取調べに「落ち」なかった市長、検事はある人物の供述に頼った
2022年02月25日
「有罪」前市長が圧勝した美濃加茂市長選(上)~あぶりだされた「人質司法」と「犯人視報道」より続く。
6月24日早朝、藤井市長の自宅周辺に大勢のマスコミ関係者が詰めかける中、警察が、藤井市長に愛知県警本部への任意同行を求めた。それとほぼ同時に、T氏にも任意同行を求め、取調べが開始された。
任意同行の直後から、「全国最年少の岐阜・美濃加茂市長 受託収賄容疑などで取り調べ」というニュースが、ネットニュース、テレビなどで一斉に報じられた。
「現金授受」とされた場にいたのは、NとT氏と藤井市長の三人である。警察として、美濃加茂市長の収賄事件に着手する捜査方針を固めたとしても、捜査の進め方には複数の選択肢がある。Nの贈賄供述の信用性に、前記のような様々な問題があることからすれば、N供述だけではなく、藤井氏、T氏の供述を確認し、Nが供述するとおり①②の現金授受の事実があったのかどうかを慎重に見極めつつ、「現職市長逮捕」の判断をするのが本来のやり方だ。
しかし、愛知県警・岐阜県警の合同捜査体制を整えて美濃加茂市長任意聴取に着手したことを考えれば、警察としては、藤井氏、T氏の任意聴取の結果如何に関わらず、引き返すつもりは全くなかったのであろう。そこには、美濃加茂市民の代表である市長に対する配慮も慎重さも全くなかった。
その日の任意聴取で、藤井氏は現金授受を全面否認したが、夕刻、受託収賄等の容疑で逮捕された。
現金授受を供述するN氏と全面否認する藤井氏の供述が対立する状況で、その後の取調べは、藤井氏に、現金授受を認めさせること、T氏には、N供述に沿う、又は、反しない供述をさせることに全力が注がれることになっていった。
私は、藤井氏が逮捕された翌日の夕刻に初めて接見し、現金授受を全面的に否定する藤井氏の弁護人を受任することにした。私の親しい知人の紹介によるもので、藤井氏とは初対面だった。
逮捕から勾留、起訴に至るまでの被疑者段階は、警察、検察側が容疑の根拠としている証拠の中身がわからないので、通常は、弁護活動として行えることは限られる。被疑者から関連する事実関係や言い分を聞くことや、意に反する調書に署名させられないよう勇気づけること程度だ。
しかし、この事件では、藤井氏が無実・潔白を訴えていることを、身柄拘束されている藤井氏に代って、世の中に、特に美濃加茂市民に対して伝えることが、弁護人の私にとって重要な役割となった。
逮捕から起訴までの間は、捜査機関側の情報に基づく「有罪視報道」で埋め尽くされ、犯罪が既成事実であるかのような世論が形成され、人格非難も含めた様々な批判が行われる。現職市長が逮捕された場合、それによって、市長に対する信任は急速に失われ、市議会からの「辞任圧力」も強まることになる。
私は、最初の接見直後に記者会見を行い、藤井市長が逮捕事実を全面否認し、潔白を訴えていること、弁護人の私も潔白を確信していることを述べた。
賄賂授受があったとされる場にT氏が同席していたことを接見で藤井氏から聞き、T氏の供述が、事件のカギを握ることがわかった。幸いなことに、T氏の知人が、T氏が朝から晩まで警察の不当な取調べを受けていることを、私の法律事務所に連絡してきたことを契機にT氏に接触することができ、「現金授受があったとされた2回の会食の場にずっと同席し、席は外さなかった。現金の授受は見ていない。」というT氏の供述が確認できた。
T氏は、ジャーナリストの江川紹子氏のインタビューに答えたり、同氏とともにニコニコ生放送の番組に出演したりして、現金授受があったとされる2回の会食の場に同席した状況について話してくれた。
この収賄事件の証拠関係には重大な問題があることを、ツイッター、ブログや、インターネット番組などで発信し、「藤井市長の潔白」の訴えを、逮捕当初から、マスコミ関係者を通じて世の中に広めていく上で、T氏の協力は、効果的だった。
こうした弁護人側からの発信を受け、市長の支援者、後援会関係者が、市長の早期釈放を求める救援活動を継続して行った。迅速かつ積極的な活動の結果、市長の潔白を信じ、釈放を求める美濃加茂市民の署名は、勾留取消請求却下決定に対して最高裁に特別抗告を行った7月8日の段階で1万5000人を超えた(美濃加茂市の人口は、約5.7万人)。
特別抗告では、《市議会議員時代の30万円の収賄という地方自治体の首長の収賄事件としては極めて軽微な事案であること、被疑者が有権者の支持を得て当選して美濃加茂市長に就任し、今回の逮捕後も、多くの市民が被疑者の市長への復帰を待ち望んでいること、市長不在のために、同市の行政に様々な影響が生じつつある。本件勾留取消請求を棄却した原裁判は、「適正手続の保障」に違反し、「地方自治」の基本原則を定める憲法92条、93条2項の趣旨にも反する》と主張した。
市長の勾留満期の前日には、美濃加茂市民会館で、後援会が主催する「郷原信郎弁護士とともに藤井市長事件を考える会」が開かれ、1000人を超える市民が集まった。
この事件は、贈収賄があったとされた現場に所在した3人に関して、現金を渡したとするN供述と、否定する藤井市長、「現金授受は見ていない。席も外していない」とする同席者T氏の供述とが全面的に対立する「1対2」の構図となった。警察、検察は、藤井市長とT氏の供述を、覆させようとした。
T氏に対しては、警察官は、何とかして「席を外した」と供述させようと、威迫的な人権を無視した取調べを続けた。執拗に同じ質問を繰り返して、混乱・疲弊、さらに恫喝し、精神的に追い込んで、警察の意に沿う調書に署名させようとした。殺されるか、頭がおかしくなってしまうと思ったT氏は、名古屋市内の弁護士に依頼して、取調べのやり方について検察庁と県警本部宛てに抗議の書面を作成してもらって提出し、それ以降、警察での取調べはなくなった。
一方、
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