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ショルツ首相は「3頭立て馬車」を乗りこなせるか~試練に直面するドイツ新政権

立場も政策もバラバラの連立3党・内外に難題山積――安定感だけで首相は務まらぬ

花田吉隆 元防衛大学校教授

就任したドイツのショルツ新首相(右)と退任したメルケル前首相=2021年12月8日

最古の政党・社会民主党、第1党の座は「晴天の霹靂」

 ドイツで、オラフ・ショルツ氏率いる新政権が誕生し1か月近くが経過した。少し前まで、誰も社会民主党(SPD)が政権の座を射止めようとは考えなかった。

ベルリンにあるドイツ社会民主党(SPD)の本部=mm7/Shutterstock.com
 同党は、既にその歴史的使命を終えていた。社会民主党と言えば150年近い歴史を誇るドイツ最古の政党で、一時は40%を越える得票を謳歌した政党だ。ところが今や昔日の面影なく、得票率は20%台まで下がる。だから、2018年、時のメルケル首相が2021年の選挙に立候補せず、政界を引退すると表明した時、次期政権を担うのは、同首相のキリスト教民主社会同盟(CDU/CSU)でなければ台頭著しい緑の党に違いないと噂された。社会民主党は、せいぜいいって連立のジュニアパートナーだ。

 しかし、その後情勢が大きく変わっていく。結局、2021年9月の総選挙で第一党の座を射止めたのは、誰もが予想しなかった社会民主党だった。同党にとっては青天の霹靂だ。

輝かしい実績残した党の先人たち―雲行き怪しい今回

 しかし社会民主党の得票率は25.7%。これでは、2党で連立しても過半数に届かない。3党連立が必要だ。だが、2党ならともかく3党の連立は至難だ。前回、2017年の総選挙後、キリスト教民主社会同盟は、緑の党、自由民主党(FDP)との3党連立を画策したが、結局、日の目を見なかった。今回、合意がまとまるとしても、少なくとも4、5か月はかかるだろうと思われたが、交渉はスピード決着。昨年12月8日、晴れてショルツ新政権が誕生した。

3党の連立合意を発表した社会民主党(SPD)のショルツ氏(右から2人目)と自由民主党(FDP)、緑の党の代表ら=2021年11月24日
 久々の社会民主党政権だ。過去、社会民主党政権は輝かしい実績を残した。ヴィリー・ブラント氏は東方外交、ヘルムート・シュミット氏は西側との強固な関係、ゲアハルト・シュレーダー氏は労働市場改革と、いずれも歴史に名を遺す活躍をした。ショルツ氏も首相として、これぞ社会民主党政権と言われる輝かしい足跡を残したいと心中期するものがあるに違いない。

 しかしショルツ氏の場合、先達とは違い前途洋々というわけにはいかない。それどころかどうも雲行きが怪しい。ショルツ氏は「3頭立て馬車」の御者台に座っているようなものだからだ。馬はそれぞれ別の方向を向いている。

SPDの歴代首相【左】ワルシャワを訪れゲットー英雄記念碑の前で跪いたブラント西独首相=1970年12月7日【中】首脳会談で声明を出すシュミット西独首相(右)とジスカールデスタン仏大統領=1974年6月1日、パリ【右】SPDの首相候補として1998年総選挙に臨んだシュレーダー氏(中央)とラフォンテーヌ党首(左)、オーストリアのクリマ首相=1998年9月。選挙でSPDは第1党となり16年ぶりに政権交代を実現、シュレーダー氏は首相に就いた

「保守・ビジネス重視」対「革新・福祉重視」、「メルケル路線踏襲」対「転換」

 今回連立を組んだ3党のうち、社会民主党と緑の党は共に中道左派だ。だからまだ共通点は見つけやすい。ところが自由民主党は中道右派に位置し、党の立ち位置として他の2党と大きく隔たる。自由民主党が保守、ビジネス重視であるのに対し、他の2党は革新、福祉重視だ。

 社会民主党と緑の党にしても、同じ中道左派ではあるものの主張は随分異なる。前者は、ジュニアパートナーとしてメルケル政権に参加していた。だから、メルケル路線で踏襲する部分も多いが、緑の党は基本的にメルケル路線転換だ。

