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佐渡金山、世界遺産登録に立ちはだかる「明治日本」の影

不十分な説明にユネスコ「強い遺憾」、不名誉な督促に岸田政権はどう対応するのか

箱田哲也 朝日新聞論説委員

「佐渡金山」でよみがえる7年前の混乱

 7年前、国際舞台でちょろまかしたツケが回ってきたということか。

佐渡金山の世界遺産登録推薦などについて、取材に応じる岸田文雄首相=2022年1月28日
 岸田政権は、佐渡金山遺跡(新潟県佐渡市)をユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に推薦することを決めた。だが現時点で登録への道筋は描けていない。推薦決定前、この問題にかかわる政府当局者らからは「無謀」「登録は至難の業」といった言葉さえ漏れた。

 慎重論の背景にあるのが、2015年にすったもんだの末に登録された「明治日本の産業革命遺産」という懸案である。

衆院予算委員会で、自民党の高市早苗政調会長の質問に答弁する林芳正外相=2022年1月24日
 1月24日の衆院予算委員会。先頭で質問に立った自民党の高市早苗政調会長は、佐渡金山の問題を冒頭で取り上げ、「国家の名誉に関わる。必ず今年度に推薦すべきだ」と政府に求めた。林芳正外相は「総合的な検討を行っている」と繰り返したうえで、「韓国への外交的配慮を行うことはまったくない」とも答弁した。

 このやりとりの4日前には読売新聞が「推薦見送りへ」と報じていた。記事は結果として誤ったものの、この時点で「見送り」の空気が強まっていたことは確かだ。

 韓国政府は佐渡の鉱山で戦時中、朝鮮半島出身者が働いており、「強制労働被害の現場だ」と推薦しないよう求めていた。だが林外相の答弁は、高市氏をかわすための辞令ではなかった。韓国への外交的配慮を案じる声は政府内でほとんどなかった。強く引っかかったのは、登録が不発に終わる可能性に加え、「明治日本の産業革命遺産」登録の際のトラウマとも言える騒動のことだった。

ユネスコ舞台に「強制労働」問題が紛糾

 2015年の6月から7月にかけ、日韓両政府による強制労働をめぐる問題は、「明治日本の産業革命遺産」を審議するユネスコを舞台に大きく混乱した。

「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産への登録について審議したユネスコ世界遺産委員会の議場=2015年7月4日、ドイツ西部ボン
 この時も韓国政府が、「明治日本」の資産には朝鮮半島から来た労働者が強制的に働かされたところがあるとして反発。二国間協議を経て、いったん話がまとまったが、登録を審議するユネスコ世界遺産委員会が開かれる直前になってハプニングが起きる。日本政府関係者が内々に入手した韓国側の演説文に、強い表現で強制労働を示す言葉が入っていることが判明したのだ。実際には韓国外交当局の作った正式な演説文ではなかったのだが、日本政府内では「日韓で調整済みを装い、会議本番では強制労働を非難するつもりか」との疑心が広がり、大騒ぎになった。

 韓国政府は当初、単なるアクシデントで誤解にすぎないとして、日本への説明にあたっていたが、ある日から態度を一転させる。その転機は6月30日、杉山晋輔外務審議官(当時)の訪韓だった。杉山氏はアポイントなしにソウルに乗り込み、政府高官への面会を申し出るという行動に出たため、韓国側が「非礼にもほどがある」と反発を強め、文言調整の前の段階に戻った。

 ドイツで開かれていた世界遺産委員会の審議時間は迫るが、日韓対立は解けない。登録はコンセンサスによる意思決定が基本で、紛糾した場合、21カ国で構成される委員国のうち、3分の2以上が賛同すれば可能となる。日本政府・与党内には投票で決すべしとの「主戦論」も出たが、確実に賛成票を得られるかの確信もなかった。他の委員国の関係者からは「日韓の話なら、まず当事者同士でよく話し合ってから持ってきてはどうか」という、いらだちの声も出始めていた。

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