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「有罪」市長を圧勝させた美濃加茂市民(中)~「現金を渡した」「授受は見ていない」相反する供述

取調べに「落ち」なかった市長、検事はある人物の供述に頼った

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

藤井氏の弁護人を受任、ネットで「有罪視報道」に対抗

 私は、藤井氏が逮捕された翌日の夕刻に初めて接見し、現金授受を全面的に否定する藤井氏の弁護人を受任することにした。私の親しい知人の紹介によるもので、藤井氏とは初対面だった。

 逮捕から勾留、起訴に至るまでの被疑者段階は、警察、検察側が容疑の根拠としている証拠の中身がわからないので、通常は、弁護活動として行えることは限られる。被疑者から関連する事実関係や言い分を聞くことや、意に反する調書に署名させられないよう勇気づけること程度だ。

 しかし、この事件では、藤井氏が無実・潔白を訴えていることを、身柄拘束されている藤井氏に代って、世の中に、特に美濃加茂市民に対して伝えることが、弁護人の私にとって重要な役割となった。

 逮捕から起訴までの間は、捜査機関側の情報に基づく「有罪視報道」で埋め尽くされ、犯罪が既成事実であるかのような世論が形成され、人格非難も含めた様々な批判が行われる。現職市長が逮捕された場合、それによって、市長に対する信任は急速に失われ、市議会からの「辞任圧力」も強まることになる。

 私は、最初の接見直後に記者会見を行い、藤井市長が逮捕事実を全面否認し、潔白を訴えていること、弁護人の私も潔白を確信していることを述べた。

 賄賂授受があったとされる場にT氏が同席していたことを接見で藤井氏から聞き、T氏の供述が、事件のカギを握ることがわかった。幸いなことに、T氏の知人が、T氏が朝から晩まで警察の不当な取調べを受けていることを、私の法律事務所に連絡してきたことを契機にT氏に接触することができ、「現金授受があったとされた2回の会食の場にずっと同席し、席は外さなかった。現金の授受は見ていない。」というT氏の供述が確認できた。

 T氏は、ジャーナリストの江川紹子氏のインタビューに答えたり、同氏とともにニコニコ生放送の番組に出演したりして、現金授受があったとされる2回の会食の場に同席した状況について話してくれた。

 この収賄事件の証拠関係には重大な問題があることを、ツイッター、ブログや、インターネット番組などで発信し、「藤井市長の潔白」の訴えを、逮捕当初から、マスコミ関係者を通じて世の中に広めていく上で、T氏の協力は、効果的だった。

会見する藤井浩人・前美濃加茂市長(左)と代理人の郷原信郎弁護士= 2017年12月18日 、東京・霞が関の司法記者クラブ 拡大会見する藤井浩人・前美濃加茂市長(左)と代理人の郷原信郎弁護士= 2017年12月18日 、東京・霞が関の司法記者クラブ

 こうした弁護人側からの発信を受け、市長の支援者、後援会関係者が、市長の早期釈放を求める救援活動を継続して行った。迅速かつ積極的な活動の結果、市長の潔白を信じ、釈放を求める美濃加茂市民の署名は、勾留取消請求却下決定に対して最高裁に特別抗告を行った7月8日の段階で1万5000人を超えた(美濃加茂市の人口は、約5.7万人)。

 特別抗告では、《市議会議員時代の30万円の収賄という地方自治体の首長の収賄事件としては極めて軽微な事案であること、被疑者が有権者の支持を得て当選して美濃加茂市長に就任し、今回の逮捕後も、多くの市民が被疑者の市長への復帰を待ち望んでいること、市長不在のために、同市の行政に様々な影響が生じつつある。本件勾留取消請求を棄却した原裁判は、「適正手続の保障」に違反し、「地方自治」の基本原則を定める憲法92条、93条2項の趣旨にも反する》と主張した。

 市長の勾留満期の前日には、美濃加茂市民会館で、後援会が主催する「郷原信郎弁護士とともに藤井市長事件を考える会」が開かれ、1000人を超える市民が集まった。

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筆者

郷原信郎

郷原信郎(ごうはら・のぶお) 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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