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無所属5人を「触媒」に自民党に代わる政治勢力をつくる~令和の政治改革という挑戦

既存の政党の枠組みでは平成の30年間で停滞した日本の危機的な状況は打開できない

福島伸享 衆議院議員

 「平成の政治改革」が目指した二大政党による政権交代可能な政治は、民主党政権が崩壊した2012年からずっと自民党政権が続くことで、リアルを失いつつあるように見えます。しかし、政党から離れ今回、無所属で返り咲いた福島伸享(のぶゆき)衆院議員は、やはり「自民党に代わる政治勢力をつくらないといけない」と言います。無所属で当選してきた4人の議員とつくった「有志の会」を足場に、政治をどう変えていくのか、そのために何が必要か。17日から始まる通常国会を前に「令和の政治改革」にかける思いを語ります。(聞き手・構成 論座・吉田貴文)

福島伸享さん=衆院議員会館

なぜ無所属で立候補したのか

――昨年10月の衆院選に無所属で立候補。自民党候補を破って当選し、4年ぶりに国政に復帰しました。どうして無所属で選挙に挑んだのでしょうか?

福島 2003年に初めて衆院選に立候補した時から、「自民党に代わる政治勢力をつくらないといけない」という思いを抱いてきました。私は成人してから一度も自民党に投票したことはありません。とはいえ、55年体制の下の左翼にシンパシーはありません。初めて投票した政党は新党さきがけでした。一貫して自民党に代わり得るリベラル保守の政治勢力を志向してきたわけです。

 しかし、現在の政治を見渡した時、既存の政党の枠組みでは、自民党に代わる政治勢力はできそうにない。そう思って無所属を選びました。

――09年、14年の衆院選では、民主党から当選していますが……。

福島 民主党系をルーツとする野党の政治家が、09年から12年までの民主党政権の失敗をきちんと総括していないのは、深刻な問題です。それどころか、民主党政権で表舞台にいた政治家たちが今なお、有権者から否定されているにもかかわらず一線にしがみついている。これでは、有権者から支持されるはずはありません。

「平成の政治改革」が目指した政権交代可能な政治

――なぜ、「自民党に代わる勢力」なのですか。

福島 平成元(1989)年に「東西冷戦」が終わった時から、自民党による政治が限界にきていること、冷戦下には適合していた与党・自民党と野党・社会党によるいわゆる「55年体制」に代わる政治の枠組みが不可欠であることは、多くの人の共通認識でした。

――確かに、1990年代から始まる「平成の政治改革」の目標は二大政党による政権交代可能な政治。「55年体制」にかわる新たな政治システムを志向していました。

福島 自民党政治は明らかに制度疲労を起こしていました。その最初の現れが、1993年の細川護熙・非自民連立政権の誕生です。これで自民党しか政権をとらないという時代は終わったのです。

――当時、私は首相官邸で官房長官の担当記者でしたが、自民党的な政治スタイルが変わるのを現場でまざまざと感じたのを覚えています。細川政権では、自民党政権では果たせなかった政治改革が実現し、衆議院の選挙制度が中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変わって、政権交代可能な政治に向けて一歩を踏み出しました。

福島 細川政権は9カ月という短命に終わりますが、その後、新進党など様々な政党が離合集散を繰り返すなかで、民主党が結党されます。96年から始まる新選挙制度による衆院選のもと、民主党はじわじわ党勢を拡大し、2009年、ついに戦後初めての選挙による政権交代を実現しました。そこで掲げたのが、自民党政治とは異なる「政治主導の政権運営」でした。

 ところが、民主党はこの機会を生かせなかった。原因は「政治主導」の意味をはき違えていたことです。「政治主導」とは「立法府主導」なんですが、それを分かっていなかった。

衆院選で大勝し当選者の名前に笑顔で花をつける民主党の鳩山由紀夫代表。政権交代を果たした2009年8月31日、東京都港区の民主党開票センターで =

「真の政治主導」を実現できなかった民主党政権

――どういうことですか?

