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山口二郎氏、安河内賢弘氏対談~労働組合と政治、果たすべき役割は?(下)

いびつな社会、ただす政治をどうつくるか

木下ちがや 政治学者

山口二郎氏、安河内賢弘氏対談~労働組合と政治、果たすべき役割は?(上)
山口二郎氏
山口二郎

(やまぐち・じろう)
法政大学法学部教授(政治学)

1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に『大蔵官僚支配の終焉』『政治改革』『ブレア時代のイギリス』『政権交代とは何だったのか』『若者のための政治マニュアル』など。
安河内賢弘氏
安河内賢弘

(やすこうち・かたひろ)
ものづくり産業労働組合JAM会長

1971年生まれ。九州大学農学部農業工学科卒。井関農機株式会社に入社後、JAM井関農機労働組合中央執行委員長を経て、JAM四国執行委員長、JAM副会長を歴任し、2017年第6代JAM会長に就任。
木下ちがや氏
司会・木下ちがや

(きのした・ちがや)
政治学者

1971年生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら』『ポピュリズムと「民意」の政治学』『国家と治安』など。
松下秀雄
(まつした・ひでお)
朝日新聞「論座」編集長。
1964年生まれ。朝日新聞政治部記者、論説委員、編集委員を経て現職。

総選挙の結果をどうみるか、岸田政権をどう評価するか

 ――JAMのHPに掲載されている元「月刊労働組合」編集長の松上隆明氏の論攷「総選挙総括の柱はどこにあるのか」では(注3)、総選挙における野党の後退について、「立憲民主党が共産党と組んだから、多くの組合員の票が行き場を失った」と主張する人たちがいます。逆に「一部の組合役員の野党共闘を批判するような発言が、得票を減らしてしまった」という主張もあるが、主観的な断定にすぎない」とし、深刻なのは労働組合の影響力の低下にあると論じています。また、岸田政権の「新しい資本主義」路線について、安倍・菅政権とは異なるリベラルな姿勢をうち出してきたことで、参院選で野党は勝てないという悲観論が広がっています。しかし、1月17日の所信表明演説で、岸田総理は「賃上げ」に言及し、春闘にも言及はしていますが、これも松上氏が指摘するように「岸田政権が実行している政策の内容は、安倍内閣や菅内閣とほぼ同様の『経団連への賃上げ要請』『最低賃金の3%程度の引き上げ』『介護・看護・保育職への処遇改善加算』『賃上げした企業には法人税を減税』などでしか」ありません。

木下ちがや氏=2022年1月19日、東京都港区

自民を支持し、投票に行かない~「大企業・男性・若手」組合員の傾向

 安河内)JAMでは総選挙の総括に向けて組合員対象のウェブアンケートをやりました。有効回答数は14,256です。

 投票については、組合員の男性で78.8%が、女性の78.6%が投票しています。やはり組合で組織された組合員というのは、ちゃんと運動していれば投票には行くということです。ただ年齢別にみると、24歳以下で投票日に投票したのが38.5%、期日前に投票したのが16.4%ですから、合計5割程度でやはり低く出ます。それに対して60歳以上になると投票日に投票したのが73%で、期日前が20%と合計93%が投票に行っています。労働組合もこの「岩盤リベラル」に支えられているということです。

2021年10月の衆院選の総括のため、JAMが組合員を対象に実施したアンケート結果。性別、年齢別の投票行動

 事業規模別にみると中小企業の方がよく投票に行かれ、立憲民主党や国民民主党に投票されています。他方、大企業男性の若手は、自民党の支持率が高く投票にも行っていないという状況になっています。これとは別に組合員の意向調査をやっておりまして、これも一致した傾向で、中小企業で働く人たちと女性は労働組合にシンパシーを持ってくれていますが、大手企業の若手男性は全然シンパシー持ってくれていません。

2021年10月の衆院選の総括のため、JAMが組合員を対象に実施したアンケート結果。性別、会社の規模別の比例区での投票先

 アンケートの結果を政党別にみると、比例代表の投票先は31.1%が立憲民主党、13.2%が国民民主党で27.8%が自民党、13.8%が維新の会となっています。これも年齢別に分けるとやはり若い層ではなく、高年齢者の方に支えられている実態が見えてきます。

2021年10月の衆院選の総括のため、JAMが組合員を対象に実施したアンケート結果。性別、年齢別の比例区での投票先

 組合として票を増やしていく方法は二つあります。一つは組織拡大をやっていくことですよね。そのためには働く仲間に対してしっかりとしたメッセージを出していく必要がある。もう一つはわれわれの組織のなかで自民党や維新の会を支持している方へのアプローチです。おそらくは強固な支持ではなくふわっとしたものでしょうから、われわれが推薦する議員候補の方に目を向けてもらう取り組みが必要だと思っています。

 自民党や維新の会を支持している方にいかに自民党がダメか、維新がダメかをガンガン言っても振り向いてはくれません。そうではなく、われわれの目指す社会ビジョンを示し、こういうことをやりたいから協力してほしいと膝詰めで粘り強く問いかけないといけないと思います。そのためにも「連合ビジョン」は大きな意味があるわけですが、活用しきれていません。これからの取り組みとしてはまず自民党に投票した人たちに向けた対策をやっていかなければならないわけですが。そのためにわれわれが目指すビジョン、JAMが求める社会のあり方をどれだけ主張できるかが大切だと思っています。