ドイツの各政党はイメージカラーを定めており、新政権の連立は、加わった3党の色にちなみ「信号連立」と呼ばれている。社会民主党(SPD)は赤、緑の党は緑、自由民主党(FDP)は黄だ=DesignRage/Shutterstock.com
 つまり3党は、連立合意書をまとめ連立を組むことまでは一致したものの、その政策が向く方向は必ずしも同じでない。しかもショルツ氏自身、所属の社会民主党と必ずしもそりが合うわけでない。ショルツ氏は、党内右派だが、党で力を持つ左派とは大分毛色が異なる。

 ショルツ政権がどこに向かうか、どれだけ実績を上げられるか、それは3党による綱引き次第だ。今のところどうなるか、先行きは見定め難い。

オラフ・ショルツ新首相=photocosmos1/shutterstock.com

連立政権を組んだ3党が2021年9月の総選挙で掲げた広報看板。右から社会民主党(SPD)、自由民主党(FDP)、緑の党=ahmetrefikguler/shutterstock.com

新政権が打ち出した主要政策でいくつもの隔たり

 新政権はいくつもの課題を抱える。第一に、新政権のカラーを打ち出す上で、何を真っ先に取り上げるか。連立合意では、最低賃金の引き上げと気候変動対策が主要政策として並んだ。

「最低賃金」巡る実績を社会民主党は強調

全国一律の最低賃金制度の導入を目指してきた野党SPDは2013年総選挙でも争点として訴え、緑の党も同調した。写真は必要性を唱えるSPDのシュタインブリュック氏(右)と緑の党のゲーリングエッカルト氏。これに対しメルケル首相の与党CDU/CSUは好調な経済に水を差すと反対し、連立を組んでいたFDPも「最低賃金は誤り」として野党勢と対立した。総選挙後CDU/CSUとSPDの大連立政権が実現し、翌年に最低賃金法が制定された
 最低賃金をそれまでの9ユーロ台から12ユーロ(約1500円)に引き上げる。社会民主党は、メルケル政権下で最低賃金法を制定、念願の最低賃金導入を果たした。しかし、当時、有権者はこれを社会民主党の貢献と思わなかった。メルケル政権の実績と受け取ったのだ。しかし今度はそうでない。まごうことなき社会民主党の実績だ。社会民主党は、真っ先に最低賃金引上げを合意書に明記した。

「気候変動」は緑の党が革新的目標を断念

 気候変動対策は、遅くとも2045年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにするとし、その前提として、石炭火力の廃止をこれまでの2038年から30年に前倒しした。電気自動車を30年までに少なくとも1500万台普及、しかし、緑の党が主張したガソリン車の販売禁止は見送られた。緑の党はもっと革新的な目標を書き込みたかったが、他の2党との綱引きの結果、諦めるしかなかった。

ドイツ東部ザクセン州にある石炭火力発電所

「財政」は規律重視の自由民主党が財務相握る―綱引きの本丸に

 最低賃金引き上げも気候変動対策も財政支出が避けられない。社会民主党と緑の党は、基本的に大きな政府を目指し積極財政派だ。しかし自由民主党はそうでない。同党は、財政規律重視の立場で、結局、同党の「所得税、法人税増税はせず、債務膨張に歯止めをかける基本法の「債務ブレーキ」条項を維持する」との主張が受入れられた。

 クリスティアン・リントナー自由民主党党首が財務相に座り、債務膨張に目を光らせる。財務相は、同党がどうしても取りたかったポストだ。政権内での、積極財政派と緊縮財政派による激しいつばぜり合いが予想される。綱引きの結果次第で、次のインフラ投資も含めショルツ政権の方向が大きく変わる。

緑の党のアンナレーナ・ベーアボック共同代表。連立政権で外相に就任した=StGrafix/shutterstock.com
財務相に就任した自由民主党(FDP)のクリスティアン・リントナー党首= photocosmos1/shutterstock.com

メルケル時代の負の遺産をどうするのか

 第二は、メルケル政権の負の遺産の解消だ。ドイツはこの16年、インフラ投資が遅々として進まず世界に大きく遅れを取ってしまった。学校も道路も橋も、公共投資が抑え込まれ旧態依然のまま放置されてきた。

