「有罪」市長を圧勝させた美濃加茂市民(中)~「現金を渡した」「授受は見ていない」相反する供述
取調べに「落ち」なかった市長、検事はある人物の供述に頼った
郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
「有罪」前市長が圧勝した美濃加茂市長選(上)~あぶりだされた「人質司法」と「犯人視報道」より続く。
早朝の市長任意同行、同日夕刻に逮捕
6月24日早朝、藤井市長の自宅周辺に大勢のマスコミ関係者が詰めかける中、警察が、藤井市長に愛知県警本部への任意同行を求めた。それとほぼ同時に、T氏にも任意同行を求め、取調べが開始された。
任意同行の直後から、「全国最年少の岐阜・美濃加茂市長 受託収賄容疑などで取り調べ」というニュースが、ネットニュース、テレビなどで一斉に報じられた。
「現金授受」とされた場にいたのは、NとT氏と藤井市長の三人である。警察として、美濃加茂市長の収賄事件に着手する捜査方針を固めたとしても、捜査の進め方には複数の選択肢がある。Nの贈賄供述の信用性に、前記のような様々な問題があることからすれば、N供述だけではなく、藤井氏、T氏の供述を確認し、Nが供述するとおり①②の現金授受の事実があったのかどうかを慎重に見極めつつ、「現職市長逮捕」の判断をするのが本来のやり方だ。

報道陣に囲まれながら登庁する藤井浩人市長=2014年6月24日、岐阜県美濃加茂市太田町
しかし、実際に愛知県警捜査2課が行った捜査の方法は、藤井氏とT氏を同時に任意同行を求めて取調べるというものだった。藤井氏とT氏の供述を全く確認することなく、両氏の任意同行・取調べに着手し、現職市長への聴取がマスコミに大々的に報道されると、そのまま聴取を終了することが事実上困難となる。それは、藤井氏、T氏のいずれからもN供述に沿う供述が得られないのに、信用性に疑問があるN供述だけを頼りに、希薄な証拠で現職市長を逮捕するという事態につながりかねない、極めて危険なやり方であった。
しかし、愛知県警・岐阜県警の合同捜査体制を整えて美濃加茂市長任意聴取に着手したことを考えれば、警察としては、藤井氏、T氏の任意聴取の結果如何に関わらず、引き返すつもりは全くなかったのであろう。そこには、美濃加茂市民の代表である市長に対する配慮も慎重さも全くなかった。
その日の任意聴取で、藤井氏は現金授受を全面否認したが、夕刻、受託収賄等の容疑で逮捕された。
現金授受を供述するN氏と全面否認する藤井氏の供述が対立する状況で、その後の取調べは、藤井氏に、現金授受を認めさせること、T氏には、N供述に沿う、又は、反しない供述をさせることに全力が注がれることになっていった。