福島 政治主導とは、立法府である国会が主導して政治を行うことです。つまり、民意を反映する国会で法律がつくられ、その法律に基づいて政府が動くのが、真の政治主導なんです。ところが、多くの民主党議員は「政治家主導」と取り違え、各省の大臣や副大臣、政務官になったとたんに、自分が力を持ったと勘違いしました。それだと、自民党政権と同じです。

 憲法上、国会には強い権限が与えられています。立法府の承認を得なければ、政府与党といえども何も進められません。ところが、政府に入った民主党議員は権力を手にして何でもできると考えた。そして、消費税の問題などを推し進め、党をバラバラにして有権者の失望をかい、結局、政権を失った。

――野田佳彦政権で消費増税法案が提出された際、福島さんは党方針に反して反対票を投じ、党員資格停止処分を受けています。他にもこの法案をめぐり離党者がでるなど、民主党内は文字どおりバラバラになりました。

福島 バラバラになったのが民主党政権の失敗の原因だと言われますが、バラバラになったのは結果であって、失敗の原因ではありません。本当の原因は、立法府が法律をつくって行政府を動かしていくという「真の政治主導」を実現できなかった点にあると思います。

国会議事堂=2022年1月12日、東京都千代田区

自民党政権は国民の四分の一の支持しかない

――その後、政権を奪還した自民党が、公明党と連立しつつ、安倍晋三政権、菅義偉政権、岸田文雄政権と政権を担い続け、政権交代可能な二大政党制はすっかり影を潜めています。

福島 2012年の民主党政権の崩壊から、民主党系をルーツとする野党は低迷し続けています。国民は「あなたたちの政治は、我々の期待にこたえるものではない」と退場を宣告している。にもかかわらず、政党の合従連衡などをして、居座っている。議員として生き延びようとしているだけと、野党の政治家たち、おそらく私もそう見られていたと思います。その象徴が、2017年10月の衆院選で起きた「希望の党の騒動」でした。

 私自身は、民主党系をルーツとする野党の限界を乗り越えるためにも、民主党を超克する政党を旗揚げしようと考え、主導していた立場でしたが、多くの国民にすれば、前原誠司さん(当時、民進党代表)のもと民進党議員が「希望の党」になだれ込み、しかも排除され、揚げ句のはてに立憲民主党ができるといった「ドタバタ劇」を見せられ、すっかり白けてしまったと思います。

――一方で自民党は長期政権を維持しています。冷戦が終わって時代遅れになったはずの自民党は、時代に合った政党になっているのでしょうか。

福島伸享さん=衆院議員会館
福島 そうではありません。自民党への支持は決して積極的なものではない。2009年までと12年以降で決定的に違うのは国政選挙の投票率です。09年衆院選の69.28%以降、衆院選の投票率は下落の一途で、ここ数回は50%台の低投票率。自民党はそこで半分の票をとっているだけ。全体からすれば四分の一の支持に基づく権力に過ぎません。

 無党派層、無関心層っていいますが、私の皮膚感覚では、投票に行ってない人のほうが政治意識が高いと思えてなりません。入れたい党がないから、行く気にならないのです。こう言ったら怒られちゃいますけども、投票に行くのは、何があっても行く人たちで、政治に期待をしたり、政治で何かを実現しようと思ったりしている層は2012年以降、選挙に行かなくなっているんじゃないでしょうか。

 大多数の有権者から支持されていないという点で、時代に合った政党とはとうてい言えないと思います。

「希望の党騒動」の顚末

――先ほど言及された「希望の党騒動」の時は、安倍政権が森友・加計学園問題などのスキャンダルに見舞われ、支持率も低迷していました。小池百合子都知事が「希望の党」を旗揚げした直後は、ひょっとしたら政権交代があるかもという空気が漂いました。

