核軍縮を政策の柱に掲げる初の政権――分断が深まる世界の「橋渡し」に具体策を
2022年01月18日
第二次世界大戦の終結から77年が経過して、国際情勢は相対的に安定に向かっていると評価できるが、現下の主な不安定要因は、北朝鮮による核・ミサイル開発問題を除くと、ウクライナに関するロシアの動向と台湾に対する中国の出方と言えよう。ここで留意すべきは、この二つの当事国とも核兵器を保有する国連安保理常任理事国であり、世界の安全保障に重大な責任を有する国ということである。地域紛争の解決に核の影をちらつかせることは断じてあってはならないが、そもそもすべての核保有国の責任として、まずは核戦力の透明性を図り、同時に核兵器不拡散条約(NPT)に規定されている核軍縮交渉を誠実に遂行する義務がある。
NPTが発効してからも既に52年が経つが、その間の核軍縮交渉は、米ソ(露)間の戦略兵器削減条約(START)及び中距離核戦力全廃条約(昨年失効)を除いては見るべき成果を挙げず、その結果、現在の核弾頭保有数を見ると、ロシアが米国をしのいで世界第1位、中国が英仏を抜いて第3位となり、核戦力のバランスは自由主義陣営に不利に展開している。
昨年10月に発足した岸田内閣は、歴代の日本の内閣の中で、恐らく初めて核軍縮の推進を外交政策の主要な柱の一つと掲げる政権と思われる。
岸田首相は就任後初の所信表明演説において、「被爆地広島出身の首相として、私が目指すのは核兵器のない世界です。……唯一の戦争被爆国としての責務を果たし、……核兵器のない世界に向け、全力を尽くします。」と明言した。さらに12月の臨時国会における所信表明演説においては、「核兵器のない世界に一歩でも近づくことができるよう、核兵器保有国と非保有国の信頼と協力の上に、現実的な取組みを進めてまいります。このためにまずは核兵器不拡散条約運用検討会議の成功が重要であり、(日本は)積極的な役割を果たしていきます」と述べた。
核軍縮推進についての岸田首相のこの意欲を、政府全体として、また核のない世界の実現を願う多くの国民が一致して、全力で支えていくべきと確信する。
今年は、核軍縮に関する二つの重要な会議が開催される予定である。一つ目は、5年に一度開催されるNPTの運用検討会議であり、コロナの影響で延期が繰り返されて、目下8月頃をめどに調整中である。二つ目は、NPTの重要な要素である核兵器保有国による核軍縮交渉が全く進展を見ないことにしびれを切らせた核兵器非保有国が、核兵器の製造、取得、使用、威嚇などすべての側面を禁止する趣旨の核兵器禁止条約を昨年1月に発効させたが、その第1回の締約国会議が3月に予定されている。
① 米ロ間の信頼関係が薄れ、両国間の核軍縮条約は、昨年2月に5年間の延長が合意された戦略兵器削減条約(START)のみとなっている。
② 核を保有する5か国(P5)内の対立は激しく、特に中国が米国との均等を主張して、核軍縮には全く後ろ向きである。
③ 核兵器禁止条約の成立以降、これを主導した諸国とP5との信頼関係が著しく欠如しており、合意文書案の作成を含むNPT運用検討会議の準備も停滞している。
このような状態で、本年、核兵器禁止条約締約国会議が開催されても、また、NPT運用検討会議が延期されて8月頃に開催されても、ともに実質的な内容のある合意文書の作成は容易ではないと見受けられる。そこでこのような事態を打破して、今年の核軍縮交渉を前進させるためには、日本が果たすべき役割は何であろうか。
予定されていたNPT運用検討会議開催日の前日である本年1月3日に、突然、P5諸国は「核戦争防止と軍拡競争回避のために共同声明」を発出した。
多くの識者は、この声明は5か国が、NPT運用検討会議において、非保有国側から核軍縮の停滞について非難されることを予防するために先手を打った戦術的なものと理解している。日本を含むいくつかの国は、「核兵器のない世界の実現に向けた機運を高めるもの」としてこれに歓迎の意を示した。確かに核保有5か国によるこのような共同声明は前例のないものであり、その姿勢は評価しうる。
