に唾(つば)をつけるだけだろう。たしかにいまでも、ウクライナ東部のドンバス地域において、ウクライナからの分離独立をねらう勢力がロシアの支援を受けてウクライナ政府と戦闘状態にある。だからといって、いきなりロシアがウクライナ全土に攻め込むことはないだろう。あるとすれば、ドンバス地域での戦闘激化から、ロシアのパスポートをもつ者の多い同地域の安全確保を理由にロシア軍が「侵攻」することくらいではないか。

地図拡大分離独立派が支配するドンバスとロシアによって併合されたクリミア
(出所)https://www.washingtonpost.com/world/2021/12/11/russia-ukraine-putin/

 その兵力についても疑わしい。「ウクライナへのロシアの想定される攻撃規模が拡大 しかし、国境に駐留するロシア軍の数の推定は非常に疑わしいものだ」というロシア側の記事をみてみよう。

 そこには、「ウクライナとの戦争準備に関する数々の報道を見る限り、7万5000人(ウクライナ国防省の二つのバージョンによれば、9万4000人とも11万人以上とも言われている)が最近になって国境に出現したと思われる」とある。実際に、2015年以降、陸軍や空挺(くうてい)部隊などの新しい編成をウクライナ国境付近に恒久的に駐留させるプログラムが一貫して行われているのだという。「その数やおおよその人員数までもが周知の事実であり、秘密ではない」ことに注意しなければならない。「3個師団(空挺部隊を含めると4個師団)といくつかの旅団は、少なくとも40個の大隊を有しており、これらの大隊を独立して活動できる強化大隊(BTG)にすることができる。秋の軍事警戒期間中に、約10個の新しい大隊が国境に追加されることになっていた」と説明されている。

 それでも、17万5000人には足りない。ゆえに、「100個の大隊戦術グループ」という、根拠があるとは言えない数字が出てきたのだと、ロシア側はみている。足りない10万人の根拠として、「ワシントン・ポスト」では予備役が想定されている。政権当局者は、「現在配備されている約7万人に加えて、さらに10万人の兵力が追加される見込みである」と説明しており、この10万人に予備軍がかかわっているというのだ。

 これに対して、ロシア側の説明では、ロシア政府は永久的に訓練された有償の予備役を創設するプログラムを2021年夏に開始したという。ただし、ドンバス地域に近い南部軍管区では、このような人材を3万8000人募集することが発表されたにすぎない(他の地区については情報なし)。こんな状況で、実際に戦争をはじめることができるのだろうか。ヴァレリー・ゲラシモフロシア軍参謀総長は、「ロシアがウクライナへの侵攻を準備しているというメディアで流布している情報は嘘(うそ)だ」ときっぱりと否定している。

ディスインフォメーションの発信源はヌーランド国務省次官?

 どうやら少なくとも、「クレムリンが早ければ来年初頭に最大17万5000人の部隊がかかわる多方面攻撃を計画している」という部分は眉唾ではないかと強く疑われる。たしかに2021年春にウクライナ国境近くで軍事演習を実施後になっても、一部の兵士残留しているようだが、だからといって、それがウクライナ攻撃に直結するとみなすのはあまりにも短絡的な見方だと言わざるをえない。すでに、4月15日に公表した拙稿「ロシアとウクライナの国境、一発触発の緊張状態」に示したように、NATOはNATOでウクライナ領内で繰り返し合同演習を行っており、5月にはロシアやウクライナの国境近くで3万人規模の演習が実施された。どっちもどっちなのである。

 プーチン自身は、12月8日、ギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相との会談後の記者会見で、自らの口でつぎのように発言した。

 「これまでの数十年間、私たちは常に懸念を口にし、そうしないよう求めてきたが、それにもかかわらず、NATO(北大西洋条約機構)は...私たちの国境に近づいてきた。そして今、我々はポーランドとルーマニアに設置済みのミサイル防衛システムをながめている(核弾頭を搭載したミサイルが10分以内にモスクワに到達できる怖さを想像してほしい:引用者注)...そして、同じことがウクライナ領内でも起こると考える根拠が我々にはある(クリミア併合以降、米国は25億ドル以上の安全保障支援を約束しており、そのなかには航空監視レーダー、対砲兵レーダー、ドローン、安全な通信、武装した巡視船、そして歩兵携行式多目的ミサイルであるジャベリン対戦車システムが含まれている。ウクライナには150人以上の米軍顧問がおり、他のNATO諸国の約12カ国も、現在ウクライナに軍事顧問を置いている:同上)。まあ、こう考えないわけにはいかない。起こっていることを黙って見ているのは、私たちの側の単なる犯罪的不作為だ。」