福島 当時は「もりかけ」問題で安倍政権の支持率が20%台まで落ちていました。民進党議員だった私は国会で最初にこの問題を取り上げたのですが、いざ安倍首相を追及しようとしたら、事務所に3人の党の弁護士が来て止められたんです。当時の幹事長からも、「君は永田君のようになりたいのか」と言われました。

――小泉純一郎政権の時、偽メール問題を国会で取り上げ、衆院議員を辞任することになった永田寿久議員の一件ですね。当時の前原誠司・民主党代表も責任を問われて辞任に追い込まれました。

福島伸享さん=衆院議員会館
福島 すったもんだしているうちに半月たって質問したら、安倍首相は「私や妻が関係したいたら、総理大事も国会議員も辞める」と言い、窮地に陥るわけです。さらに7月の東京都議会議員選挙では、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」といって信頼は地に落ちた。ただ、それでも民進党は安倍政権を倒せなかった。それは、先ほど言ったように、民主党政権の総括ができていなかったからです。

――それで、民主党とは別の政党を旗揚げしようと考えたわけですね。

福島 実は、もう少し時間をかけて党をつくろうと思っていたんです。きちんと理念をつくり、政策を練り、候補者を吟味する予定でした。おそらく安倍政権は新党の動きを察知し、機先を制するかたちで解散をうってきたんだと思います。

――あの時は9月の民進党代表選で前原誠司さんが枝野幸男さんを破り、新代表になった直後でした。新党構想について前原さんは関与していたのですか。

福島 前原さんは前原さんでいろいろと考えて動いていたでしょうが、それとは別に若手有志も独自で動いていました。2013年の参院選のマニフェストを細野豪志政調会長のもとで作った政調副会長の人たちが中核メンバーです。民進党には維新の会やみんなの党出身で旧民主党と縁のない若手議員が結構いて、彼らとも連携して準備を進めていました。

――小池百合子都知事は知っていたのですか。

福島 小池さんは餌の魚を狙って川に立つ鷺のように、その流れをずっと見てたわけです。党になりそうだとなった瞬間に入ってきた。小池さんと近かった「日本ファーストの会」の若狭勝さん(衆院議員)とも連携していましたから。

「希望の党」設立を発表する小池百合子・東京都知事=2017年9月25日、都庁

――「希望の党」の失速はやはり「排除発言」ですか。

福島 政治は本当に怖い。「排除します」発言で一気に流れが変わりました。なかでも「排除します」と言った小池さんの意地悪そうな表情が、テレビなどのメディアを通じて流れたのが効きましたね。

立憲民主党が衆院選で敗北したわけ

――その結果、枝野さんが前原さんと袂を分かって立憲民主党をつくり、「ブーム」を起こして野党第一党になった。

福島 私は「ババ抜きゲーム」にたとえているんですが、希望の党に民進党の議員が大挙して流れ込んだことで、旧民主党のイメージという「ババ」を希望の党が引いた。一方、そこからはじかれた人でつくった立憲民主党は、有権者にフレッシュなイメージをもたれました。野党第一党はその結果です。

――その立憲民主党も昨年の衆院選では、まさかの敗北を喫して、代表も枝野さんから泉健太さんに代わりました。一方で、日本維新の会や国民民主党という与党、野党の中間的な政党が存在感を示しました。

福島 希望の党で排除された人が立憲民主党を作ったはずが、そこにまた旧民主党の人が集まってきた。今の立憲民主党の顔ぶれみたら、民主党政権でおなじみの人たちがおり、背後には相変わらず連合がいてオーナーのように振舞っている。立憲民主党に民主党イメージという「ババ」が回ってきたのが、昨年の衆院選敗北の原因だと思います。

無所属5人の「有志の会」で何をするか

――福島さん自身は、2017年衆院選で落選されました。

福島 事前の調査では、比例復活もできないような数字でありませんでした。いろんな不運もありましたが、最後は創価学会の会長が水戸まできてネジを締めたり、安倍首相、石破茂氏、小泉進次郎氏など自民党の大物議員が次々と応援に入ったりで、安倍政権の総攻撃に遭ってあえなく落選してしまいました。

