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コロナワクチン拒否者には「ウンザリ」と述べたマクロン大統領の真の狙い

ワクチン接種義務化を巡る議論が活発なフランス。大統領選の候補者が賛否の論陣

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

 感染力の強いオミクロン株の襲来によって、一日あたりの感染者数が30万に達するフランスで、ワクチン接種の義務化を巡る論争が活発だ。4月の大統領選(直接選挙、2回投票。1回投票で50%以上の得票率者がいない場合、上位2人が2回目の決選投票を行う)を控えているだけに、再選を狙うマクロン大統領を筆頭に各候補者が、賛否の論陣を張っている。

ワクチン非接種者を“汚い言葉”で非難

 論争のきっかけは大統領の発言だ。新年早々の4日、大衆紙『パリジャン』とのインタビューで、「ワクチンを受けていない人たちには非常にウンザリしている」と述べた。この「ウンザリする(Emmerder )」という動詞が俗語の“汚い言葉”。大統領が公共の場で使うような単語ではない。

 大統領は続けて、「ワクチンは続行する。これは戦略である」とも指摘。さらに、「私の自由が他者の自由を侵す時、私は無責任者になる。無責任な人間は市民ではない」とも述べ、ワクチン拒否者を感染増大の「無責任者」と糾弾した。

 大統領の発言としては、俗語「ウンザリ」の使用はもとより、強圧的な発言だけに、発言直後の各種世論調査では、50%以上が大統領の発言を「国家元首の発言としては不適切」とし、否定的な意見が圧倒的だった。

フランスのマクロン大統領のインタビューを掲載したパリジャン紙=2020年1月

「マクロン発言」を批判する大統領選候補者たち

 早速、大統領選への出馬表明をしている極右政党・国民連合(RN)のマリーヌ・ルペン党首が、「私はフランス国民全員の大統領になる」と述べ、ワクチン拒否者を「非国民扱い」したとしてマクロンを非難、牽制した。

 マクロンは大統領選への正式出馬表明はしていないが、再選を狙うことは確実視されている。ルペンは2017年の大統領選でマクロンと決選投票を争って敗退しただけに、復讐を誓っているといわれる。

 最大野党の右派政党、共和党(LF)の公認候補に年末の予備選で決まったばかりのヴァレリー・ペクレスも、ワクチン義務化には同調するものの、「ワクチン拒否者を差別している」と非難し、ここぞとばかりにマクロン攻撃を強めている。

 メディアも右派系『フィガロ』が、「政府の真の医療政策の欠如」を棚上げした無責任な発言と批判。隣国イタリアの『テンポ』紙は「正気を失った」と酷評するなど、欧州内でも反響も呼んでいる。

 大統領は7日、こうした批判に対し、エリゼ宮での欧州委員会との会合後のフォン・デア・ライエン委員長との共同会見の機会に、発言を「完全に」確認するとし、あらためて「ワクチン拒否者の自由は無責任(と同意語)」と指摘し、非接種者を非難した。

記者会見する右翼政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン氏=2021年10月23日、ブリュッセル
共和党の大統領選挙候補になったヴァレリー・ペクレッセさん(2021年11月16日、フランスマルセイユ –) Obatala-photography/shutterstock.com

議論を呼んだ「ワクチン・パス」

 大統領の「ウンザリ発言」は、コロナ感染者急増を受け、カステックス首相が昨年12月27日の緊急記者会見で発表したコロナ対策を踏まえたものだ。フランスでは年末年始にかけて、重症率が高いデルタ株に加え、感染率が高いオミクロン株の侵入で、1日の感染者が30万を超える緊迫状況に。重症病棟の入院患者も平均3000人前後で、死者も1日に300人を超える日もあった。

 発表されたコロナ対策は、①6歳以上を含む外出時のマスク必着、②カフェの立ち飲み禁止や公共交通機関内での飲食禁止、③「ワクチン・パス」のレストランや映画館、公共交通機関、公共施設などでの提示義務付け――など。

 なかでも論議を呼んだのが「ワクチン・パス」だ。コロナ感染の陰陽を示す「陰性パス」でOKだったレストランなどへの入店が、「ワクチン・パス」がないと入れなくなるからだ。実質的な「ワクチン接種義務化」である。

 これまでは、唾液などによって「陰か陽かの」検査結果が15分程度で判明するテント張りの仮検査場が町の随所にあり、市民はもとより観光客などもそこで検査を受け、「陰性パス」を入手してレストランなどに入っていた。それが、できなくなる。

ワクチンをめぐるフランスの状況

 フランス人の1回目のワクチン接種者は5000万人を超え(2022年1月7日現在)、国民の9割に達する(人口約6600万人)。65歳以上の老齢者や既往症ありの人の4回目接種も検討されている。

 「自由、平等、博愛」のフランスだけに、ワクチン接種は無料。社会保障制度に加入しておらず、従って健康保険の負担金も払っていないフランス在住の外国人も、その恩恵に預かっている。

 一方、ワクチン拒否者も約500万人余(連帯・保健省)いる。これまた「個人の自由」尊重で強制はできない。一番多いのが35~49歳で約120万人だ。次いで12~17歳が約100万人(未成年は両親の承諾がいる)、50~64歳が約90万人、60~79歳が約60万人、80歳以上が約50万だ。

 理由は様々だ。壮年層に多いのが、「自分は健康でこれまで病気をしたことなし」。アレルギー体質や既往症、病弱で副反応が怖い。宗教上の理由もある。87歳のブリジット・バルドーは、「あらゆる化学物質に反応がある」と副反応が強いことを打ち明け、「いずれ死ぬ日がくるから」とワクチン拒否を宣言している。

BOLDG/shutterstock.com

「弱者切り捨て」「個人の自由無視」の怒りの声も

 「ワクチン・パス」は法制化の必要があるため、1月15日からの実施を前に、1月4日から国民議会(下院)で審議されたが、議論が沸騰。1月7日未明にやっと採決され、上院の審議に回された。

 賛成は与党・共和国前進(LREM)を中心に214、反対93、欠席27だった。賛成票には野党の社会党やLRも含まれている一方、反対票にはLREMの3票があり、「ワクチン・パス」に対する複雑な国民感情がうかがえた。

 国民議会での審議開始直前には、「副反応が強い弱者切り捨て」「個人の自由無視」と怒りの声をあげた団体がネットで呼びかけた反対署名120万が、国民議会に届けられている。署名運動は150万を目指して続行中だ。8日の土曜日には総計約12万人が「ワクチン・パス」反対のデモを展開。与党議員に「死」の脅迫状が届く騒ぎもあった。

大統領選での「極右票狙い」の深慮遠謀

 大統領の発言に関しては、突発的な失言ではなく、事前に予定されたメディアとの単独会見での発言だけに、当初から、3カ月後の大統領選を控えた深慮遠謀に基づくものとの指摘があった。

 知人のフランス人記者は、「俗語まで使ってのワクチン拒否組への非難は、明らかに極右票狙い」と指摘する。

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