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【21】「リスキリング」でも「リカレント教育」でも出遅れる日本:世間体が足かせに?

塩原俊彦 高知大学准教授

世界のリスキリングへの動き

 有名な世界経済フォーラムでは、2018年から3年連続で「リスキル革命」と銘打ったセッションを行ってきた。2020年のフォーラムでは、「2030年までに10億人の人々に新たな機会を提供する」ためのリスキル革命が議題となった。こうした問題意識には、人工知能(AI)の進化などによる「第四次産業革命」によって、雇用市場において、「1億3300万の新しい役割が創出される一方で、これらの新技術によって7500万の仕事が奪われる可能性がある」という、2018年の同フォーラムの予測がある。

 リスキル革命はAI化などのテクノロジーの発展を前提としている。そうした再教育に際しては、「将来最も急速に成長する職業に焦点を当てることがとくに重要になる」ことから、世界経済フォーラムでは、「ケア、エンジニアリングとクラウドコンピューティング、セールスマーケティングとコンテンツ、データとAI、グリーンジョブ、人材と文化、専門的なプロジェクトマネージャー」という七つの専門分野で多くの雇用が増加するとみている。

 この予測が当たるかどうかにかかわらず、著しいテクノロジーの発展によって、大きな変化が訪れることが確実な以上、少なくとも米国ではリスキリングを重視する動きが広がっている。

 2018年7月19日、ドナルド・トランプ大統領(当時)は「米労働者のための国家評議会」を設立する大統領令に署名し、「米国労働者への誓い」を開始した。「我々の国はスキルの危機に直面している」という基本認識にたって、当時、「670万件以上の未充足の仕事」があるとの立場から、「生涯学習とスキルベースのトレーニングの環境を整え、需要に応じた労働力開発のアプローチを育成しなければならない」と、トランプは考えたのである。そのために、需要の高い産業で必要とされる労働者を訓練・再訓練するための国家戦略を策定するための機関を設置すると同時に、企業や団体にこうした機会をあたえることを誓約してもらい、労働者への訓練・再訓練を推進しようとしたのだ。

 1年後の2019年7月25日、ホワイトハウスは「米国労働者への誓い」の1周年を祝った。その段階で、300以上の企業・団体が誓いに署名していた。署名企業は米国の学生や労働者に新たな機会を提供することを約束したことになるが、それはあくまで口約束にすぎず、法的な枠組みがあったわけではない。ゆえに、トランプが大統領選で敗北したことで、同評議会そのものが2020年9月23日を最後に開催されていない。

 革新的なのはスウェーデンだ。2021年6月、スウェーデンのエヴァ・ノルドマルク労働大臣は、国会・政府に対し、スウェーデン労働法の改革案を提示した。この改革では、同じ会社で8年勤務した後に1年間教育・訓練に参加する権利が与えられる。このとき、給与の最大80%が支給されるという極めて画期的な内容となっている(ただし、教育訓練は本人の選択によるものではなく、雇用に貢献するものでなければならない)。同年11月には、ブルーカラー労働組合連合(LO)の指導部は労働法改正に関するスウェーデン企業同盟との協定に合意するよう、同組合の総評議会に勧告することを決定したという。

個別企業に動き

 企業レベルでみると、マイクロソフトが2020年から世界中でGlobal Skills Initiativeを開始するなど、デジタルスキルの向上支援サービスの提供が広がりつつある。日本でも、同年12月からマイクロソフトのサービスがはじまった。①COVID-19 の影響で職を失った者、②新たにデジタルスキル取得をめざす者、③新卒学生――などを対象に、IT スキルに加えて、関連するコミュニケーションスキルなどの習得支援が実施されるようになっている。

スキルアップ拡大オンライン教育でスキルアップ=airdone/shutterstock.com

 2021年2月に公表された、リクルートワークス研究所の石原直子主幹研究員の「リスキリングとは」によると、日本国内では、たとえば、日立製作所は国内グループ企業の全社員約16万人を対象に、DX基礎教育を実施するというかたちで、リスキリングに取り組む(DXについては、拙稿「デジタル・トランスフォーメーション(DX)は世界の潮流」を参照)。富士通もDX化に呼応した企業内部の変革のためにリスキリングを重視する。

 2021年12月21日に公表された「ヤフー、全社8000人を先端IT人材に 再教育で転換」という記事によれば、2023年度までに全社員約8000人を再教育し、業務で人工知能(AI)を活用できるようにするという。

 すでに、日本にもトレノケートホールディングスというIT人材育成の専門企業もある。

日本のお粗末なリカレント教育

 とはいえ、会社が独自に社員教育の一環として、本格的なリスキリングに取り組むケースは決して多いとは言えない。そうなると、最初に紹介した第二の方法、すなわち、会社を辞め、学校で学び直すという選択肢が気にかかる。いわゆる「リカレント教育」は、一生涯にわたって教育と就労のサイクルを繰り返す学習制度のことであり、自分の人生をより柔軟に過ごす方法として十分に考慮に値する。

 ところが、日本の場合、

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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