旗幟鮮明で敵と味方を峻別する安倍流と真逆。「分かりにくさ」に絡め取られないために
2022年01月27日
確かに、岸田文雄という政治家は分かりやすくはないだろう。筆者の取材体験でも、大体こんな感じである。
例えば与野党の政策評や人物評を尋ねても、結論に至るまでが実に長い。
まずは、「こう言われていますよね」と永田町に流れる通説の評価を挙げ、論点ごとに自分の思う是非を丹念に並べ上げたあげく、ようやく出した結論も、「その評価も分からないではありません」などと二重否定文で終わったりする。結局のところ、本人の考えがよく分からないまま、終わるのだ。
少なくとも、完全肯定か完全否定かに両極化されがちな今日のデジタルな風潮とは、無縁の話し方なのである。
首相の座に就いたから、あるいは参院選を控えているから、安全運転に徹して腹の内を見せないというわけでもなさそうだ。
今から5年前、外相から自民党政調会長に転じた直後の2017年12月に産経新聞が行なったインタビューからして、既に「岸田流」だった。表題にしてからが「野党のリベラルとは、中身も実態も全然違います」と、あくまで相対的な立ち位置の説明である。
とはいえ、一瞬、おっと思わせる発言がないわけではない。時の安倍晋三首相に対して「政治家としての哲学、信念は簡単に言えば、首相が保守。あえて言えばタカ派なんでしょう。私はリベラル、ハト派」と言った。
翌年秋の総裁選に向け、さすがに慎重居士も首相との差異化を図り始めたかと思いきや、続く言葉は「首相と私は、政治信条の違いがあるんですが、政治にとって大事なのは、バランス」だった。その言葉通り、焦点の憲法改正論も平衡感覚が勝ち過ぎて、やはり何とも分かりにくい。
「安倍晋三首相(党総裁)は『自衛隊をしっかり明記することが必要ではないか』と提案しました。……私の『現行憲法下で合憲』という考えと、安倍首相の考えが両立するかは、じっくり考えてみないと分からない。ただ、首相は『明記するだけで実態は変わらない』という言い方をされる。そうならば私の考え方と矛盾しないので、提案は否定しません」
どうだろう。それこそこれが安倍氏なら、まずは自分の旗幟を鮮明にした上で、岸田氏との違いを強調してみせるに違いない。それが岸田氏の場合は、そもそも彼我の違いや敵と味方の峻別といったところからものごとを思考し始めないのかもしれない。
だとすれば、なぜ岸田首相が分かりやすくないと思ってしまうのか、そちらの方を考え直してみなければなるまい。
こうした雰囲気をまとう首相が他にいたかと取材の記憶を辿ると、ほぼ四半世紀前の1998年に首相に就いた小渕恵三氏に行き着いた。
誰にでもすぐ電話をかけ、知恵を授かろうとするので「ブッチフォン」と称された。参院選で自民党が惨敗し、衆参がねじれた直後に首相になったが、金融国会では、政府案にこだわりも見せず、民主党など野党案を「丸呑み」して金融再生法を成立させてみせた。
調整型とか「人柄の小渕」とか評するむきもあったが、そんな単純な話ではなかろう。中曽根康弘元首相がその融通無碍な手法に「真空総理」とあだ名を付けたのに対し、本人がいけしゃあしゃあと言い返したのには驚いた。
「おれは真空総理だから対立することはないんだ。無なんだ。空なんだ。ぼくがAで官房長官がBなら対立もあるが、Aがないんだ」
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