メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ハイブリッド戦という新たな"戦場"(上)非軍事手段をフル活用する侵略手法

サイバー攻撃、メディア乗っ取りなどが戦いの前面に

山下裕貴 元陸将、千葉科学大学客員教授

武力行使と認定しがたい手段による侵略行為

 報道によれば令和4年度の一般会計予算案は107兆円を超え、社会保障費は36兆円台まで拡大、防衛費も軍拡を進める中国への対処から5兆4千億円前後といずれも過去最大になるとのことである。防衛費は8年連続で増加しており、日本を取り巻く安全保障環境の厳しさを表しているといえる。

 安全保障は、コロナ禍のように国民生活に直接影響する身近な問題ではないと思われがちであるが、実際にははるかに大きな影響を与える。今回は、厳しさを増している安全保障環境において、近年注目されている「ハイブリット戦」といわれる新たな戦い方を考えてみたい。

 「ハイブリッド戦」とは「破壊工作、情報操作など多様な非軍事手段や秘密裏に用いられる軍事手段を組み合わせ、外形上、「武力行使」とは明確には認定しがたい方法で侵略を行うこと」である。

Oliver Denker/shutterstock.comOliver Denker/shutterstock.com

サイバー攻撃、インフラ妨害、メディア操作…

 日本政府は現防衛大綱の中で、現在の安全保障環境の特徴について次のように分析している(筆者による要約、リンク先はPDF)。

 国際社会においては、中国などのさらなる国力の伸長などによるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。このような国家間の競争は、軍や法執行機関を用いて他国の主権を脅かすことや、ソーシャル・ネットワークなどを用いて他国の世論を操作することなど、多様な手段により、平素から恒常的に行われている。こうした競争においては、いわゆる「ハイブリット戦」が採られることがあり、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いている。いわゆるグレーゾーンの事態が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、今後、さらに増加・拡大していく可能性がある。こうしたグレーゾーンの事態は明確な兆候のないまま重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。

 「グレーゾーン事態」とは平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したものであり、国家間において、領土・主権・海洋を含む権益等について主張に対立があり、一方の当事者が武力攻撃に当たらない範囲で、問題の地域において頻繁にプレゼンスを示す等、現状の変更を試み、自国の主張・要求の受け入れを強要することをいう。そして現状変更の一つの手法として、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などを複合的に用いた「ハイブリッド戦」が行われる。

クリミア併合でロシア軍が用いた作戦

2014年3月、クリミア半島でウクライナ軍施設を固めたロシア軍と見られる兵士たち2014年3月、クリミア半島でウクライナ軍施設を固めたロシア軍と見られる兵士たち

 「ハイブリッド戦」が注目されたのは、2014年に発生したクリミア併合においてロシア軍が行った作戦である。クリミア併合の経緯をみると、2月27・28日に親露派や不明部隊によるクリミア議会・行政庁舎及び空港の占拠、空軍基地の滑走路閉鎖が行われ、3月1日からロシアがクリミアに地対艦ミサイル、歩兵旅団などの部隊の展開を開始した。3月16日にはクリミアにおいて住民投票が行われ、ロシア編入賛成が97%となり、18日にクリミアのロシア編入に関する条約にプーチン大統領が調印した。そして3月25日にはロシアがクリミアの軍事拠点を全て制圧した。この間、クリミアとウクライナ本土との有線通信網の切断、ウクライナのテレビ局のクリミアでの放送停止、インターネットや携帯電話の妨害なども行われた。

 このクリミア併合において、ロシアは秘密裏の作戦、偽情報・プロパガンダの流布、サイバー攻撃・電子戦といった手法を用いて広範囲にわたる作戦を実施したと西側の情報機関は分析している。

・・・ログインして読む
(残り:約1594文字/本文:約3218文字)