谷田邦一(たにだ・くにいち) ジャーナリスト、シンクタンク研究員
1959年生まれ。90年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て、2021年5月に退社。現在は未来工学研究所(東京)のシニア研究員(非常勤)。主要国の防衛政策から基地問題、軍用技術まで幅広く外交・防衛問題全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識を生かし、安全保障問題の新しいアプローチ方法を模索中。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
不釣り合いなままの日米関係―国民の暮らし守る責務を自覚し、解決へ努力を
米軍機に低空飛行問題を取材すると、日本の空は戦後77年の今も、米軍に占領されているかのような印象をもってしまう。航空機の運用を厳格に規定する国内法がありながら、なぜ日本政府は米軍機の乱暴な飛行を野放しにしているのか。第3回の今回は、この疑問を解き明かす手がかりに踏み込む。
(連載第1回「“違法な爆音”追い込む『草の根レーダー』」はこちら、第2回「パソコンひとつであぶり出す 隠されてきた実態」はこちら)
青森県の三沢基地に所属するF16戦闘機が、超低空で青森県や岩手県の上空を飛行する動画がネット上に投稿されて全国に衝撃が広がったことがある。4年前、YouTubeの「USA・ミリタリーチャンネル」(チャンネル登録数135万人)に載った動画「日本の山間部を超低空飛行するF-16戦闘機【コックピット映像】」のことだ。
戦闘機は、同県の奥入瀬(おいらせ)渓谷に沿って低空で飛んだあと、十和田湖を湖面すれすれの高度で横切る。さらに岩手県に入って、高さ78メートルの風力発電の鉄塔より低い位置を飛び抜ける。人家の上空を飛ぶ様子も映っている。
日本の航空法で定められた最低安全高度(人口密集地は300メートル以上、それ以外の過疎地や海面上などは150メートル以上)を無視した乱暴な飛び方であることは明らかだ。さらに驚いたのは、この動画はパイロット自らが操縦席から撮影して投稿したとみられることだった。
軍事専門家によると、三沢基地の戦闘機の任務の1つは、北朝鮮の防空網を低空で突破しミサイル発射基地などの軍事施設を破壊することにあるとされる。東北地方や北海道ではこれまでもひんぱんに低空飛行訓練が繰り返されてきた。
とはいえ、日米両政府は、1999年に開かれた日米合同委員会で、日本の航空法の最低安全高度を遵守することで合意している。合意事項には、人口密集地や学校・病院などには「妥当な考慮を払う」とも記されている。
なぜ米軍はいまも低空飛行にこだわるのか。敢えて政府間合意を軽視してまで訓練することで得られるものは何なのだろうか――。
素朴な疑問だが、それに答える手掛かりはさほど手間をかけずとも見つけることができる。山口県の岩国基地が発行・管理する新聞やニュースブログには、海兵隊の航空部隊が日夜、危険な低空飛行訓練を重ねている様子が紹介されている。同基地で訓練教官をつとめる幹部(少佐)は「自信とスキルを身につけるため」と語っている。
少佐は「ステルス機が登場している時代に、危険な低空飛行をする連中は馬鹿げて映るかもしれない」としつつ、「それでも、低空飛行こそが敵の弱点を突く我々のやり方なんだ」と言い切っている。そこには軍事の世界でしか通用しない特殊な感覚があるようだ。
海兵隊の訓練マニュアルは、敵地侵入のために高度200フィート(約60メートル)の訓練も認めている。ただしこのルールは日本以外の米本土や海外でのみ適用されているようだ。米軍が同国内で低空飛行訓練をする場合には、連邦航空局(FAA)の指示のもとで民間機の航空路とは厳格に区別し、訓練場所やルートなどの飛行計画も事前に提出させることになっている。
在日米軍の軍用機がやっているような自由な訓練飛行は米本国では認められていない。
とはいえ日米両政府の合意にも、日本国内での訓練に一定の制約を課している。高度500フィート(約150メートル)を切る低空飛行が禁じられているほか、強力な電磁波を使って敵のレーダーや電子機器を攻撃する電子戦や実弾を発射しての射爆撃訓練もしないという約束になっている。そうした訓練は、日本を離れて豪州やアラスカで行っていると、岩国基地のメディアは伝えている。