守られるべき外国人の人権は宙に浮く
2021年12月30日
12月21日の武蔵野市議会本会議で、「住民投票条例」案が賛成11人反対14人で否決された。賛成は市長与党である立憲民主党、共産党などで、反対は自民党、公明党などである。先だって13日に開かれた総務委員会では賛否同数で、委員長採決によって可決した後なので市側には大いに悔いが残る。
だがその戦いには、表で論じている条例の内容とはかなり違った別の目的が見える。それを検証してみよう。
松下玲子市長は昨年の3月議会で、「住民投票条例」を定めることを記した「自治基本条例」を提案して全会一致で可決された。今年10月3日には市長自身の2回目の選挙があり、自民党推薦の候補者をダブルスコアーで破り再選された。再選の公約には「住民投票条例」の制定が含まれていたし、その市長を有権者は選んだはずだ。それなのにここに至って市議会で否決されたのはなぜなのだろうか。
中央線沿線の武蔵野市は、吉祥寺を含む商業区域のほかは、ほとんどが住居区域だ。そのせいもあって市民の自治意識も強く、また選挙においても、市長選挙ではここのところ邑上前市長から松下市長へといわゆるリベラル派が自民党推薦候補に5連勝している。またこの夏の東京都議会議員選挙でも立憲民主党公認の五十嵐えりが武蔵野市選挙区で勝ち、これは一人区では五十嵐ただ一人だけだった。そして10月の総選挙でも菅直人候補が長島昭久候補に武蔵野市では約6000票勝ち越し小選挙区で当選した。(長島昭久候補は比例区で復活当選)
その武蔵野市でリベラル側の市長が提案した条例は、どのようにして潰されていったのだろうか。
11月12日の記者会見で、松下市長は12月定例議会への住民投票条例案提出を表明した。市の住民基本台帳に3カ月以上続けて登録されている18歳以上の住民には投票資格があり、外国籍住民を含むという内容だった。
その日から事件とも言うべき騒動が始まった。
いわゆる右翼と言われる人たちの街宣車が市役所にやってきて「住民投票条例は外国人に参政権を与えることになり武蔵野市が乗っ取られる!」「外国人は日本から出ていけ……」「松下玲子はすぐに辞職せよ……」などと最大のボリュームでがなり、暴騒音は隣の西東京市の方にまで届いた。近隣の小学校では子どもたちは恐れ、騒音で授業にならず、市役所では職員が仕事も思うようにいかなくて困った。その車はまた市長自身の住居のマンションにも行っては近所の住民にも威嚇をした。
並行して自民党の長島昭久議員は党の市議会議員などと一緒に武蔵境などの駅前で幾度となく街頭演説に立ち、住民投票への参加は広い意味での参政権にあたるとか、特別永住者や永住者に限るといった要件も設けず、3カ月住んだだけの外国籍住民にも投票権を認めるのは極めて異例だなどとして、この条例に反対する演説を行った。
今回武蔵野市が提案した「住民投票条例」は、市長や市議会議員を選ぶような選挙権にかかわるものではない。反対派は、条例で投票権を与えたらそのうち選挙権になっていくと言うが、住民投票の投票権が武蔵野市で認められても、国が管理している、すなわち法律で決まっている選挙権に武蔵野市だけ発展する事はあり得ない。
ここに至るまでの経緯とその学問的な位置づけは多くの人が既に語り、この「論座」でも今も掲載されている。
武蔵野市住民投票条例への反対論に理はあるか?~4つの観点から考える
武蔵野市の住民投票条例問題は「自治基本条例」攻防史の延長にある
長島昭久と言えば10月の衆議院選挙で菅直人と戦って敗れたばかりで、そこには一つの物語があった。
元々長島は菅直人の大きな応援を得て、民主党議員として国会に行くことが出来るようになった。落選中も菅の世話になり、民主党政権であった2010年には防衛副大臣も務めている。その長島が細野豪志の後を追うように、民主党から自民党に移った。二階俊博の派閥に入れてもらった。長島の元々の選挙区である東京21区には既に自民党の候補者がいるので行き先を失い、事もあろうに恩人菅直人の相手候補として東京18区にやってきた。
選挙中は師弟対決などとメディアが囃し、全国の注目選挙区となった。
菅直人夫人の菅伸子の演説は強烈で、知り尽くした長島の弱点をもろに突いた。「長島さんが選挙に出るときは私たちも必死で応援したんですよ、私も立川をうちの名簿にそって、数百軒一緒に歩いた、それなのにいつの間にかするりと自民党にいって、二階派に入ったことも、この東京18区にやってくることも、たった一言の言葉も説明もない。私は新聞で知ったんですよ。裏切り者と言うよりも卑怯者ですよ、臆病者ですよ」とマイクを持って語り、その映像の視聴回数は18万回近くに達し、有権者の中には「いつも自民党に投票するけれど、今回は菅さんにする、長島は筋が通ってない」などの声が多く聞かれるようになった。
一方、どうしても勝ちたい長島は、岸田総理、安倍元総理、甘利幹事長、萩生田光一、麻生太郎、河野太郎、小泉進次郎、菅義偉前総理、石破茂、山本一太群馬県知事など大物弁士を呼びその度に多くの人が集まり、お祭り騒ぎが続いたが、及ばなかった。
このようにして菅直人は、自身が集大成といいながら戦った最後の選挙で長島に勝ち、負けた長島は比例復活した。
そしてここで重要な点は、長島が負けたのは武蔵野市においてだということだ。東京18区のあと二つの小金井市と府中市では長島と菅はほぼ横並びだった。そしてまた、その選挙で菅直人陣営の先頭に立ってマイクを持った一人が松下玲子市長であった。
「投票日の翌日には次の選挙が始まる」とよく言われるが、この住民投票条例は、選挙上手な長島昭久にとって願ってもないプレゼント
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