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米国の衰えを突いたプーチンのカケ~戦後の国際秩序維持の構図が覆される危機

睨みを利かせていた者の力が衰え、狼藉者が幅を利かせる世界/国際社会の選択肢は?

花田吉隆 元防衛大学校教授

ウクライナに接するロシア南部ロストフ州で、射撃場での訓練に参加するロシア軍兵士=2021年12月10日
 ロシアがウクライナ国境沿いに軍を集結させつつある。その数、約10万人。今後17万5千人まで増強の可能性がある(12月27日、1万人ほどを撤収)。年明け早々にも、ウクライナへの侵攻が行われるだろうとの見方が現実味を帯びる。プーチン大統領は米国の力の衰えによるスキを狙う。戦後、国際社会は、米国の力を重しとして秩序を維持してきた。その構図が今、根底から覆されようとしている。では、国際社会に如何なる選択肢があるというのか。

ウクライナ危機:米ロ首脳協議も打開策見えず、米は制裁示唆

バイデン米大統領とのテレビ電話協議に臨むロシアのプーチン大統領=2021年12月7日、ソチ
ロシアのプーチン大統領とのテレビ電話協議に臨むバイデン米大統領(右)=ワシントン、ホワイトハウス提供

 7日、バイデン大統領は、プーチン大統領とのオンラインによる首脳協議でロシアの行動自制を求めたが、議論は平行線のまま終わった。プーチン大統領は、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)不加盟の保証、ウクライナ領内の攻撃兵器配備禁止を要求するが、いずれも米国としてのめる話ではない。バイデン大統領は、仮に侵攻が行われれば、米欧は協調して対ロ経済制裁に踏み切ると警告した。

ロシアとドイツ間の天然ガスパイプライン「Nord Stream 2」のルートイメージ=Frame Stock Footage/shutterstock.com
 経済制裁の中身ははっきりしないが、その最も厳しいものは、独露間の天然ガス輸送パイプライン、ノルドストリーム2の稼働停止と世界の銀行送金システム運営機関、国際銀行間通信協会(SWIFT)からのロシア締め出しだ。ロシアは石油、天然ガス輸出が主要な収入源であり、輸出が稼働停止に追い込まれれば収入は大きく減少せざるを得ないし、送金システムから締め出されれば、ロシア経済は大きな痛手を被る。しかし、プーチン大統領が自制要求に応じるか否か、それは定かでない。

ロシアが抱くNATOへの歴史的不信感

記者会見するロシアのプーチン大統領=2021年6月16日、ジュネーブ
 そもそも、プーチン大統領は何を狙っているのか。

 プーチン大統領は大国ロシアの復興という野望を抱くが、その心情の奥底にあるのは、西側に裏切られたとの強烈な不信感だ。ロシア国民全体がその思いを抱く。

 ドイツ再統一の時、西側はソ連にNATO不拡大を口頭で約束した、とされる。しかし現実にはこの約束が守られることはなかった。NATOは旧ワルシャワ条約機構の地域に拡大を繰り返し、その手は今やウクライナに延びる。一方、ウクライナではNATO加盟の世論が勢いを増しつつある。

【左】1990年10月4日、統一ドイツ首相として初の施政方針演説を行うため、統一議会に登院するコール首相。統一議会は57年ぶりの復活となった【右】90年11月の全欧安保協力会議に出席した当時のソ連のゴルバチョフ大統領。ワルシャワ条約機構は91年7月に解散し、同年12月にはソ連が崩壊した。ゴルバチョフ氏は89年からの一連の東欧革命に対し軍事的行動を行わず、ドイツ再統一に対しては、旧東ドイツ領土へのNATO軍の展開に反対したが、巨額の経済支援を受け入れることで再統一を承認した

「同胞」をNATOに渡せぬ意志―加盟阻止か併合企図かは不透明

    NATO加盟国
 ウクライナのNATO加盟だけはプーチン大統領としてどうやってものめる話ではない。プーチン大統領によれば、ロシアとウクライナは民族を同じくする「同胞」であり、本来、一体でなければならないものだ。ウクライナを他地域と同列に論じるわけにはいかず、これだけはNATOに渡すわけにはいかない。

