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「有罪」前市長が圧勝した美濃加茂市長選(上)~あぶりだされた「人質司法」と「犯人視報道」

「民意」と、警察・検察の権限行使、司法判断とがぶつかりあった

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

有罪確定の前市長がダブルスコアで勝利

 今年1月23日投開票の岐阜県美濃加茂市長選挙は、前市長の藤井浩人氏と、かつての藤井市政で副市長を務めていた現職の伊藤誠一氏との争いとなった。

 全国最年少で市長に就任した藤井浩人氏は、就任1年後の2014年6月、市議時代の30万円の収賄の容疑で突然逮捕、起訴された。現金授受を全面否認し、一貫して無実を訴えた。美濃加茂市民は、潔白を訴える市長を一貫して圧倒的に支持し、藤井氏は、被告人の立場に立たされながら、市政を担い続けた。

 一審は無罪、控訴審で逆転有罪判決、2017年12月、上告棄却で有罪が確定した。3年間執行猶予、公民権停止となり市長職を失った藤井氏は、期間満了後の2021年11月、裁判のやり直しを求めて再審請求し、冤罪との闘いの経過を自ら綴った著書(『冤罪と闘う』)を公刊するなど、潔白を訴える姿勢を改めて明確にした上、今回の市長選に立候補したものだった。

 選挙の結果は、藤井氏が伊藤氏をダブルスコアの大差で破って当選、美濃加茂市民は、有罪確定後も冤罪を訴える藤井氏を、再度市長に選んだ。

市長選で当選確実となり、支持者の声援に応える藤井浩人氏=2022年11月23日午後8時21分、岐阜県美濃加茂市 市長選で当選確実となり、支持者の声援に応える藤井浩人氏=2022年11月23日午後8時21分、岐阜県美濃加茂市

 美濃加茂市長事件では、潔白を訴える市長と、それを支持する市民の「民意」が、警察、検察の権限行使、裁判所の司法判断とぶつかりあい、結果的に、「市長職」と政治生命は守られた。

 しかし、それは、多くの偶然が重なったがゆえの、ある意味では「奇跡的な出来事」だった。地方自治体の現職首長が収賄等の容疑で逮捕された場合、容疑事実を否認し、無実を訴えても、殆どの場合、辞職に追い込まれ、政治生命をも失う結末になる。

 そこには、日本の刑事裁判における「人質司法」と、被疑者逮捕後のマスコミの「犯人視報道」の下で、警察が、検察の事前了解(勾留・起訴の約束)を得た上で、或いは、特捜部等の検察が、独自に逮捕した場合、自治体の首長は、いともたやすく、その職から引きずり降ろされてしまうという現実がある。民主的基盤を有しない捜査機関の判断に対して、選挙によって住民に選ばれて自治体の行政を担う首長の地位は、あまりに脆弱なのである。

 美濃加茂市長事件が、どのような事件であり、現職市長を逮捕した警察、起訴した検察の判断にどういう問題があったのか、そして、一審無罪、二審有罪の裁判所の判断違いはどこにあったのかなど、この事件の内容と経過をたどることで、「人質司法」と「有罪視報道」の下での自治体首長の地位の脆弱性と、その背景にある日本の地方自治の構造的な問題が見えてくる。

「発生型事件」と「立件型事件」

 以上のような問題の指摘に対して、「犯罪を行った事実があれば、処罰されるのは当然なのだから、地方自治も民主主義も関係ないのではないか」という素朴な疑問を持つ人もいるだろう。そこで、本論に入る前に、まず、この点の疑問に答えておく必要がある。

 ここで重要なのは、強盗、殺人などのように被害の「発生」で当然に捜査が開始される「発生型事件」と、贈収賄、経済犯罪などのように、捜査機関が刑事事件としての「立件」の判断をすることで、捜査の対象となる「立件型事件」との違いである。

 「発生型犯罪」については、捜査機関は犯人の特定に全力を尽くし、被疑者を逮捕し有罪が立証できる証拠があれば起訴し、公判で有罪立証を行う、という犯人処罰に向けての活動が、警察、検察によって着実に行われるだけであり、そこには、「価値判断」や「政策判断」が働く余地はない。

