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「予測不能」とは「お先真っ暗」ではない~ニューノーマルの時代の羅針盤とは

新世代はすでに適応している。「大変化の時代」を悲観主義に陥らず受け入れて生きる

花田吉隆 元防衛大学校教授

Anuchit kamsongmueang/shutterstock.com
 突然、我々が生きている世界の座標軸が転換する。我々は、そういう先行き不透明な世界に生きている。しかし徒に悲観的になる必要はない。新世代は見事に変化をとらえ適応している。

冷戦終結時の「バラ色」の夢、30年経て「灰色」の世界に

冷戦終結の声明を出したマルタでの米ソ首脳会談に臨んだブッシュ米大統領(左)とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長=1989年12月3日
 我々は、一体どんな時代に生きているのだろう。英エコノミスト誌は、それを「予測不能なニューノーマル」な時代と表現した(The new normal. The era of predictable unpredictability is not going away. 日経に邦訳)。つまり、考えもしなかったニューノーマルが、ある日突然やって来て我々の日常を変える。一言でいえば、「先行きの見えない時代」ということだ。

 確かに、30年前と比べ今日は何という変化か。30年前、人々は冷戦の終結に際しバラ色の世界を夢見た。明日をも知れない核戦争の恐怖は終わりを告げ、自由民主主義が高らかに勝利を宣言した。これからは、自由民主主義が世界の隅々を覆っていく。しかし、30年経った今日、人々は、いいしれない不安に襲われる。バラ色とは打って変わった、何やら灰色じみた世界で、先行きが混沌とし見通しが効かない。

「孤の世界」―SNSが生む分断の危機

 人々が悲観主義に打ちひしがれるのには理由がある。

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 パンデミックの発生で、我々は考えもしなかった日常に突如放り込まれた。既にそうなって2年だ。非接触の世界とは、人と人とのつながりが断ち切られる世界だ。我々は突如として、「つながった世界」からバラバラな「弧の世界」に放り出された。

トランプ氏の「選挙は盗まれた」「議会へ向かえ」という演説を聞いた支持者らが連邦議会議事堂を襲撃。バイデン氏勝利の選挙結果を認定する会議が中断し5人が死亡した=2021年1月6日
 確かに、我々は、新たにスマホを手にし、SNSでかつてなかった広がりのつながりを手に入れた。オンライン会議は、飛行機で出かけていかなくても、居ながらにして人とつながることができる。しかし、SNSが、逆に虚偽の事実を拡散させ、社会がすっかり分断の危機にさらされてしまったことは疑いないし、人々が、発信力を手にしたはいいが怒りが容易に拡散することとなり、何らかの規制の必要が叫ばれているのも事実だ。オンライン会議も、画面上のつながりが、対面とは比べようもなく、服の上から掻いているかのようであることは否定しがたい。

パンデミックと気候変動の襲来、有効な体制築けず

 温暖化は、思ってもみなかった異常気象をもたらし、数年に一度とされる災害が毎年のように我々を襲う。気候変動もパンデミックも、本来であれば、人類が協力できる絶好の機会のはずだ。かつて、レーガンはゴルバチョフに、火星人がやってきたら米ソ対立はなくなると言ったという。確かに、外敵の襲来があれば人は互いに争ってなどいられなくなる。

 今の時代、外敵とは気候変動でありパンデミックだ。だが、我々はこれら「外敵の襲来」を前に、有効な協力体制を築けずにいる。かくて、世界は後戻り不能とされる気温上昇のレベルに刻々と近づき、先進国でワクチンの3回目接種が進む中、アフリカの人々は1回目接種すらままならない。

北極圏にあるノルウェー領・スバールバル諸島の北東島。氷河の末端では至る所で滝のように水が落ちていた

社会の公正へ疑念、ポピュリズムが世界を席巻

米アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏
 所得格差はかつてないレベルにまで広がった。パンデミック以前ですらそうだったが、パンデミックによる各国の緩和策により、富める者は益々富み、貧しい者は益々貧しくなってしまった。潤沢な資金が株式市場に流れ込み、株保有者の懐をかつてないほど潤していく。ジェフ・ベゾスは、有り余る金を使って宇宙旅行などせず貧乏人をもっと助けたらどうか、と思うのは貧しい者のひがみか。

 しかし、人々が社会の公正に疑問を抱き始めたのは危険だ。製造業で有利な地位を享受していた白人中間層が、デジタル化の進行とともに没落の憂き目にあい、今やポピュリズムが世界を席巻する。確かに、株高に潤う者を横目で見れば、自らの没落した生活は何なのかと、怒りが沸いて来ようというものだ。人は、皆が貧しければ不満はない。自分が貧しく他が豊かだから他への憎悪が掻き立てられる。

