コロナ対策徹底批判【第四部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー⑪
2022年02月10日
臨床医でありながらコロナウイルスに関する世界最新の論文を日々渉猟する医療ガバナンス研究所の上昌広氏に私が最初に取材でお目にかかったのは、一昨年の3月12日だった。それ以来何度も直接取材や電話取材、メール取材などを重ね、今回のロングインタビューに至った。
コロナウイルスに関する上氏の合理的な説明を聞くたびに感じたのは、テレビや新聞などに出てくる、いわゆる「専門家」たちの口の端に上る「知識」がいかにも浅薄かつ非合理的であるということだった。
理由はすぐにわかった。上氏が世界の最先端の知識を常にアップデートし重要視しているのに対し、マスコミに登場する「専門家」と称する人たちは、厚生労働省の医系技官ピラミッドや国立感染症研究所などが構成する「感染症ムラ」の利害に縛られ、最先端の知識には、二の次、三の次の重要性しか置いていなかったからだ。
全国8000人以上が加盟する日本感染症学会は2020年4月2日、「軽症例には基本的にPCR検査を推奨しない」との声明を出した。この声明は現在、HPから削除されているが、この国の感染症関連の専門医たちはこの事実をどう感じているのだろう。コロナ感染症から社会を守るには、第一段階として大々的なPCR検査を実行するしかない。今では常識になっているこの考えが、この国の専門医たちによって長らく拒否されてきたのだ。
さらに驚くべきは、コロナウイルスのメインの感染ルートが空気感染であることは今や世界の医学界の常識なのにもかかわらず、日本ではいまだに感染者の「濃厚接触者」や「クラスター」にこだわっているということだ。空気感染であるならば、飛沫感染や接触感染が前提の「濃厚接触者」や「クラスター」の概念は意味をなさない。有効な対策は、大量のPCR検査と感染者の隔離、徹底的な室内換気だ。
この国の「専門家」は、自らが棲息する「感染症ムラ」の利害に縛られ、合理的な対策に転換できず、今なお飲食店や一般店舗、学生などをはじめとする国民に多大な経済的、精神的犠牲を強いている。上氏へのインタビューによるコロナ対策徹底批判【第四部】では、政府の専門家会議やその後身である分科会に集まる「専門家」に焦点を当て、不思議で悲惨なこの国の体制を変えるにはどうすれば良いかを考えたい。
「専門家」たちをヒーローのように取り上げている本がある。岩波書店刊行の『分水嶺』(河合香織著)だ。私はこの著者には一面識もないが、過去に私自身の著書を刊行していただいた岩波書店については少し知っている。読者としても大変愛着のある出版社だ。それだけに、この本の登場には驚いた。
私が岩波書店から刊行してもらった本(『ドキュメント金融破綻』)は、当時の大蔵省分割を目指したものだったが、大蔵省幹部や金融マンにはその趣旨を正直に話してインタビューに応じてもらった。インタビューはしばしば「対決」の様相を呈する。批判的なことを書かなければならないとすれば、それは避けられない。そのうえで、インタビューに答えてくれたとすれば、その受け答えは歴史的、建設的な意味のあるものとなるだろう。
残念ながら、『分水嶺』はそのような試練を経た本ではないように見える。そのため、この本は新型コロナ小史を振り返る際、便宜的に利用されはするが、批判に耐えるようなものになるかどうかは甚だ疑問だ。本稿でも便宜的に利用することとする。
――『分水嶺』は「専門家」たちのコロナウイルス対策を無批判に称賛している本ですが、「専門家」たちの確認は経ているはずなので、便宜的に参考にしたいと思います。この本で「専門家」の「物語」がスタートする2020年2月より前に、次のような現実が展開されていた点は、改めて確認しておきたいと思います。
1月17日、厚労省は感染研に積極的疫学調査の開始を指示しました。同月24日にイギリスの「ランセット」誌上で、香港大学の研究チームが無症状感染者の存在を報告しましたが厚労省の医系技官はこれを無視し、同月28日には新型コロナを感染症法上の指定感染症上位に位置する「2類感染症並み」に政令指定しました。無症状者も強制入院させられることになり、医療崩壊の恐れからPCR検査を抑制する大きな動機になっていきます。
一般的にはほとんど知られていませんが、実は昨年1月中にこれだけのことが起きていた。その後、政府の専門家会議(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議)が発足し2月16日に初会合が開かれました。この会合には出ていませんが、会議の理論的中心になる押谷仁(東北大学大学院医学系研究科微生物分野教授)さんは、それ以降の日本のコロナ対策の大きい柱となる考えをほとんど同じころに思いついています。
それは、『分水嶺』の記述を参考にすると、コロナウイルスには多くの人は誰にも感染させないが例外的に一人が多数に感染させる例があるという可能性に、押谷さんは気がついた。そう考えなければ、流行が起きている理由の説明ができない、と。いわゆるスーパー・スプレッダーが、多数に感染させるという考え方です。そして、これがその後、専門家会議の基本になっていく。
しかし、前月に無症状感染者が多数存在することが分かっていたわけですから、「スーパー・スプレッダー理論」は論理的にあまり有効とは言えない。少数のスーパー・スプレッダーよりも、隠れた無症状者がウイルスを広げていたと考える方が論理的だったと思いますが……。
上 スーパー・スプレッダーも中にはいるかもしれませんけど、そういう人たちが中心かどうかっていうのは分かりませんよね。そのあたりが研究者の匂いがしない点なんです。すべてが思いつき。
感染研は積極的疫学調査をすることにした。そして、感染者の周辺の濃厚接触者を調査した。ここで無症状感染者がガンガンうつしてるなんて言ったら、この調査が何の意味もなくなってしまうじゃないですか。
――厚労省の医系技官は当初、感染症法上の積極的疫学調査を感染研にやらせることにしました。当時は何もわかっていませんでしたから、仕方ないとしても、その後、無症状感染者の存在が分かってからも軌道修正しなかったことはまずかったですね。
上 そうですね。現在の知識で言うと、コロナウイルスは主に空気感染しますので、スーパー・スプレッダーなんているかどうかはっきりしないんですよ。その建物の構造が悪かったとか、換気の具合がどうだったかとか、複合的な要因が考えられるわけです。
そのあたりを考えれば、当初の議論もまともな議論とはとうてい思えない。はっきり言えば科学者の議論ではありません。仮説とコンセンサスがごっちゃにされています。
――仮説とコンセンサス、とは?
上 空気感染でウイルスが空中にいるのなら、スーパー・スプレッダーがいなくても広がりますよね。この考え方は検証されていないものの一つに過ぎず、結果的にそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。要するに、仮説なんです。
――最初に考えた仮説と、他の研究者たちのコンセンサスが得られた事実とを区別せずに、ごっちゃにしたということですね。なぜこういうことが起きたのでしょう。押谷さんが特別なのか。日本のいわゆる「専門家」という人たちにおしなべて言えることなのか。
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