 しかし、贈収賄、経済犯罪などのような「立件型事件」はそうではない。事件のネタには、様々なものがあり、一方で、投入できる捜査の人員、予算は限られている。その中のどれを捜査の対象とするのか、どれだけの捜査のリソースを投入するのかは、その捜査機関の幹部の価値判断、政策判断による。同程度に「犯罪の疑い」があっても、そのような「判断」の結果、捜査の対象とならないもの、或いは、情報収集程度で捜査が打ち切られることもある。

 東京地検特捜部のように、検察が独自に事件を「立件」し、被疑者を逮捕する場合には、特捜部内部での検討に加え、地検上層部、高検、最高検等での検討を経て、逮捕が決定される。一方、警察の捜査2課などが、贈収賄などの事件を立件して、自治体の首長、幹部職員など社会的に大きな影響を与える人物を逮捕しようとするときには、検察庁への「事前相談」が行われる。

インタビューに答える日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告=2020年1月10日、レバノン・ベイルートインタビューで日本の司法制度の問題などを語る日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告=2020年1月10日、レバノン・ベイルート

重要事件における検察庁への「事前相談」

 検察庁への「事前相談」では、事件の内容と証拠関係を説明し、検察官としての「勾留・起訴の見通し」について意見を聞く。首長を収賄等で逮捕して、大きな社会的影響を生じさせた後に、検察官に送致したが、勾留すらされず釈放、勾留はされたが不起訴に終わった、ということになると、自治体首長逮捕によって重大な社会的影響を生じさせたことの責任を全て警察が負うことになる。そのようなリスクを回避するために、「勾留・起訴の見通し」について、逮捕前に検察官の意見を聞くのである。

 「事前相談」に対しては、担当検察官個人だけで判断するのではなく、事件の重要性に応じて、検察内部での上司に報告した上で「検察庁の組織」としての判断が示される。もちろん、その意見は非公式のものであり、正式な書面に残るものではないが、検察が警察の逮捕を了承した場合には、その時点で予期していなかった事情が明らかにならない限り、勾留請求し、起訴する。

 警察の説明や提示した証拠だけでは起訴できるかどうかの判断がつかない場合、検察官が送致前に関係者を直接取り調べ、「有罪の心証」が得られるかどうか確かめることもあるし、重要な関係者の検察官調書を事前に作成するなど公判に備えた捜査を事前に行うこともある。

捜査機関が「引き返す」ことはほぼない

 以上のとおり、特捜部などの検察独自捜査でも、捜査2課などによる警察捜査でも、地方自治体の首長など社会的影響が大きい人物の収賄罪などを立件して逮捕する場合は、相当慎重に判断が行われていると言える。しかし、それは、あくまで捜査の初期段階での捜査機関側だけの判断であり、常に正しいとは限らない。

 本来、刑事事件の有罪無罪の判断は、被疑者を逮捕した後に、その弁解を踏まえた裏付け捜査、関係者の取調べ等を経て、検察官が起訴不起訴の判断を行い、その後の公判で、検察官、弁護人が立証を尽くした上で、最終的に裁判所が判断するものである。いくら慎重に判断しても、逮捕の段階での警察、検察が判断を誤り、無罪になるべき事件で逮捕してしまう可能性はある。

 ところが、日本の「人質司法」と「有罪視報道」の下では、首長は、ほとんどの場合、逮捕後、潔白を訴えていても、早期に辞職に追い込まれ、その時点で、「社会的には有罪」という判断が確定的なものとなる。

 捜査機関は、逮捕によって首長が「犯罪者」と決めつけられ、辞職に追い込まれるなど重大な社会的影響を生じさせた後に、被疑者の無実の主張を裏付ける証拠が出てくるなど、当初の判断が誤りであったと認識すべき状況になった場合も、誤りを認めること、「引き返すこと」は、ほとんどない。それによって捜査機関が負うことになる責任があまりに大きいからである。