 岸田政権の評価についてはおっしゃるように安倍元総理と同じことを言われているわけで、まあ安倍さんよりはやってくれそうかなあというくらいの話です。賃上げについては取引慣行の是正が一番重要でして、「世耕プラン」などがありましたが(注4)、現実には成果がでてないので、成果をだすためにわれわれの政治力をつけていくのがとても重要だと思っています。

いびつな世界が「当たり前」になると与党に傾く

山口二郎氏(左)と木下ちがや氏=2022年1月19日、東京都港区

 山口)若者の自民党支持が高いというのは労働者も学生も同じです。JAMの情報発信サイトinsightにも書きましたが(注5)、内閣府が毎年実施する社会意識に関する調査をみると、2010年代の半ばごろに大きな意識変化が起きており、それが政治に大きな影響を与えていると思います。「社会の現状に満足している」という項目は、 2000年代までは不満が6割で満足が4割でしたが、2013年に逆転して満足が6割で不満が4割になります。アベノミクスにより満足が増えたわけではありません。安倍政権の政策が具体化するよりもまえにすでに満足度が上回っていました。社会への満足度が高いからこそ、安倍政権は史上最長となったわけです。

 この原因のひとつは「失われた30年」のあいだ賃金がまったく上がらない状態が続いていることにあります。ようするに日本全体がジリ貧だということが自明の前提となり、とりわけ若い世代の人々は楽観とか希望とかをまったく持てなくなっているからです。状況が改善できないなら、現状を受け入れるしかない。よりよい社会が作れるという前提が崩れたら、これはもう与党に傾くしかないということになる。それから20代の人たちは物心ついてからずっと安倍政権でしたから、それ以外の政治のあり方がわからない。野党については内輪もめとか批判ばかりとかネガティブなイメージが流布されてしまっている。

 ですから若い人たちが野党を支持しないのはある意味当然だと思うところから出発して、どう変えていくかという問いを立てなければなりません。東京大学の本田由紀さんが去年「日本ってどんな国-国際比較データで社会がみえてくる」(ちくまプリマ―新書)という面白い本を出版されています。さまざまなデータを駆使して日本の現状を多面的に描いくある種データブックのような本ですが、これを読むと日本という国とその政治、社会、経済がいかにいびつかが、とても説得的に論じられています。

 問題はこのいびつな世界にずっといる人にとってはそれが当たり前ということになり、 変えなきゃいけない、もっといいものがあるという発想が出てこない。そこに問題があるわけです。ですから学者の仕事はこれが決して当たり前ではない、こういうふうに政策や制度を変えればもうちょっと生きやすい社会ができると言いつづけるしかない。労働組合の場合は、さまざまな取り組みをしながら賃上げや労働条件の改善を勝ち取り、小さくても変化を体験するとても貴重な場ですから、学者が説教するよりも労働運動の成功体験の方が人の意識を変えることができる。「がんばれば世の中をちょっとだけよくできるんだ」という可塑性の感覚を持てると思います。

労組は「公器」、すべての労働者のために働けば政治力もつく

 ――紹介していただいた組合員のアンケートをみても、組織されていることが政治的な民主主義の土台になっています。労働運動というのは経済活動だけではなく、実は民主主義の土台だったことが、認識されてきたのは最近のことです。それまで当たり前にある空気のよう思われていましたが、失われそうになったとき、実は本当は大切なものだったということに学者も気づいた。

安河内賢弘氏(左奥)と山口二郎氏=2022年1月19日、東京都港区

 安河内)労働運動の最大の課題は組織率を上げていくことですが、現状では男性正社員・大手企業のための団体であり、冷戦時代のイデオロギーをいまだに引きずっている古い団体というイメージが定着してしまっています。このイメージを払拭することなしに組織拡大は絶対に進まないと思います。

 他方で、これまでは組織拡大のことばっかり意識していて、すでに組織されている労働者のための団体であるという意識が強すぎたために、非正規や未組織の労働者のための運動が停滞してしまっていた。労働組合は社会の公器であり、組合費を払っているかどうかにかかわりなく、全ての労働者のために世の中を変えていく社会的な義務があるという認識に、連合だけではなく構成している産別や単組が立たないと、イメージの払拭にはつながっていかないと思います。これができれば政治力もつきますし、自由闊達な議論もできるようになっていくのではないでしょうか。

注目される欧米のZ世代、日本の若者も世の中に目を向ければ

 山口)労働組合の問題に入る前に、未来をどう展望するのかという話をしたい。

 欧米ではZ世代がとても注目されています(注6)。気候変動をはじめとする地球環境問題の深刻化を何とかしなければいけないという気運が、わたしたちの世代よりも20代、10代の方が何十倍も強い。19世紀後半以後の資本主義の爆発的成長の中で、わたしたちは成長を前提としつつ、資本主義のいきすぎをコントロールし、一般大衆の取り分を増やしていくことを考えてきました。ですが21世紀半ばにおける政治の課題は、分配の公正とともに、いかに環境を守り、すべての人間の尊厳ある生を守るのかに移行していく。短期的に見ればアメリカのバイデン政権も先行きに不安はあるし、欧州でも右派ポピュリズムが力をもっていることなど、対峙すべき事はありますが、20年、30年のスパンで考えれば、今のZ世代が50代、60代になったころには政治の風景はおおきく変わっているだろうと思います。

