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世界最北の島グリーンランドとデンマークをアートで繋ぐ若者たち

デンマークとグリーンランドの微妙な関係性を背景にした彼らの活動とは?

ERIKO モデル・定住旅行家

 筆者は、国内外のある地域の家庭に一定期間滞在し、生活を共にしながら、家族らの生活やその土地の文化、習慣を配信する「定住旅行」をライフワークにている。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大でしばらくお休みしていたが、2021年秋、数年ぶりに再開させた。

 今回の“定住地”は世界最北の島グリーンランド。昨今、地球温暖化や資源開発で注目を集めている地域だ。

 グリーンランドはデンマークを構成し自治政府が置かれているが、地理的、政治的などさまざまな要因から、必ずしも親密な関係とは言い難い。そんな微妙な関係性をアートを通じた交流によって繋ごうと試みる若者たちに出会った。デンマークとグリーンランドの関係、そして彼らの活動とはいかなるものか。

ユリアの作品が表紙を飾る「Tidsskriftet GRONLAND」(撮影・ERIKO)

デンマークの影響が色濃いグリーンランド

 グリーンランドへ入国するには、まずデンマークに入り、直行便に乗り換えなければなければならない。筆者は今回の旅で、グリーンランド専門旅行会社であるVIKINGトラベルさんにコーディネートを依頼した。

 渡航前、グリーンランド入国の際のCovid−19や入国制限情報は集めていたが、情報に誤りがないかデンマークの入国管理局で確認を行ったところ、同局員からの返答は、「グリーンランドの情報はここでは分からない」というものだった。なぜかと質問すると「遠くて情報が入ってこない」とのことだった。

 日々変化するパンデミックのレギュレーション対応に追いつけないこともあるだろうが、グリーンランドとデンマークの関係性には、どことなく距離感があると感じさせる出来事だった。

 グリーンランドでは、暮らしの中でデンマークの存在を感じる機会は多い。日常的に用いられる言葉はデンマーク語だし、家の様式、食文化などにもデンマークの影響が色濃く現れている。グリーランドにいながらデンマークの文化を学ぶことは多々あった。

カラフルな家々が建つグリーンランドの首都・ヌーク Mathias Berlin/shutterstock.com

「どんな“国”なのか想像できない」

 一方、デンマークに滞在中、デンマーク人にグリーンランドについて尋ねると、大概の人は首を横に振って「どんな“国”なのか想像できない」と言った。

 旅行で訪れたことがある人たちにも幾人か出会ったが、景色が美しいなどという表面的な感想だけで、グリーンランド人がどんな人たちで、どんな生活をしているかなどには関心が薄いようだった。

 デンマーク人が抱くグリーンランドのイメージは、決してポジティブなものとは言い難い。政府が多額の援助している“国”、独立をしたがっている“国”、公園などでたむろして酒を飲んでいる人たちが多いといった印象が先行するようだ。

 背景には、メディアの報道、教育、支援活動から得られる偏った情報などが影響している。デンマークの義務教育では、“領地”であるグリーンランドやフェロー諸島のことについて学ぶ機会は、まったくと言っていいほどない。

 稀に歴史の授業で、グリーンランドとデンマークの関係に詳しい教師が説明をすることがあるそうだが、表面的な歴史的事実をなぞるだけで、グリーンランドの文化などに詳しく触れることはほとんどない。

 グリーンランドで社会問題となっているアルコール中毒、性暴力、自殺問題緩和に取り組むデンマークのボランティア団体が、東グリーンランドを中心に支援活動を行っているが、彼らの断片的な情報が流布することで、かえってグリーンランド人の「負の面」が拡散され、一定のイメージを形成してしまっているようにも見える。

植民地支配から脱し自治権を獲得

グリーンランド植民地化した宣教師ハンス・エゲデ(撮影・ERIKO)
 デンマークとグリーンランドの関係は、1728年ノルウェー系デンマーク人宣教師のハンス・エゲデ率いる50名の遠征隊がグリーンランドの地にやってきて植民地支配を行ったことに始まる。それまでグリーンランドの土地には、アラスカを起源とする捕鯨を生業にしたイヌイットと呼ばれる人びとが暮らしていた。

 230年間に及ぶデンマークによる植民地支配の間、デンマーク政府は先住民のキリスト教への改宗、デンマーク式の教育制度を設けるなどの改革を行い、狩猟や漁労をしながら生活していた人びとを、集合住宅に集めて現代的な生活を強いるなど、定住政策を促進した。グリーンランドは現在、アルコール依存症、自殺率世界一など多くの社会問題を抱えているが、これらの問題の発端も、デンマーク人が持ち込んだアルコールや、彼らの打ち出した政策が負の遺産がもたらした結果のとも言える。

 1979年に自治法が可決、2009年には大きく改正され、政治的な権限と責任がグリーンランド政府に移譲された。現在、グリーンランドの社会組織に対するデンマーク政府の干渉は少ない。一部の国民はデンマークからの独立を望んでいるが、グリーンランドはデンマークから送られる毎年約650億円の援助金で多くを依存しており、経済的に完全に独立するのは現実的ではない。

 筆者がグリーンランドに滞在中、デンマークのマルグレーテ2世女王がグリーンランドを公式訪問された。グリーンランド人の中には、王室関係者の訪問を快く思わない国民もいるが、多くの人たちがデンマークの国旗を振り、温かく女王を歓迎した。アウトドア好きで庶民的な印象のあるデンマークの次期国王のフレデリク皇太子は、グリーンランドを何度も訪問して犬ぞりで極地探検なども行っており、グリーンランド人には親近感のある人物として捉えられている。

グリーンランドの伝統技術や精神性に感銘を受けて

デンマーク人アーティストJulie Bach ©︎Thomas Michael Ahern(Julie提供)

 2021年9月、グリーンランド第三の街、西部のイルリサットの美術館で「Breathing Hole」と題した展覧会が開催された。主催したのは、デンマーク人アーティストのユリア・バッハ(Julia Bach)を中心とした、デンマーク人3人、グリーンランド人2人のメンバーで構成されたアーティストグループである。

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