 但し、今回、プーチン大統領が狙っているのはウクライナのNATO加盟阻止か、あるいは、もう一歩進んでウクライナ併合まで意図しているのか、大統領の真意は未だ不明だ。

演説するロシアのプーチン大統領=2021年12月21日、モスクワ

「米国は動かぬ」と見通したプーチン―国際秩序に地殻変動

 いずれにせよ、プーチン大統領が、米国の国際秩序に向けた関心低下のスキを突いていることは疑いない。現在の秩序に挑戦すれば手痛いしっぺ返しを受けることが確実なら、プーチン大統領とて敢えて動こうとはしない。そうでなく、米国は動かないだろうとの読みがある。だからこそプーチン氏が動き始めた。

シリア内戦やクリミア併合に武力行使しなかった米国

 実際、米国のこれまでの動きはそれを裏付ける。2013年のシリア内戦に際し、当時のオバマ大統領は、シリアがレッドラインを超えることは許さないと明言したが、その後、シリアが化学兵器使用に踏み切った時、米国はこれに武力制裁を加えようとはしなかった。

 2014年、ロシアがクリミアを併合した時、米国はこれに力で対抗しようとはせず、欧州と協調で経済制裁を行うに止まった。しかし、経済制裁が、ロシアにどれほどの痛手になったか。余り効果があったとは思われない。

演説するバイデン米大統領=2021年11月23日、ワシントン

腰が引けた米国を見逃さぬロシア・中国・イラン

 米国社会は今、内向きだ。国際社会の問題より、格差や分断、中間層の没落といった米国内の問題こそが重要とする。米議会も、ハト派議員はそういう見方だし、タカ派は国力を対中国に集中せよとの姿勢だ。先般のアフガニスタン撤退は多くの混乱を招いたが、撤退自体は、米国民の多くが支持する。長引くイラク、アフガニスタン駐留に米国民はほとほと嫌気がさしていた。

 しかし、こういう米国の腰が引けた状況を世界は見逃さない。ロシア、中国、イラン。ロシアの動きに対し、国際社会がどう反応するか、それを今、中国やイランはじっと見ている。

カブールの国際空港で滑走路を移動する米軍機と並走する人々。タリバーンが掌握した国からの脱出を求める人々が空港に押し寄せた。機体にしがみついたまま離陸し、振り落とされて亡くなる人もいた=2021年8月16日

戦後の国際秩序維持:国連に代わり担ってきた米国

米ニューヨークの国連本部=2021年4月
 秩序は、違反者を罰してこそ維持される。違反者が処罰を免れ、違反行為がおとがめなしとなれば、秩序維持は望むべくもない。

 戦後、国際秩序は集団安全保障として構想された。違反者が出た時、それを処罰するのは国連の役割とした。だから、加盟国は武力不行使を受入れた。構想は明文化され国連憲章第7章がつくられた。第7章は国連の強制行動を規定する。

NATO旗と米軍機
 しかし、その任に当たる国連安保理が機能せず、国連軍の組織化も進まない中、当初想定した集団安全保障体制が絵に描いた餅になったことは改めて言うまでもない。

 国際社会は代わって、地域的安全保障、つまり、NATO等にその安全保障を依存することになる。これは、簡単にいえば、米国の力の行使により、国際秩序を維持していこうというものだ。違反者が出れば米国が制裁を加える。

国連安全保障理事会の議場。写真は北朝鮮の大陸間弾道ミサイル発射を受けて開かれた緊急会合=2017年7月5日、米ニューヨークの国連本部

75年以上繁栄を享受した西側―崩れる国際秩序を維持できるのか

 例えば、ここに一つの村があるとして、村はどうやって村内の秩序を維持するか。違反者が出て、誰も処罰する者がいなければ違反者はやりたい放題だ。通常、警察が取り締まりに目を光らせる。しかし村に警察はない。そこで、村は、腕っ節の強い一人の男に目を付け、警察官の役割を託す。かくして、(西側という)村の秩序は維持され、これまで75年以上にわたり村は繁栄を享受してきた。

 ところが、ここにきて腕っ節の強い男も寄る年波に勝てなくなってきた。自分だけに秩序維持役を押し付けられても困る、自分は、自分の体(国内問題)のことも心配しなければならない。違反者に睨みを利かせる者の腰が引け始めたのを違反者が見逃すはずがない。この時とばかりに狼藉を働き始めた。

 狼藉を働く方にもそれなりの言い分がある。

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