「人質司法」「有罪視報道」の下での首長の地位の脆弱性

 「刑事裁判で有罪が確定するまでは『罪を犯していない人』として扱わなければならない」とする「推定無罪の原則」からすれば、本来、自治体の首長は、逮捕・勾留されても、起訴されても、潔白を訴え、無罪を主張する限り、有罪判決が確定するまでは「無罪」の推定を受け、その職務に支障が生じないようにしなければならないはずである。

 しかし、そこに立ちはだかるのが、無実を訴え・無罪を主張する被疑者は、自白しない限り身柄拘束が続くという「人質司法」と、被疑者がどのように弁解し、無実を主張しようと、逮捕直後から、捜査機関側からのリーク情報に基づく「犯人視報道」だ。自治体の市民の間に、「首長は犯罪者」というイメージが広がることで、首長への信任は、あっという間に失われる。

春日井署に入る藤井浩人・美濃加茂市長を乗せた車=2014年6月24日、愛知県春日井市 春日井署に入る藤井浩人・美濃加茂市長を乗せた車=2014年6月24日、愛知県春日井市

 収賄事件等で起訴された自治体の首長が、無罪を主張しようとしている場合、検察官は、当該自治体の職員等の関係者に対する「働き掛け」「口裏合わせ」等の「罪証隠滅のおそれ」があるとして保釈に強く反対する。裁判所も、殆どの場合、その意見を容認し保釈請求を却下する。

 現職首長が長期間身柄拘束され続ければ、市政の停滞を招くとして、市民や市議会から「無実を訴え裁判で無罪を主張するのであれば、市長を辞職してからにすべきだ」という声が高まる。辞職を拒否すれば、市議会で辞職勧告決議が行われ、それでも辞職しない場合は不信任決議が可決されて辞職に追い込まれる。不信任決議の可決に、市議会の解散で対抗したとしても、市議会議員選挙後に再び不信任決議が可決されて失職という結末に終わる。

 このように、民主的な基盤を持たない警察の判断で一度首長が逮捕されれば、いくら無実・潔白を訴えても、「人質司法」と「犯人視報道」の下では、首長の職を継続することは殆ど不可能なのである。

 しかし、藤井浩人美濃加茂市長のケースは、そのような一般的な首長逮捕後の経過とは大きく異なるものとなった。拙著『青年市長は“司法の闇”と闘った~美濃加茂市長事件における驚愕の展開』KADOKAWA)で詳述した事件と裁判の経過を、警察、検察、裁判所の判断を中心に再構成して振り返ってみることにしよう。

事件の発端にして唯一の証拠となった供述

 事件の発端であり、唯一の証拠となったのが、浄水プラント業者Nの供述だった。Nは、公的金融機関、銀行を含む多数の金融機関からの多額の融資詐欺の事件で愛知県警捜査2課に逮捕され、2件目の事件で逮捕・勾留されていた2014年3月中旬、美濃加茂市議会議員当時の藤井氏に、美濃加茂市への浄水プラント導入への尽力を依頼し、現金を供与したことを警察官に供述した。最初は、3月16日の取調べで「②2013年4月25日の20万円」を供述し、3日後の19日に、「①4月2日の10万円」を供述した。

 しかし、このNの供述に基づいて、現職市長の藤井氏の刑事事件を立件することには、多くの問題があった。

 Nが最初に現金授受を自白したのは、「②2013年4月25日の20万円」であり、その時点では、他に現金の授受について具体的な記憶はなかった。それから3日後に、時系列的には前の話の「①4月2日の10万円」を供述した。

 ②の供述をした時点で、①の「最初の賄賂授受」という、本来、強く印象に残るはずの場面について記憶がなく、後になって思い出すというのは、通常はあり得ない。しかも、「①4月2日の10万円」の話を始めた時点では、藤井氏と二人だったと供述していたが、その後、ファミリーレストランの伝票から人数が3人だったことが判明し、T氏も同席していたと供述を変更している。

