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岸田首相が宏池会の大先輩に学ぶこと~政治家として真価が問われる2022年

同郷の池田勇人、宮沢喜一が率いた宏池会と二人が尊敬した石橋湛山の思想・政策を範に

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

自民党の保守本流を形成した宏池会

 岸田首相はかねてから、最も尊敬する政治家として、同じ広島県人である池田勇人・元首相を挙げている。

 自民党は1955(昭和30)年に、当時の自由党と民主党が「保守合同」して結成された。宏池会は自由党系だった池田勇人によって1957(昭和32)年に創立された最古の派閥である。

 後漢の学者だった馬融の「高光の榭(うてな)に休息し、以て宏池に臨む」という一文から、陽明学者の安岡正篤が「宏池会」と命名したとされるが、そんな本来の意味はともかく、「宏」は広島の「広」、「池」は池の「池」を表していると、派閥の創立当初から言われてきた。

 宏池会は、当時、勢いがあった岸信介系に対抗する勢力としてつくられ、これ以後、自民党総裁を7人、首相を5人も輩出する名門派閥として継承されてきた。筆者も鈴木善幸会長、宮沢喜一会長の時代に、宏池会に所属している。ちなみに、宮沢氏も広島県人である。

 自民党において、旧自由党系の「保守本流」は、大筋ではこの宏池会と旧田中角栄派(後に経世会)によって形成されてきたのである。

拡大記者会見で所信を語る池田勇人首相=1963年7月19日、首相官邸

宏池会の思想・政策の六つの特徴

 保守本流の武闘派と言われた経世会に対し、理念型の派閥と言われてきた宏池会には、創立当初からその思想・政策にかなり明確な特徴がある。

国策の誤りを反省

 第一に、先の大戦に至る日本の「国策の誤り」を指摘する歴史認識である。具体的には、我が国による侵略戦争や植民地支配に対する深い反省である。これは、自民党内の岸信介・福田赳夫系から安倍晋三氏にいたる「清和会」の流れが持つ歴史認識とは明らかに異なる。

自由の抑圧には反対

 第二に、言論・表現・学問・信仰などの自由を抑圧したことが、前述の「国策の誤り」を生んだ要因だとして、言論の自由などの制約には基本的に反対する点だ。この観点からすると、日本学術会議の会員任命拒否などは、強権政治に向かうものと認識され、宏池会理念、旧自由党の理念と反することになる。

 「保守本流」の源流の一角とされる石橋湛山・元首相は、自由権が将来の豊かな構想を担保するという旨の発言をしている。自由を制約すればするほど、将来に向けた構想が限定的で貧弱になってしまうという趣旨だ。

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筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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