星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト
1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
内容は読み応えあり。オフレコ発言の扱い、政治家と記者の間合いをどう考えるか
1冊の暴露本が永田町で話題になっている。『孤独の宰相 菅義偉とは何者だったのか』(文藝春秋刊)。菅義偉首相を官房長官時代から担当していた日本テレビの柳沢高志氏が書いた。
岸田文雄氏への対抗心をむき出しにしたり、首相として衆院の解散・総選挙に執念を見せたりする菅氏の生々しい姿が描かれていて、迫力満点の内容であるのは間違いない。ただ問題は、オフレコを前提で聞いた話を暴露したり、官房長官の記者会見では質問を控えてその後の単独取材で本音を聞き出したりといった手法の是非である。
私もかつて、官房長官を担当し、歴代官房長官の評価などを本にまとめたことがある。その経験も踏まえて、この暴露本に見る「政治報道の落とし穴」について考えてみたい。
柳沢氏の著書には、政界関係者の多くが知らない“極秘情報”が満載されている。
たとえば新型コロナウイルスの感染拡大で安倍晋三政権が揺らいでいた2020年6月、当時の官房長官だった菅氏は、岸田氏が首相になることについて「国のためにならない」と断言。自民党総裁選になったら、石破茂元幹事長が優勢ではないかという柳沢氏の質問に、菅氏は「俺の方が強いと思うよ。だって、業界団体は圧倒的に強いから。郵政とか住宅関係とか、そういう業界のほとんどを押さえている。そして地方議員が動くからね」と本音を漏らしたという。
菅氏は総裁選立候補に向けた政策集づくりにも着手していた。親しい官僚らを集めて勉強会を開き、政権構想の本を出版する準備に入った。柳沢氏も勉強会のメンバーになっていたという。2020年8月、安倍氏が持病の悪化を理由に退陣を表明。菅氏の去就が注目された。菅氏は、表向きは慎重な姿勢を見せていたが、準備は着々と進められていたのだ。
総裁選は菅、岸田、石破の3氏で争われ、菅氏が安倍氏や麻生太郎副総理・財務相らの支持を集めて圧勝。菅氏が柳沢氏に打ち明けていた作戦通りに展開した。
首相に就いた菅氏は、コロナ対策としてワクチン接種の推進をはかるが、冬から感染が再び拡大。記者会見では、質問に正面から答えない場面が目立ち、国民への発信力不足が批判された。
それでも菅首相は東京五輪・パラリンピックの開催を強行。21年9月の自民党総裁選に先駆けて衆議院を解散し、総選挙に臨むシナリオを描く。ただ、感染拡大でタイミングがつかめない。自民党の二階俊博幹事長の交代など人事を刷新したうえで解散に踏み切ることも検討したが、党内の反対で挫折。9月3日には総裁選不出馬を表明し、退陣を余儀なくされた。その間の経緯についても、柳沢氏は菅氏への直接取材をもとに詳細に記述している。