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黒人差別の歴史、抗う運動を伝える~「BLM PICNIC」に親富祖愛さんが込めた思い

同じ人間なのに肌の色の違いで時代錯誤なことが平気で起きている理不尽をやめたい

安田菜津紀 フォトジャーナリスト

自分はうちなんちゅだって主張したくて……

 軽快なBGMが鳴り響く店内で、抗議活動への参加や、この「PICNIC」という言葉にたどり着くまでの思いを、親富祖さんは語ってくれた。

 「異父兄が3人いるんですが、母が大変な思いをしながらシングルマザーとして子どもを育てていた時に、私の父と出会っているんですよね。うちの家族からしたら、父はヒーローのように助けてくれた人で、特に兄たちはとても信頼しているようです。戦争はもともとすごく嫌いなのに、沖縄にいて戦争を否定することは、アメリカ軍を否定することで、アメリカ軍を否定することは、お父さんが昔やっていた仕事や、もっといえば自分自身を否定するような気がして、小学校や中学校のときは戦争反対でも“言えない”という感覚がありました」

拡大Ai&Dai desings店内

 それでも2012年9月、オスプレイが強行配備されるとなった時、宜野湾市の米軍普天間飛行場大山ゲート前に仲間たちと集った。

 「自分の気持ちが溢れちゃったんですよね。私はうちなんちゅなんだけれど、うちなんちゅの中にいると“アメリカ人”なんですよね。基地に関係する事件があると、私は“アメリカ人”の立場に回される。それが限界に来ていたんだと思います。自分がうちなんちゅだって主張もしたかったんだと思うし、うちなんちゅとして反対したかったんだと思います」

 父の存在との葛藤もあったが、「個人は否定しない」、と今は言えるという。「色んな人との出会いの中で、アメリカ軍のシステム自体を否定するんだ、と落とし込めるようになりました。それと自分の生い立ちとは全く関係がない話で、沖縄の人たちを搾取するようなシステムは必要ないでしょ、と」

ピクニックをするような気持で来ていい

 ゲート前に集うことは、一方で不安を伴うことでもある。

 「初めてだと慣れてないし、警察に捕まるかもしれないって思うと怖いですよね。だから柔らかい感じでポップなプラカードを掲げて、スタンディングをしました。もし何か言われたら、“ピクニックしてる”って言おうって。それまでのスタンディングって皆、漢字で、うちなんちゅや日本人へのメッセージを掲げてたと思うんですけど、私たちは英語で中にいる軍人さんにアピールしたメッセージを掲げました。そうすると米軍の兵隊も手を振り返したりして、今までのスタンディングと空気感が違ったんですよね」

 「社会の問題って、自分のいる場所にあるもののはずなのに、“社会課題”“政治”って別世界のように扱われてしまうことがありますよね。そうじゃなくて、ピクニックをするような気持で来ていいんだよっていう呼びかけって、すごくいいなって実感したんです」

拡大Ai&Dai desings店内に立つ親富祖さん

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筆者

安田菜津紀

安田菜津紀(やすだ・なつき) フォトジャーナリスト

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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