――それから4年、無所属で返り咲き、やはり無所属で勝ち上がってきた議員たちと「有志の会」をつくりました。間もなく通常国会も始まりますが、“無所属会派”でどう動きますか。

福島 旧民主党勢が、なぜ民主党政権は失敗したのか、どうして国民の支持を得られないのか、ということを総括してない以上、状況はすぐには変わらないでしょう。国民の思いと既存の政党の間に乖離があるなら、新しい枠組みをつくるしかありません。希望の党では失敗したけれど、自民党に代わる政党づくりに挑みます。「平成の政治改革」に代わり、令和4年の今、「令和の政治改革」への一歩を踏み出したいと思っています。

 無所属会派は5人と数は少ないですが、無所属で勝ち上がってきたいずれ劣らぬ猛者たちぞろいです。われわれは「触媒になる」と言っていますが、5人を核として、いろんな党にいる志を同じくする人が集まる「容れ物」をつくれればと思っています。

――いろんな党というのは、与党、野党……

福島 与野党を問わず全部の党です。

――まずは何から始めたいと考えていますか。

福島 個人的には、「党に縛られずに物事を考え、行動しよう」と、多くの国会議員の皆さん人たちに言いたいです。平成の30年間に、日本は停滞を続け、国際的な地位も経済力もすっかり低下してしまいました。こうした危機的な状況を目の当たりにして、党の方針がどうかより、一政治家であれば、個人として何をするかを考えるべきです。政治家は党に雇われているわけではない。国民の負託を受けた存在であり、自分自身で自らの行動を考えるべきだということを訴えたい。

 野党議員の多くは「地盤、看板、カバン」がないなかで、選挙に出ているので、党から離れるのが怖いのは分かります。私もそうでした。でも、それを断ってたってみたら、本当に国民と直接つながれる。有権者が「ようやく自分たち国民の思いをわかってくれたのか」と集まって寄ってきてくれた。それがわれわれ無所属5人の実感です。

 政治家が、政党のためじゃない、国民のために自分は政治をやっているという姿を見せてはじめて、膨大な数の国民が動く。われわれ「有志の会」は、そのことに気付いた人たちが集まるの「器」としてありたいと思います。

福島伸享さん=衆院議員会館

通常国会では経済安保法案の議論を

――政策はどうでしょうか。

福島 今回の通常国会でわれわれが重きを置いているのは経済安保法案です。確かに、米中対立が深まっているなか、経済安保は重要な政策課題です。でも、具体的な政策が本当に日本の国のため、日本の経済のため、産業のためになるものなのかは、多少眉に唾をつけて考えなくてはいけない。

 アメリカも中国を懲らしめると言いながら、中国との経済関係は一定のものを維持しています。日本の政策は、ともすると政策目的があいまいになる場合が少なくない。経済安保であれば、あるモノを中国に渡さないこと自体が目的なのか、私はそうではないと思います。米中の狭間で、いかに日本がしたたかにお金を稼いでいくルールを作るかが大切なのであって、規制すること自体が目的になってはいけません。

 まだ法案が出てきていないので、詳しくは分かりませんが、まずはその辺りから議論して、本質的な政策論を展開していきたい。

――岸田政権をどう見ますか。

福島 「時を刻むだけの政権」だと思います。要するに、激動の時代にもかかわらず、大したことをしないまま無為に時間を過ごして、いろんなものが先送りされ、何も動かない政権。安定を望む国民にとっては、安心できるスイートな政権でしょう。

 平時なら、岸田さんはいい首相だと思います。しかし、日本の現状を考えた時、岸田さんでいいのかは考えないといけません。ただ、野党にすれば、戦いづらい相手です。のれんに腕押しというか、柳のような強さがあるので、手ごわい存在だと思いますね。