花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授
在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
立場も政策もバラバラの連立3党・内外に難題山積――安定感だけで首相は務まらぬ
新政権はいくつもの課題を抱える。第一に、新政権のカラーを打ち出す上で、何を真っ先に取り上げるか。連立合意では、最低賃金の引き上げと気候変動対策が主要政策として並んだ。
気候変動対策は、遅くとも2045年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにするとし、その前提として、石炭火力の廃止をこれまでの2038年から30年に前倒しした。電気自動車を30年までに少なくとも1500万台普及、しかし、緑の党が主張したガソリン車の販売禁止は見送られた。緑の党はもっと革新的な目標を書き込みたかったが、他の2党との綱引きの結果、諦めるしかなかった。
最低賃金引き上げも気候変動対策も財政支出が避けられない。社会民主党と緑の党は、基本的に大きな政府を目指し積極財政派だ。しかし自由民主党はそうでない。同党は、財政規律重視の立場で、結局、同党の「所得税、法人税増税はせず、債務膨張に歯止めをかける基本法の「債務ブレーキ」条項を維持する」との主張が受入れられた。
クリスティアン・リントナー自由民主党党首が財務相に座り、債務膨張に目を光らせる。財務相は、同党がどうしても取りたかったポストだ。政権内での、積極財政派と緊縮財政派による激しいつばぜり合いが予想される。綱引きの結果次第で、次のインフラ投資も含めショルツ政権の方向が大きく変わる。
第二は、メルケル政権の負の遺産の解消だ。ドイツはこの16年、インフラ投資が遅々として進まず世界に大きく遅れを取ってしまった。学校も道路も橋も、公共投資が抑え込まれ旧態依然のまま放置されてきた。
メルケル首相は16年にわたり、好調なドイツ経済を維持し、国民は大きな恩恵を受けてきたが、メルケル政治は、元々、「変化を先取りし強力なリーダーシップで改革していく」というものではない。基本的に「変化」や「改革」とは対極だ。
その政治手法は、国民のコンセンサスが形成されていくのをじっと見守り、ほぼ方向が定まったと見るやようやく重い腰を上げ、その方向に乗っかるというものだ。「柿が熟し落ちるのを待つ手法」といえる。その結果が、インフラ投資の遅れだ。もっと果敢にインフラ整備を図り、経済基盤を強固にしていかなければならなかった。
しかも問題は、ドイツが、世界経済の新たな潮流であるデジタルと脱炭素に乗り遅れたことだ。この16年の世界経済の変化は著しい。ドイツが、インフラ投資を怠り産業構造の転換を躊躇している間に、世界はどんどん先に行ってしまった。
ドイツは財政赤字こそ抑え、財政規律の優等生だが、何のことはない、必要な投資を怠り世界の潮流に乗り遅れただけだ。新政権は、この遅れを直ちに取り戻さなければならない。無論、財政のひもを握る自由民主党との綱引きは一段と激しいものになる。
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