しかし、この声明は英文にして300語程度の短い精神的規定であり、NPT第6条の核軍縮交渉の遂行義務に言及はしているものの、具合的な内容は何も示されていない。今後、運用検討会議の議論を通じて、5か国側に核軍縮交渉で推進すべき諸措置(例えば、核兵器の透明性向上、核リスクの低減、核軍縮教育の促進など)についての具体的内容を示すよう追及していくことが重要である。
岸田首相は、前述の10月の国会における所信表明演説においては、「核兵器のない世界を目指し、……核兵器保有国と非保有国との橋渡しに努める」旨を強調した。この「橋渡し」は、日本が唯一の戦争被爆国として長年にわたって、国の内外に向かって訴えてきたスローガンでもある。日本は「橋渡し」の役割を実際に果たして来れたのであろうか。
この流れが、前述の通り、岸田首相が各国の立場の分断について深刻な危機感を表明した昨年12月の官民合同の国際会議につながるのである。これらの日本の努力は称賛に値するも、残念ながら、各国間の分断を狭めるだけの効果を挙げているとは言い難い。
それが顕著に表れたのは、2017年に開始された核兵器禁止条約交渉において、日本政府の軍縮代表部大使が、冒頭のセッションで日本の立場を説明しただけで退席し、以後の条約交渉には一切かかわらなかったことである。しかしながら、国際条約の締結交渉において、交渉に参加して議論に加わることと、その条約に署名、批准することとは全く別のことである。
日本政府の説明によると、この条約にはすべての核保有国が反対であり、もしこれが成立しても核保有国の不参加は明らかであるので、条約の実際的意義は薄いのみならず、核保有国と非保有国との分断は一層鮮明になることが予想されたので、日本政府は最初から交渉にはかかわらない、との立場である。
もし合意された条約が、日本の安全保障の基軸である日米同盟に悪影響を与える内容のものであれば、それに日本が署名できないことは明々白々である。他方、何らかの核兵器禁止条約が成立する見込みであるならば、日本としては、その内容が日本の安全保障、ひいては西側諸国全体の安全保障を阻害するものとはならないように、交渉の内側からぎりぎりの努力を行い、結果が不十分であれば署名はしない、という対処はできなかったのであろうか。
この条約は1年前に発効し、現在の締約国は59か国に達している。これは世界の4分の1以上を占める数であり、決して無視はできない勢力である。岸田首相の懸念した分断は、核保有国と非保有国との間の分断だけではなく、非保有国の間にも、核兵器禁止条約の締約国とそれ以外の諸国の間に、新たな分断を生じさせてしまった。
核兵器禁止条約が脚光を浴びるようになって以来、この条約を推進してきた諸国と日本との間に十分な対話が行われたのかは疑問が残る。例えば、昨年の国連総会に日本が主導して提出した核兵器廃絶決議においては、すでに1月に発効している核兵器禁止条約について全く言及がなかった。
この条約は決して日本政府が賛成できる内容ではないが、岸田首相は昨年12月の核軍縮の実質的進展のための官民合同会議において、「核兵器禁止条約は、核兵器のない世界への出口ともいえる重要な条約」とも述べている。そうであれば、日本提出の国連総会決議案において、この条約の限界に十分言及した上で、例えば「核廃絶の出口」としては有用な条約であるとの趣旨の一文を含めることにより、条約を推進する諸国の顔を立てることは出来なかったのであろうか。
この決議案は成立はしたが、核兵器禁止条約の締約国の反発を招き、27か国という多数の国が棄権した(米、英、仏は賛成、ロシアと中国は反対)。
核軍縮推進を外交政策の柱の一つと位置づける岸田政権の誕生は、日本国内の意識に刺激を与えるのみならず、国際社会に対しても、「核兵器のない世界」に向けての日本の本気度を訴えるものになる。その観点から今年の日本の核軍縮・不拡散活動は特に重要であり、具体策として以下の3点の実施を期待したい。
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