 メルケル首相は16年にわたり、好調なドイツ経済を維持し、国民は大きな恩恵を受けてきたが、メルケル政治は、元々、「変化を先取りし強力なリーダーシップで改革していく」というものではない。基本的に「変化」や「改革」とは対極だ。

 その政治手法は、国民のコンセンサスが形成されていくのをじっと見守り、ほぼ方向が定まったと見るやようやく重い腰を上げ、その方向に乗っかるというものだ。「柿が熟し落ちるのを待つ手法」といえる。その結果が、インフラ投資の遅れだ。もっと果敢にインフラ整備を図り、経済基盤を強固にしていかなければならなかった。

国防省での退任式に参加するメルケル首相=2021年12月2日、ベルリン

デジタルと脱炭素で世界に大きく遅れ―喫緊の課題

 しかも問題は、ドイツが、世界経済の新たな潮流であるデジタルと脱炭素に乗り遅れたことだ。この16年の世界経済の変化は著しい。ドイツが、インフラ投資を怠り産業構造の転換を躊躇している間に、世界はどんどん先に行ってしまった。

 ドイツは財政赤字こそ抑え、財政規律の優等生だが、何のことはない、必要な投資を怠り世界の潮流に乗り遅れただけだ。新政権は、この遅れを直ちに取り戻さなければならない。無論、財政のひもを握る自由民主党との綱引きは一段と激しいものになる。

ドイツ連邦議会で首相に選出され、議長に宣誓する社会民主党のオラフ・ショルツ氏=2021年12月8日

外交:対中、対ロ政策をどうするのか

 第三は外交で対中、対露政策をどうするか。対中政策に関しては、メルケル氏は親中を基本とした。しかし新たに外相ポストに座った緑の党の共同代表アンナレーナ・ベーアボック氏は中国の人権侵害に厳しい。

緑の党の2人の共同代表。外相になったアンナレーナ・ベーアボック氏(左)と副首相兼経済・気候相になったロベルト・ハーベック氏=photocosmos1/shutterstock.com

対中強硬姿勢と経済利益の折り合いを迫られる

 メルケル氏は在任中12度の中国訪問を行う等、中国との親密な関係を維持した。その甲斐もあり、ドイツの対中貿易は大幅に増加、フォルクスワーゲンは4割を中国市場で販売するまでになった。このビジネス重視の対中政策は、中国が台頭する前は良かった。

北京で会談するドイツのメルケル首相(左)と中国の習近平国家主席=2018年5月24日
 しかし、習近平主席がなりふり構わぬ大国主義を振りかざすに及び、さすがのドイツも眉を顰めざるを得ない。トランプ政権以来、米中関係が一気に悪化し、今や、新疆ウイグルや香港の人権問題がクローズアップされている。メルケル首相の親中路線は、そのままでは維持できないのだ。

 合意文書は、台湾の国際機関参加を支持するとし、新疆ウイグル地域の人権問題や香港の一国二制度の問題にも言及した。対中強硬姿勢と経済利益をどう折り合い付けていくか、ショルツ氏は難しい政権運営を迫られることになる。

上海モーターショーで、新型車「IDクロス」を紹介する独フォルクスワーゲンのヘルベルト・ディースCEO。「バッテリーセルは中国製を使う。中国の電気自動車化に貢献する」と強調した=2017年4月19日

ウクライナ危機で外交の試練―ガスパイプラインで板挟み

 対露政策に関しては、社会民主党は基本的に親露だ。党内にはロシアに親近感を抱く者が多く、ロシアといえば、それだけで受入れる向きが少なくない。尤も、ショルツ氏は少し肌合いが違う。どちらかといえば「冷めて」いて、ロシアに対し理性的な判断が可能だ。

バルト海を経由してロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」のルートイメージ図=Shutterstock.com
 さて、ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が刻一刻と迫る中、ここにきて、にわかに浮上してきたのが独露間の天然ガス輸送パイプライン、ノルドストリーム2の稼働問題だ。メルケル氏は原発廃止を決めたこともあり、天然ガス輸入を強力に推し進めて来た。しかしもし侵攻が行われれば、米国は制裁措置の一つとして、ドイツは、ノルドストリーム2の稼働を停止すべきだと迫る。

 これに新政権としてどう対応するか、ショルツ氏にとり外交上、初の試練になる。ちなみにベーアボック外相は稼働に反対

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