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 台湾は日本の最西端に位置する沖縄与那国島から111キロという近さにあり、もしも台湾有事になれば日本がどれほどの影響を受けるかは想像に難くない。2021年3月に米国インド太平洋軍デービットソン司令官(当時)は上院軍事委で「6年以内に危機が明らかになる」と証言し、一方11月にミリー統合参謀本部長は当面の有事の可能性は高くないと述べたと伝えられる。日本への影響の甚大さに鑑みれば、台湾有事の可能性を客観的に評価しておくことが重要である。折しも欧州では「ウクライナ有事」の緊迫感が増している。

中国にとって台湾問題とは、そして日、米の考え方は

 台湾有事とは、中国が台湾の再統一のために軍事侵攻をはじめ、中台間で戦闘になることを意味するが、中国の意図と能力をどう評価するのか。そして米国や日本はどういうアプローチをとっているのか。

中国:台湾統一を「するかしないか」でなく「いつするか」の問題

拡大中国共産党結党100周年を祝う式典で天安門の楼上から演説する習近平党総書記。台湾問題については「祖国統一は揺るぎない歴史的任務」と述べた=2021年7月
 中国は「台湾は中国の一部」であるとする「一つの中国」原則の貫徹を国家的使命とし、平和的統一を行うとしながらも軍事的統一の可能性を否定していない。中国は従来「一国二制度」を台湾に適用することに言及していたが、香港の「一国二制度」自体が事実上崩壊した。習近平総書記の「中国の夢」は中華人民共和国建国100周年の2049年までに米国と肩を並べる社会主義現代化強国に発展するとともに、台湾を含む領土的一体性の確保が不可欠であるとする。

 台湾統一は、するかしないかという問題ではなく、2049年に向けて何時、統一するかという問題と捉えているのだろう。中国は「台湾が独立に向けて明白な動き」をすることはレッドラインを超えるとみなし、これを阻止すると表明している。ただ、何をもって明白な独立に向けた動きなのかが明らかにされているわけではない。

台湾:蔡総統は「現状維持」、野党・国民党の対中融和姿勢に変化も

拡大台湾の建国記念日にあたる双十節の式典で演説する蔡英文総統=2021年10月10日、台北市
 台湾の蔡英文総統は両岸関係の現状維持に最大限努力するとしており、どの調査機関かにもよるが、台湾の世論調査でも独立支持は大勢に至っていない。台湾にとり中国は輸出総額の約42%(香港を含む)を占める(2020年)ほどの深い経済相互依存関係にあり、中国は台湾の企業・個人に対する優遇措置を実施するなど硬軟織り交ぜた政策をとってきている。

 中国は2024年の台湾総統選挙・立法委員選挙で従来、中国との対話・交流強化を進めてきた最大野党国民党の勝利を期待するのだろう。しかし国民党も香港の一国二制度の崩壊とともに、中国への融和的姿勢は変化させている。

米国:「戦略的曖昧さ」を見直す機運

拡大バイデン米大統領(BiksuTong Shutterstock.com)
 では米国や日本の立場はどうか。米国は1979年中国との国交を樹立し、台湾と断交した。国交樹立に先立っての1972年のニクソン大統領訪中時に発出された「上海コミュニケ」において、中国は、台湾は中国の一部であるとの「一つの中国」原則を主張し、米国はこれを了知(Acknowledge)したが、同時に国交樹立に際して台湾関係法を成立させ、国内法という形で台湾に対する米国の政策を規定した。

 台湾関係法の中で米国は台湾の防衛力強化のため武器を供与することや、台湾住民の安全のために「適切な行動をとる」ことを定めた。これが「戦略的曖昧」と言われてきた枠組みであり、米国は台湾の防衛を支援するが軍事介入による防衛義務を明確にしないことにより、台湾の独立を抑止し、同時に中国による台湾軍事侵攻も抑止する政策をとってきた。

 台湾の民主主義的統治は進展し、経済的成長を遂げ半導体の生産基地としての重要性も増した。最近になって米外交問題評議会リチャード・ハース会長などが、中国の台湾へのけん制の激化を前に、最早この戦略的曖昧さは使命を終えたので、米国の台湾防衛義務を明確にすべしという主張を行い、米議会やメディアでもこれに賛同する意見もある。

日本:「一つの中国」尊重の一方、平和的解決が重要との立場

拡大中国の習近平国家主席との電話会談を終え、取材に応じる岸田文雄首相=2021年10月8日、首相官邸
 日本は1972年の日中共同声明により中国と国交を正常化したが、中国の主張する「一つの中国」原則を「十分理解し尊重する」とする一方で、台湾問題の平和的解決が重要という立場を明らかにしてきた。

 近年、日本の政治家の中には台湾有事は日本有事であるとして中国をけん制する向きも強くなりつつある。台湾よりも、むしろ米国や日本で台湾有事の危機を煽るような言論が盛んとなっているのは、米中対立が激化したからなのだろうし、国内政治の思惑もあるのだろう。

※本稿のテーマに関連して、YouTubeでも動画を公開した――『「台湾有事は日本有事」なのか?』【田中均の国際政治塾】


筆者

田中均

田中均(たなか・ひとし) (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官(96-98)、在サンフランシスコ日本国総領事(98-2000)、経済局長(00-01)、アジア大洋州局長(01-02)を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。2006年4月より2018年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、2019年11月10日刊行)、『日本外交の挑戦』(角川新書、2015年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、2009年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、2009年)など。 (Twitter@TanakaDiplomat)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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