 その憎悪は、社会のより弱い立場にある者に向けられがちで、世界のあちこちで移民排斥が勢いを増す。ドイツで、旧西独でなく旧東独に極右支持が多いのは象徴的だ。そういえば、かつてのユダヤ人排斥も同じ構図だった。

パリ中心部の道路を埋め尽くした、反イスラム移民を訴えるGIのデモ参加者。「イスラムは欧州の外へ」などと訴えた=2019年11月
リビアの国連施設前で座り込む移民たちの強制排除に向かう治安部隊。欧州が移民への門を閉ざす中、地中海を渡る密航船の出発地であるリビアで行き場を失った人々だ=2022年1月10日、タリク・ラムロームさん提供

数多の災禍がパンドラの箱から解き放たれたのか

 米国の一極支配と思ったのは冷戦後のほんのわずかの期間だった。米国の優位は決して絶対でなく、それどころか、見る見るうちに減退していった。代わって2000年代、台頭著しい新興国に注目が集まったが、今は、その新興国も中国一人勝ちの様相だ。中国以外のBRICSも当時注目されたラテンアメリカも、今ははるか彼方に後塵を拝する。強権体質を強める中国と米国の覇権競争は世界が新たな対立の時代に入ったことを自覚させるに十分だ。

 これら全てが悲観主義を裏付ける。何やら、我々はパンドラの箱を開けてしまったかのようだ。ありとあらゆる災禍が箱から解き放たれ世界に充満していく。我々は冷戦が終結した30年前、ユーフォリアに酔いしれ、つい気が緩んで開けてはならない箱を開けてしまったのだろうか。

気候変動サミットで中国の習近平国家主席が映し出された画面を見る米国のバイデン大統領=2021年4月22日、米国務省ウェブサイトの中継動画から

「大変化の時代」ととらえたい。悲観主義に陥らずに

 いや、30年前こそが例外だった。我々は、これまでも多くの災禍を潜り抜けてきた。それは何も今に始まったわけでなく、徒に悲観的になるのは禁物だ。そもそも、全てがバラ色に塗りつくされた美しい世界などあるわけがない。

 翻って、「予測不能なニューノーマル」を必ずしも「悲観主義」として捉えることはないのかもしれない。むしろ、我々が「大きな変化の時代」に生きていることこそが、その重要な含意だ。「先が見通せない」とは「お先真っ暗」でなく、「全てが変化し、次に何がやってくるか分からない」ことに中心的意味がある。

Ben Photo/shutterstock.com
 確かに今、時代は大きく変化している。「製造業中心の経済」から「デジタル化の経済」へ、「限られた通信手段」から「SNS全盛」へ、「当然の与件だった環境」から「意識しなければならない環境」へ、「スペイン風邪から新型コロナまで、感染症が局地的に限定されていた100年」から「全人類の暮らしと命を同時に脅かし、世界構造を変革させる程にまで感染症が多発する時代」へ、「共に成長を模索した時代」から「成長の果実が不公平に分配される時代」へ、「米国一極支配」から「米中覇権競争の時代」へ等々。変化はあらゆる分野で起きている。

 冷戦時代は核の恐怖にさらされながら、それなりに変化が少なく「無風」の時代だった。その冷戦が終結し、人々は「歴史が終わり、これ以上の進展や変化はない」と豪語した。何のことはない、我々は「大変化の時代」の幕開けを見ていたに過ぎなかった。

米航空宇宙博物館には、「冷戦終結」の象徴としてINF条約で米ソが廃棄に踏み切った旧ソ連の弾道ミサイル「SS-20」(左)と米国の「パーシングⅡ」(右)が並んで展示されている

「変化」はプラス面も。Z世代にとっては「与件」にすぎない

 時代が大きく変化するとき、「変化が急過ぎる」とか「次に何が来るかわからない」といえば再び悲観主義に逆戻りだ。我々は羅針盤を失い海図を見失ってしまう。しかし、変化にはマイナス面だけでなくプラス面もある。変化と見れば、つい身構えてしまうのが旧世代だが、新世代はさして違和感もなく変化を受入れている。1990年代半ば以降生まれのZ世代にとり、「変化」は新たな「与件」でしかない。

「2021ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に「Z世代」が選ばれ、「Z」の文字をポーズで示すNPO法人「あなたのいばしょ」の大空幸星理事長らZ世代の受賞ら=2021年12月
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