 ゆえに、ウクライナ国境に軍を増強していると言いたいらしい。その意味で、プーチンはウクライナ国境近くへの部隊増強を認めている。だが、それはウクライナ攻撃を意味しているわけでは決してない。

 にもかかわらず、だれが首脳会談の直前になって、なぜ「ワシントン・ポスト」にこんなディスインフォメーションを流したのだろうか。その答えは、ヴィクトリア・ヌーランド国務省次官が今回の会談を契機に、米国の政治・軍事的覇権の立て直しに利用したからではないか、こう筆者は考えている。2014年春のウクライナ危機に際して、国務省次官補だったヌーランドは、ウクライナのナショナリストを扇動し、米国側が親ロシア派とみなす、当時のウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を武力で追い落とすことに成功した米国側の司令塔だった(詳しくは上記の2冊の拙著を参照)。だが、そのナショナリストのロシア系住民への暴力がウクライナの政情不安を悪化させ、彼らが多く住むクリミア半島のロシアによる併合やドンバス地域での紛争を引き起こすという大失敗をもたらしたのも彼女だと言える。そんな人物が国務省次官に就任した以上、宿敵プーチンを懲らしめるためには何でもするという厳しい姿勢であってもおかしくない。

 現に、ヌーランドは12月7日の上院外交委員会で、「今回の多くはプーチンの2014年の台本に載っていたものだが、今回、それはもっと大規模で、もっと致命的な規模である」とのべたうえで、「だからこそ、正確な意図や時期がはっきりしないにもかかわらず、プーチンに軌道修正を迫りながらも、同盟国やパートナーとともにあらゆる事態に備えなければならない」と発言している。まさに、ウクライナ攻撃の可能性を喧伝(けんでん)していたと言える。

 筆者と同じ意見をもつ、「ウクライナをめぐる人工的な緊張感が米国に利益をもたらす 大統領サミットが紛争地域の状況を変えるわけではない」という記事が12月8日付の「ヴェードモスチ電子版」に掲載されている。なぜ彼女は首脳会談前にロシアのウクライナ攻撃情報を流したのだろうか。

 記事では、①アフガニスタンからの「凱旋(がいせん)」撤退や、英国・オーストラリアとの反中同盟「AUKUS」の設立などの一方的な行動の後で、米国の同盟国のパトロン、すなわち、米国に対する信頼を高める必要があった、②何もない空間で軍事的な警戒態勢を敷くことは、おそらく試す価値のある戦略的な考慮事項でもある――という2点が指摘されている。②はわかりにくいかもしれない。米国にとっての大きな懸念は、ロシアによるウクライナ攻撃と中国による台湾攻撃とが同時に起きるケースだ。そこで、中国が積極的に行動した場合に、欧州がどの程度「ロシアの抑止力」を担うことができるかを理解するために、米国は「情報実験」によってその反応を検証しようとしたのではないかというのだ。

 実際、バイデンはプーチンとの会談を終えた直後、仏独伊英の首脳と電話で会談した。これらの首脳の支持は、ロシアの指導者を抑止するために不可欠であると米国政府が考えている証拠だ。そこでは、ロシアに対して共同でどのような懲罰的措置を講じることができるかが議論されたとみられている。

 12月9日には、バイデンはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と1時間半ほど電話会談し、「ウクライナに対する米国の支援を強調し、ここ数日、ロシア軍が国境に大挙して押し寄せているウクライナを安心させようとした」と「ワシントン・ポスト」は伝えている。ただし、本来であれば、ウクライナが当事国なのだから、会談結果の連絡がなぜ2日後になったかという点こそ重要なのである。

 さらに、バイデンは9日、いわゆる「ブカレスト・ナイン」と個別に電話会談を行った。ポーランドとルーマニアのほか、ブルガリア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、スロバキアの旧ソ連圏諸国である9カ国との連携にも配慮していたことになる。カレン・ドンフリード国務次官補(欧州・ユーラシア担当)は13~15日にウクライナ、ロシアを訪問、両国の高官と個別に協議した。15~16日にはNATO本部があるベルギーにも行き、ウクライナ情勢の対応を擦り合わせた。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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