朝鮮人労働者への「差別」「強制」の事実は地元の町史にも書かれている
2022年02月07日
1月28日、岸田文雄首相は、「佐渡島の金山」(新潟県)を世界文化遺産の候補として国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦する方針を表明した。それまでの推薦見送りの方針を一転したのは、安倍晋三元首相や高市早苗政調会長など自民党内右派への配慮があったと見られている。
推薦をめぐって争点となったのは、佐渡鉱山(金および銅を生産)における朝鮮人労働者の問題だった。三菱鉱業佐渡鉱業所は、1939年から朝鮮人「募集」を開始し、終戦までの間に延べ1000人以上の朝鮮人労働者を動員した。これが「強制労働」にあたるのか、「差別」はあったのかが焦点になった。
安倍氏は1 月26日付『夕刊フジ』1面に掲載されたインタビューで、当時の史料を示しながら次のように主張した。
「当時の労働環境をまとめた資料『佐渡鉱山史』(大平鉱業佐渡鉱業所)や、佐渡鉱業所『半島労務管理ニ付テ』などには、『日本人と朝鮮人労働者はおおむね同一の賃金で、複数回の賞与が支払われた』『無料の社宅や寮があり、米やみそやしょうゆの廉価販売があった』『運動会や映画鑑賞会など、娯楽機会の提供があった』などと記されているという。これでは、『強制労働』とはいえない」
「ここまで来れば、新潟と日本の誇りと名誉を守るためにも、正々堂々とファクト(事実)ベースで反論して、ユネスコの世界遺産委員会の了解を得ていくしかない。リングに上がる前にタオルを投げてはダメだ」
そして最後に「いまこそ、新たな『歴史戦チーム』を立ち上げて、日本の誇りと名誉を守り抜いてほしい」と結んでいる。
その後も『夕刊フジ』は連日のように1面トップで佐渡金山問題を取り上げている。2月3日付同紙1面では、「事実は1つ」「史料で毅然」「韓国粉砕」という見出しで、佐渡鉱業所『半島労務管理ニ付テ』から安倍氏と同じ記述を引用し、「基本的に日本人労務者と同じ」待遇だったことを前面に打ち出している。
安倍氏や『夕刊フジ』が打ち出す構図は、明快な二項対立である。自ら(日本)の認識は「ファクト」をベースにした「正しい歴史認識」てあり、韓国側の主張はそうではない、だから堂々と「ファクト」ベースで反論すべきだ、「史料で毅然」と応戦すべきだ……。
しかし、問題は安倍氏たちの論証手法である。自らの主張にとって都合の良い史料のみを根拠に「ファクト」を結論付けていないだろうか。たとえば、地元の自治体の町史などの記述をきちんと読み込んだのだろうか。
佐渡鉱山の地元である旧・相川町(現・佐渡市)が1995年に刊行した町史『佐渡相川の歴史 通史編 近・現代』(相川町史編纂委員会・編)には、佐渡金山に戦時動員された朝鮮人労働者についても5頁近くが割かれている。そこには佐渡鉱業所の日本人社員の証言も掲載されている。佐渡市も、佐渡鉱山関連の報告書を多く作成している。
それらに書かれた当時の朝鮮人労働者の状況は、安倍氏たちの主張する「ファクト」とは大きく隔たっている。以下、3点にわたって紹介したい。
まず1点目は、企業側が朝鮮人「募集」を行なった動機である。
『佐渡相川の歴史』には、佐渡鉱山労務課で最初の朝鮮人「募集」に携わっていた杉本奏二氏による重要な証言が掲載されている。
「佐渡鉱山が朝鮮人募集を開始した理由として杉本氏は『内地人坑内労務者に珪肺(けいはい)を病む者が多く、出鉱成績が意のままにならず、また内地の若者がつぎつぎと軍隊にとられたためである』という」
「珪肺」とは、採掘時に出る石英の粉塵を吸い込むことで起こる肺の疾病(塵肺の一種)である。母岩に多く石英が含まれる佐渡鉱山では、珪肺に罹患するリスクが高かった。しかし、「珪肺」を病む日本人労働者が多いから朝鮮人労働者を「募集」するという発想そのものに、大きな問題が潜んでいないだろうか。
歴史学者の広瀬貞三氏(現・福岡大学教授)は、論文「佐渡鉱山と朝鮮人労働者(1939~1945)」(『新潟国際情報大学情報文化学部紀要』、2000年)の中で次のように述べている。
「もし、これが事実なら、単に日本人の徴兵による労働力不足を補塡するに留まらず、日本人の珪肺感染を防ぐことに狙いがあったことになる」
本来ならば企業は、珪肺の罹患予防のために十分な措置を取るべきである。その予防措置を怠り、朝鮮人労働者に働かせることで労働力不足を凌ぐという発想の中に、あからさまな植民地主義・差別主義が埋め込まれていたと見るべきだろう。
さらに『佐渡相川の歴史』には、「募集」に応じた朝鮮人労働者が多く配属された現場について、具体的な数字を表で掲げながら、次のように記述されている。
「朝鮮の人たちが請負っていた作業職種は「鑿岩(さくがん)」「支柱」「運搬」の主として坑内労働に多くみられる。当時の鉱山関係者の話によると、前述の相川海岸浜砂利採取などの岡作業により多く内地人が働き、労働条件の劣る坑内の採掘はより多く朝鮮人が受持っていたとされ、出征・徴用などで内地人の不足、老齢化を朝鮮人労働者が分担する傾向を強いられていた」
このような、より劣悪な現場に朝鮮人労働者を配置した事実に対して、安倍氏は「日本人と対等」で「差別ではない」と考えるのだろうか。
次に、朝鮮人労働者の給与面などの待遇を見ていきたい。
佐渡市が2015年にウェブ上で公開した『佐渡相川の鉱山都市景観 保存調査報告書』(以下「報告書」)には次のように書かれている。
「労働者の賃金は昭和16年(1941)7月をみると、平均勤務日28 日、平均67円程度であり、このほか皆勤手当てがついた」
『佐渡相川の歴史』には賃金について「一方労働の対価である賃金(給与)については内鮮の区別はないと報告されている」と書かれている。この点だけを見れば、安倍氏や『夕刊フジ』の「給与面では対等だった」という主張は間違っていないと言える。
しかし、先述の佐渡市「報告書」には次のような記述がある。
「食費や寝具代がそれぞれ1日50 銭ずつ天引きされ、地下足袋などの作業に必要な品物が自己負担であったため、待遇改善を求めてストライキが起きたこともあった。このほか、 生活改善のため無駄遣いを禁ずるとして、貯蓄奨励による天引きや家族への送金、さらに「貯金報国」として「国民貯蓄」が割り当てられたため、労働者の手元に現金はほとんど残らなかった」
ここに書かれているストライキの一つは、1940年4月11日に起きたものである。「特高月報」によると、朝鮮人労働者97名が「三月分の賃金支給を受けたる結果応募時の条件と相違すとなし賃銀値上を要求し罷業を断行す」という。
このような争議が発生した理由について、先述の『佐渡相川の歴史』は、佐渡鉱業所の労務担当者の次のような回想を掲載している。
「給与のほかに食費(当時一日五十銭)や寝具代(一組月五十銭)のほか、無料支給だと思っていた地下足袋などの作業必需品などがすべて本人持ちだったほか、労務や勤労課職員の一部に極端な差別意識を持った人がかなりいた」。
会社側の、しかも労務に携わる人間が、現場で民族差別が存在したことを証言しているのである。
はたして安倍氏は、この証言を読んだのだろうか。
最後に、
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