 そもそも、①の供述は、体験供述ではなく、Nが創作したものではないかという合理的な疑いが生じる。

 しかも、現金授受の場面にいたT氏が現金の授受を見ていないとすると、「席を外した隙に」現金を手渡した、というほかないが、T氏が、Nの供述に沿う供述をするかどうかはT氏の取調べをしてみないとわからないというのも証拠上の大きなネックになる。

 そればかりか、Nは、悪質な手口で多額の融資詐欺を繰り返し、後に詐欺罪で実刑判決が確定した人物であり、供述の信用性には根本的な疑問がある。Nには「贈賄供述」を行って、警察捜査を贈収賄事件に集中させ、融資詐欺の捜査を打ち切らせたいという、贈賄の虚偽供述を行う動機もある。これらからすると、Nの供述に基づいて現職市長の贈収賄事件を立件すること自体に立証上重大な問題がある。

 事件の規模から言っても、当初供述した②の賄賂額は20万円、後で供述した①を加えても30万円、それまでの自治体首長の収賄事件の賄賂額が100万円以上であったのと比較すると、あまりに少額であり、また、現職市長を、市長就任前の市議会議員時代の収賄事件で逮捕するというのも異例だ。

 警察として「現職市長の逮捕」の方針を固めるような事件ではないし、ましてや、検察がそのような事件での「現職市長の逮捕」について事前相談を受けたとしても、積極の方向での判断は常識的にはあり得ない。「公益の代表者」たる検察官としては、むしろ、「公的金融機関まで被害にあっているNの悪質な融資詐欺を可能な限り立件して送致すべき」という意見を述べるのが、行うべき対応だったはずだ。ところが、この事件では、そのような「常識」は働かなかった。

愛知県警本部愛知県警本部

「事前相談」とは異なる、警察・検察の一体捜査

 2014年4月上旬、愛知県警捜査2課が、名古屋地検に、「美濃加茂市長事件」についての「事前相談」を持ち込んだものと考えられる。4月14日から、検察官によるNの取調べが開始された。担当したのはSという女性検事だった。

 S検事は4月14日から連日、Nの取調べを行い、5月1日には、検察官調書を作成した。そこでは、①、②の贈賄の事実についての供述だけが記載されており、②の現金授受を供述した時点では①の最初の賄賂授受の場面について記憶がなく、後になって思い出したこと、②の話を始めた時点では、藤井氏と二人で会ったと供述していたのが、その後3人だったことが判明し、供述を変更したことなどは全く記載されていない。検察官調書によってNの供述経過の問題を覆い隠すことが目的のように思える。

 その後、この事件の捜査の動きは全くないまま、1か月半以上経過した6月24日、藤井氏は警察に任意同行を求められ、同日夕刻、受託収賄罪等で逮捕された。1カ月半以上もかかったのは、警察、検察内部で「現職市長逮捕」の方針について上級庁に報告し、了承を得る過程で、前記のように、賄賂額がわずか30万円であることなど「現職市長を逮捕する事件」として、多くの問題があることが指摘されたからであろう。

 しかし、Nの供述経過の問題など信用性に関する重大な問題があるのに、最終的には、美濃加茂市長逮捕が警察、検察の組織内で了承された。

 被疑者逮捕前の事前相談は、警察から事件の内容と証拠関係について説明を受け、検察官として「勾留・起訴の見通し」について意見を述べるものだ。現職市長逮捕についての相談であれば、それによって生じる社会的影響を踏まえ、警察の捜査方針が適切かどうかを客観的な立場で判断するべきだ。それによって、地方自治体に重大な影響を生じさせてまで行う「現職首長の逮捕」が、不当なものとならないよう限定する機能を果たすものと言えるだろう。

 しかし、藤井氏の逮捕までに警察と検察との間で行われたことは、そのような検察官が客観的な立場で行う「事前相談」への対応とは全く異なるものであり、まさに、警察と検察の現場が一体となって藤井氏の逮捕に向かって突き進んだというのに等しい。

(中)へと続きます。