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「ロシアのウクライナ侵攻」という騒ぎを読み解く:米ロ「どっちもどっち」という視点が重要

塩原俊彦 高知大学准教授

ヌーランドの誤算

 第一段階では、ヌーランドの目論見通り、ヤヌコヴィッチ政権打倒に成功する。だが、大きな誤算があった。ナショナリストをけしかけたために、彼らはロシア系住民を襲うといった暴力行為に出たのである。それが、プーチンによる干渉の口実を与えてしまう。

 実は、2004年の大統領選で不正があったとして一度当選したヤヌコヴィッチは選挙のやり直しを迫られ、ヴィクトル・ユーシェンコという親米候補に敗れるという事件があった。いわゆる「オレンジ革命」というものだが、これを機に、プーチンはウクライナ国内、とくにクリミアに諜報網を張り巡らせ、問題が起きたときに借りていた不凍港セヴァストポリの確保・奪還をねらっていた(この情報はロシアの有名な軍事評論家から教えてもらっていたものだ)。それがロシアのクリミア併合につながる結果になる。

クリミア併合拡大クリミア半島のウクライナ軍施設を固めたロシア軍とみられる兵士たち(2014年3月19日)

 つまり、筆者の評価では、ヌーランドは政権交代に成功したものの、プーチンの術中にはまった格好になり、クリミア併合という悪夢を引き寄せてしまったことになる。

 その後、日欧米の政府はロシアによるクリミア併合を非難し、経済制裁に乗り出す。残念ながらほぼすべてのマスメディアも同調し、ロシア批判が横行する。そもそもナショナリストを使ってクーデターを仕組んだ米国政府がもっとも悪辣(あくらつ)であり、批判されるべきであると考える筆者のような人は世界的に有名な言語学者、ノーム・チョムスキーくらいだろうか(資料を参照)。

ネオコンの野望

 ウクライナ危機の第一段階において、重要な役割を果たしたのはいわゆる「ネオコン」である。『ウクライナ・ゲート』における記述を紹介しておこう。

 「そこでまず、ネオコンについて説明しておきたい。ネオコンは新保守主義ないし新保守主義者を指している。この特徴について、筆者と同じころモスクワ特派員だった、朝日新聞社の西村陽一はつぎの4点を指摘している(西村, 2003)。
 ①世界を善悪二元論的な対立構図でとらえ、外交政策に道義的な明快さを求める。
 ②中東をはじめとする世界の自由化、民主化など、米国の考える「道義的な善」を実現するため、米国は己の力を積極的に使うべきだと考える。
 ③必要なら単独で専制的に軍事力を行使することもいとわない。
 ④国際的な条約や協定、国連などの国際機関は、米国の行動の自由を束縛する存在として否定的にみなし、国際協調主義には極めて懐疑的。
 あるいは、東京財団の研究者、渡部恒雄のわかりやすい説明も捨てがたい。彼の著書『「今のアメリカ」がわかる本』によれば、ネオコンはイラク戦争を主導した勢力としてとらえることが可能だが、「世界の民主化というリベラルな理念を考え方の中心に置き、それを達成するためには力の行使をいとわない、というパワー信奉のリアリスト」という側面をもつという(渡部, 2007)。
 そしてもう一つ、忘れてならないのは、「ネオコンにはユダヤ系の知識人が多く、現実にイスラエル政府とのつながりを持つ者も多かった」点だという。今回の米国政府の扇動によるウクライナでの暴力革命の事実に蓋(ふた)をして報道している巨大マスメディアの背後に、ユダヤ系の強靭(きょうじん)なネットワークの存在を強く感じるのはこのためである。」

 もちろん、ヌーランドもまたネオコンの一人である。その点を記述した『ウクライナ・ゲート』の一段落も読んでいただこう。

 「ヌーランドの夫は、同じくユダヤ系のロバート・ケーガンであり、ネオコンの論客だ。ヌーランドは夫の影響を強く受けている。それを物語っているのは、前記の会話にある「ファックEU」という言葉だ。ヌーランドがひどくEUを嫌っていることがわかるのだが、これはおそらく夫ロバートの影響だ。
 その著書のなかで夫は、無秩序における安全保障という観点を重視する米国人と、平和ボケした欧州人を、「米国人は軍神マーズの火星から、欧州人は美神ビーナスの金星からやってきた」と言えるほどの大きな違いがあると指摘し、欧州人を蔑視する見方を示しているのだ。米国のユニラテラリズム(単独行動主義)への傾斜を示している。
 オバマが2012年1月、ケーガンの書いた「米国凋落(ちょうらく)神話に反対する」という論文を称賛したことも、オバマとネオコン夫妻の良好な関係を物語っている。ケーガンは毎月、ワシントン・ポストに外交問題を定期的に執筆するコラムニストであり、同紙に対する大きな影響力をもっている。ついでに、ケーガンにはフレデリックという弟がおり、彼もまたネオコンの論客である。彼らのネットワークがネオコンの力をいまでも残存させている。」

 これを読めば、今回、「ロシアのウクライナ侵攻」を大々的に報じたのがなぜ「ワシントン・ポスト」であったかがわかるだろう。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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