 アメリカのZ世代たちは、借金をして大学に行ったものの返せる見込みがないところから社会の矛盾にぶつかり、異議を申し立てています。つまり近代的な人間の成功モデル――高等教育を修了し、能力を身につけ、専門職に就いて富を手にする――がもはや幻想だということが明らかになっています。日本とは異なり、アメリカではこうした幻想に対する反発が若者層の左傾化というかたちで広がっていると思います。金儲けよりも平等や共存を望むという価値観が今後広がっていくのではないかと私は思っています。

 問題の状況は日本も同じなわけですから、若い人たちが世の中に目をしっかり向ければ、同じような変化が起こると思います。わたしは今大学一年生相手に政治学入門を教えていますが、学生たちの反応はとても面白い。学期末のレポートで「総選挙に必ず投票にいこうと、政治に無関心な友達を説得する手紙を書いてみる」という課題をだしました。するとすごく面白い作品がたくさん出てきて、良い意味で驚きました。それでいろいろ聞いてみると、今の一年生たちは高校時代に入試制度改革で大変な迷惑をこうむった経験がある。そしてみんなで声を上げたら入試制度改革が止まったという経験がある。ですからかれらの世の中と大人への目線はとても厳しい。わたしはそこに可能性を見いだします。

 かれらが学校を卒業して働きだしても、アメリカ型の新自由主義的な成功モデルに乗って稼いで豊かになろうという、かぼそい「蜘蛛の糸」につかまって登っていくような可能性を追求する生き方を選択する人は、いまは少ないと思います。むしろ普通に働いて幸せな関係をつくって心豊かに生きていくことを追求する人がこれから主流になっていくと思います。大学で学生たちも社会を読み解くリテラシーを学んで、卒業して働きだしたら今度は労働組合に入って充実した生き方をするために連帯するような流れが広がるのがベストな方向ですね。

山口二郎氏(左)と木下ちがや氏=2022年1月19日、東京都港区

転勤のない働き方の模索が始まった。労組も地域社会を支える

 安河内)最近は「地域限定職」が結構導入されていまして、賃金は下がるけれども転勤がないという働き方です。JAMの組合員でもこれを選択する人がかなりいまして、管理職のなり手がいなくなるから困るという状況があります。このような状況を受けて、一部大手企業では、地域限定かに関係なく転勤のない働き方を模索しはじめています。出世よりも生活の安定を求めているという大きな流れがあるように思います。

 ――労働組合が地域コミュニティを守るためにどんな役割を果たせるのかという課題と捉えることもできます。

 安河内)地域社会の中に、働く若者がほとんどいないんですよね。NPOを訪ねると、やはり高齢者と女性が多い。そこにわれわれの世代の人間はほとんど存在していない。それは社会にとっても人々にとってもおおきなマイナスだと思います。そうした社会参加の機会を広げる取り組みを、組合もかつてはやっていたんですね。ですから今後も改めてそれを発展させて、われわれも社会のなかで生きていくうえで社会を支える必要があるので取り組みを強化していきたい。これまでやってきていたんですから、やってやれないことないと思うんですよ。労働運動で社会を変えられると信じないと、なかなかそこまで行かないので、組合員の皆さんにはそういうメッセージを伝えていこうと思っています。

 労働組合と政治との関係については、二大政党的政治体制をつくっていくという方針が実現するまではそれを追求し続ける必要があると思っています。新たな関係はそこから先ですよね。二大政党的な体制が定着した段階で、労働組合としてどう向き合っていくのかを考えていくことになります。今はあくまでも二大政党を目指して労働組合としてしっかりと応援団として政党を支えることが重要だと思います。

社会民主主義政党が求める政策を実現し、「いびつさ」是正を

 山口)二大政党制というか二極的な政党システムを目指すというのは政治学者としての私の一生の課題なので、ここで諦めたくはないです。

 やはり連合を結成した原点をもう一度確認する必要があると思います。労働組合を基盤とした政党の力が弱かったことが日本社会のいびつさを招いた一つの原因でもあるわけです。欧州ではあたりまえにある制度政策が日本では整備されず、経済成長のなかで自己責任による個人化された豊かさの追求がなされてきた。20世紀後半はそれでみんな満足したわけですけども、これからそうはいかないわけです。

 社会の公共財をきちんと整備していかないことには、個人として頑張っても豊かな生活はできない。雇用法制であるとか社会保障制度であるとか、従来から労働組合が要求し、労働組合を基盤とする中道左派的な社会民主主義政党が歴史的に追求してきた制度政策をなんとか実現しないと、一握りの富裕層と大量の劣悪な低賃金で働くエッセンシャルワーカーという途方もなく

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